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【宮本あさかのツール2020 レースレポート】むちゃくちゃに振り回したガッツポーズと、頬を流れ落ちる涙。アラフィリップが遂に勝利を射止め「父に勝利を誓っていたんだ」/ 第2ステージ
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか涙を浮かべてインタビューに応えるアラフィリップ
人差し指を、何度も天へと突き上げた。そこにいる大好きな父に、想いが届くように。ジュリアン・アラフィリップは全身全霊で一騎打ちスプリントを勝ち取ると、心の中の滞りを、すべて涙と共に吐き出した。14か月ぶりの優勝。しかも1年前はパリ到着2日前に失ったマイヨ・ジョーヌを、今年はわずか2日目で、力強く取り戻した。
「今年は特殊な年だし、なにより年頭からずっと勝利を追い求めてきたから、どうしてもツールで勝ちたかった。体の奥底から力を振り絞った。それに6月に父を亡くしたんだけど……この父に勝利を誓っていたんだ。この勝利が本当に誇らしい」(アラフィリップ)
初日にリタイア1号となったジョン・デゲンコルプに続き、大会2日目の朝、ラファエル・バルスとフィリップ・ジルベールが帰宅を余儀なくされた。第1ステージは最後まで走り切ったものの、後の検査にて前者は右大腿骨骨折が、後者は左膝蓋骨骨折が判明。早くも173人に数を減らしたプロトン内では、あちこちで包帯やテーピングが目についた。
幸いなことに、8月最後の日曜日、ニースは気持ちの良い晴天に恵まれた。前日の大雨がまるで嘘だったかのように、空は抜けるように青く、地中海は輝くように碧かった。ピカソ、マチス、シャガール等々、多くの芸術家が愛した南フランスの美しき風景が、傷ついた戦士たちの心を、ほんの少しでも癒してくれたに違いない。
スタートと同時に、大急ぎで一団が逃げ出した。ペーター・サガン、ルーカス・ペストルベルガー、ブノワ・コスヌフロワ、カスパー・アスグリーン、トムス・スクインシュ、マッテオ・トレンティン、アントニー・ペレス、そしてミヒャエル・ゴグルの8人。ただし一瞬で逃げを容認した前日とは異なり、プロトンはしばらくはスピードを下げようとはしない。なにしろこの第2ステージは、「ご褒美」がいっぱい詰まったステージだったのだから。
第1のご褒美は、わずか16km地点で中間スプリントポイントが待っていたこと。
だからこそマイヨ・ジョーヌのアレクサンダー・クリストフの「お下がり」とはいえ、すでに緑ジャージを着ていた「ポイント賞史上最多7回」サガンと、2017年ブエルタ・ア・エスパーニャではわずか2pt差でポイント賞ジャージを逃したトレンティンは、逃げによる先行を選んだ。実は前日もこの2人は仲良く中間スプリントで激突し、サガンが(プロトン内で)1位通過、トレンティンが2位通過を果たしている。この2日目は立場が逆転。トレンティンが先行を成功させた。
結果から言えば、ステージの終わりに、両者ともいまだマイヨ・ヴェールに手は届かない。ただし首位クリストフに続き、サガンはポイント賞2位、トレンティンは3位にぴたりつける。
第2のご褒美は、山岳ポイントを大量に収集できたこと。なにしろ2日目で早くも1級峠が登場したのだ。しかも1級コルミアーヌ→1級テュリニの連続登坂という、ツール史上いまだかつてない大胆な試みだった。
中間ポイントを過ぎると、ようやく逃げ集団に自由が与えられた。わずか20秒ほどで綱引き状態にあったタイム差は、一気に3分にまで広がった。コルミアーヌの山道でも、(パンクでトレンティンの抜けた)7人は協力し合って高みを目指す。ところが前日すでに脚のうずうずを止められず、最終盤にアタックを試みたコヌフロワが、山頂間際で「ライバルたちを出し抜いて」ポイントをかっさらってしまう。それをライバルたちは、どうやらよくは思わなかった。逆に続く下りや2つ目の山で、コヌフロワを苦しめたという。3年前のU23世界チャンピオンはたまらず先頭から脱落し、一時は45秒近い遅れを喰らってしまう。
それでも「次のアラフィリップ」の呼び声高き24歳は、我慢強く、山を登り続けた。じわり、じわり、と前を追い上げると、残り2kmでライバルたちを捕らえた。山頂スプリントではまんまと2位に滑り込む。
ここでコヌフロワと、1つ目を2位通過、2つ目を1位通過のペレスとは、完全に同条件の18ptで並んだ。しかも第1ステージを同タイムで終えた2人は、逃げを吸収され、グルペットに回収された後でさえ……激しい化かし合いを繰り広げたそうだ。この日も17分45秒遅れの同集団で終えた2人は、もちろんフィニッシュラインでもスプリント。なにしろこの場合、ジャージの持ち主を決めるのは、総合順位となる。そしてコヌフロワ97位、ぺレス104位で、前者に軍配が上がった。
「夢が叶った。どんな形であれ、ツールの表彰台に上ることは、夢なんだよ。この週末は家族全員がツール応援に駆けつけてくれた。きっと今夜はパーティーを楽しめるんじゃないかな!」(コヌフロワ)
