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【宮本あさかのツール2020 レースレポート】極限の緊張が襲った初日。落車に巻き込まれたピノ「人生で一番ストレスを感じた」/ 第1ステージ
サイクルロードレースレポート by 宮本 あさか表彰台にのぼるアレクサンダー・クリストフ
新型コロナウイルス、大雨、落車、落車、落車。あらゆるアクシデントを潜り抜けて、アレクサンダー・クリストフが真っ先にフィニッシュラインへ飛び込んだ。2カ月遅れのマイヨ・ジョーヌ争奪戦の、記念すべき最初の勝者となった。
「母国ノルウェーでこういった天候には慣れてるし、気温もほとんど似たようなものだったしね(笑)」(クリストフ)
待ちに待った、しかしとてつもなく奇妙な、そんなツール・ド・フランスが走り出した。176人の参加選手を含む22チーム×30人は、すっぽりと泡(バブル)に覆われ、観客はもちろん、メディアや家族も接触することはできない。
果たしてパリまでたどり着けるかどうかさえ分からない。新型コロナウイルス新規感染者の数は日に日に増え、大会側の対応も随時変更を余儀なくされている。ツール開催委員会が定めた条件「連続する7日間に選手・スタッフを含むチーム全体で2人が陽性で大会除外」は、チーム側の要求で一旦は「選手2人」に緩められたものの、開幕の朝、改めて当初の案に引き戻された。
またスポーツ大臣や内務省秘書官がニース入りし、この先は「国が介入」することを発表。ツールのステージが通過する各県の感染状況に合わせて、県警に観客数の制限等の対策を命じていく。
ただでさえストレスいっぱいで、しかもグランツール初日は通常時でも緊迫感で溢れているというのに、空模様さえプロトンには味方しなかった。それでもしばらくは、のんびりした時間が続く。スタートフラッグが降られると同時にファビアン・グルリエ、ミヒャエル・シェアー、そしてシリル・ゴティエが飛び出すと、あっさりとプロトンは逃げを許した。最大2分半ほどでタイム差をコントロールしながら、南フランスの美しき風景の中を淡々と走り続けた。
ところが雨の到来と共に、雰囲気は一変する。
「雨に備えて、タイヤも空気圧もしっかり調整していた。でもこの辺は雨が普段から少ないせいか、一旦雨が降ると路面はアイスリンクになるんだ……!」(グルリエ)
決して誰かが攻撃を仕掛けたわけでもない。ただ断続的な強い雨と濡れた路面のせいなのだ。ヘアピンカーブ続きの下り坂や、時にはまったくなんの変哲もない場所で、いとも簡単に選手たちは地面へと投げ出された。本日の優勝候補サム・ベネットを皮切りに、イネオスの若き護衛役パヴェル・シヴァコフや(しかも2回!)、1年前に14日間のマイヨ・ジョーヌでフランス市民の心を震わせたジュリアン・アラフィリップさえ犠牲となった。落車や下りのたびに集団はバラバラになり……ディフェンディングチャンピオンのエガン・ベルナルが必死の追走を余儀なくされたことも。
小さな輪を2周、大きな輪を1周するコースには、2つの3級山岳が待ち受けた。1つ目をグルリエが、2つ目をシェアーが先頭で通過すると、満を持したようにメイン集団は逃げの3人を全て回収する。すかさずユンボ・ヴィスマがプトロン前方を塞ぎ、集団制御権を掌握。その後の下りでアスタナが少々急ぎ過ぎた時には――しかもミゲルアンヘル・ロペスが道を外れて標識に激突してしまうハプニングあり――、マイヨ・ジョーヌ最有力候補のプリモシュ・ログリッチ自らが、ライバルチームに冷静さを求めた。さらには個人タイムトライアル世界王者4度のトニー・マルティンの音頭で、全チームが一時的な休戦協定を受け入れた。
「ユンボ・ヴィスマの選手たちが、集団内で話をまとめてくれたんだ。正しい決断だったと思う。だって総合系選手が序盤でタイムを失うのを見るのは、いつだって心が痛むから」(クリストフ)
おかげでプロトンは落ち着きを取り戻した。上りに苦しめられだスプリンターたちも、大部分が無事に先頭集団へと復帰を果たす。誰もが極めて慎重に、ゆっくりと、ニースへと向かう下り坂をこなした。そんな状況でもジョージ・ベネットは滑って転んだけれど、ほぼすべての選手が、大きな問題もなく残り25kmの真っ直ぐな平地までたどり着いた。
その直後に、審判団から、「悪天候のため残り3km地点でタイム計測」との決定が下される。これ以上の事故を避けるための、最善の判断のはずだった。
ところがブノワ・コヌフロワがアタックを仕掛け、「欧州チャンピオン」ジャコモ・ニッツォーロ擁するNTTプロサイクリングや、「アイルランドチャンピオン」サム・ベネットを支えるドゥクーニンク・クイックステップが回収に向かうと、再びスピードは否応なしに上がっていく。さらには中間ポイントを4位通過=メイン集団内で1位通過した「マイヨ・ヴェール常連」ペーター・サガンとボーラ・ハンスグローエの仲間たちが隊列を組み上げる側で、総合系チームも前方で警戒を強めた。
緊張は極限に達し、そしてストップウォッチが止まった瞬間に、一気に弛緩した。まさしく残り3kmのアーチの下で、この日最後の集団落車。開催国フランスにとっては最悪なことに、希望の星ティボー・ピノも地面に転がり落ちた。「もう運命なんて信じない」と大会前インタビューで語っていた30歳は、またしても、そう、またしても不運に見舞われた。
「人生で一番ストレスを感じた1日だった」とフィニッシュ後に吐き捨てたピノだが、不幸中の幸いか、右肩を軽く打ちつけた程度で済んだ。アシスト役ウイリアム・ボネの自転車を借り、チームメートにしっかりと囲まれ、自らペダルをこいでフィニッシュラインも越えている。しかも総合ライバルたちから、1秒たりともタイムを失ってはいない。
ステージタイムよりも、ステージ順位に重要性を見出す一部の選手たちは、大急ぎでフィニッシュラインへと突き進んだ。混乱の1日を象徴するように、スプリント列車は最後まで上手く統制の取れぬまま。それが「列車のない」クリストフには、どうやら吉と出た。
「今大会には、スプリントをしに来たわけではないんだ。総合を争