テュリニの山道では、むしろスプリンターたちがひどく苦しめられた。ヨーヨーのように逃げ集団の後方にしがみついたサガンも、いつしか完全に脱落。また「マイヨ・ジョーヌを『失う過程さえ』楽しみたい」と、チームメートたちの尽力でメイン集団で踏ん張っていたクリストフも、山頂まで5kmを切った直後にずるずると後退して行った。
そう、つまり第3のご褒美は、まさしくマイヨ・ジョーヌ。区間勝利と一緒に黄色い栄誉が懐に転がり込んでくる可能性は、極めて高かった。
だからこそ2つの1級峠をそっけないほどに冷静に……特に下りをユンボ・ヴィスマの主導により安全にこなしたメインプロトンは、パリ~ニースでおなじみの2級エズ峠から一気に戦闘モードに突入する。複数チームが隊列を組み上げ、熾烈な場所取り合戦を繰り広げた。逃げ集団は全員回収され、小さなアタックも見られた。それらすべてを押しのけて、集団先頭の座にどっかりと腰を下ろしたのが、「ウルフパック」のドリス・デヴェナインスだ。
「自分向きのステージだと分かっていたし、1日中、すごく調子が良かったんだ。だからドリスに頼んだ。エズでレースを激化して欲しい、と。彼の仕事のせいで周りが苦しんでいることが、はっきりと感じ取れた」(アラフィリップ)
フィニッシュラインを1回通過した後、エズの中腹まで続くキャトル・シュマンの坂道では、今度はボブ・ユンゲルスがすさまじい引きを披露する。
「ボブもまた、とてつもない仕事を成し遂げてくれた。誰もを限界に追いやった。そして最後は、僕自身が苦しむ番だった」(アラフィリップ)
残り13.5km、稀代のパンチャーが、伝家の宝刀を抜く。鋭いアタックの瞬間は、誰一人として反応できなかった。「予想はしていたけれど、ちょっとためらってしまった」というマルク・ヒルシだけが、一瞬間をおいて慌てて追いついた。また2kmほど先では、アダム・イェーツが後方から素早く合流した。1年前の第3ステージは最終15kmを力強く独走したアラフィリップにとって、実のところ、同伴者の存在はありがたかった。たとえ山頂へ向けた熾烈なスプリントの果てに、アダムにボーナスポイント8秒と暫定マイヨ・ジョーヌを献上してしまったとしても。
天に指を突き刺してゴールするアラフィリップ
「向かい風があまりにも強かったから、1人だったら、おそらく逃げ切りは不可能だった。だから2人が追いついてきてくれたことは、僕にとってはチャンスだったんだ。それに3人それぞれに手に入れるべきものがあったせいで、僕らは上手く協力し合えた」(アラフィリップ)
総合争いが本格的に勃発しなかったこともまた、自分にとっては好都合だったと認める。彼らはあえて動かなかったのか、それとも動きを止めたのか。エズからの下りでは、クリテリウム・ドゥ・ドーフィネ総合覇者ダニエル・マルティネスが地面に転がり落ちた。キャトル・シュマンの上りでは、ミハウ・クフィアトコフスキと軽く接触したトム・デュムランが、本人曰く「ちょっとアホな」落車を喫している。
フラムルージュを潜り抜けた時点で、3人のリードはわずか10秒。背後から猛烈な勢いで迫って来るプロトンの圧力を感じながらも、アラフィリップは極めて落ち着いて、ギリギリまで駆け引きを繰り広げた。そして残り200m。弾かれたように加速を切ると、2年前のU23世界チャンピオンの追い上げを交わし、いの一番でラインを横切った。
むちゃくちゃに振り回したガッツポーズと、頬を流れ落ちる涙。2019年7月19日以来遠ざかっていた勝利を……シーズン再開後のサンレモでも、フランス選手権でも、あと一歩のところで逃した勝利を、ついに射止めた。また区間1位のボーナスタイム10秒も懐に収め、総合でアダムを4秒差で逆転。なじみ深い黄色いジャージに袖を通した。
「去年とは状況が違うんだ。今年のマイヨは、いわばボーナスのようなもの。もちろんマイヨ・ジョーヌを肩に羽織れることは、大いなる誇りだし、ジャージに敬意を表し、守るために最大限を尽くす。ただ前々から繰り返しているように、僕の目標は総合争いではない。ジャージがかかっていようがいまいが、今日の計画は変わらなかっただろう。この先もひたすら1日、1日、走っていくだけ」(アラフィリップ)
他の2人も、それぞれの取り分をきっちり手に入れた。2位の瞬間は悔しかったそうだが、あとからじわじわ喜びが湧いてきたという22歳ヒルシは、生まれて初めてのグランツールで、新人賞ジャージに身を包む栄誉を得た。また2016年、23歳11カ月でツール新人賞を持ち帰ったアダム・イェーツは、総合争いのライバルたちにまとめて13秒差を押し付けた。
3週間後のマイヨ・ジョーヌを狙う者たちは、アラフィリップのほんの2秒後に、揃ってフィニッシュラインに雪崩れ込んだ。例外は2人。ほんの数十分前の落車から体勢を立て直せぬまま、マルティネスは3分半以上失い、前夜の落車のが響き、ダニエル・マーティンは17分45秒遅れで1日を終えた。
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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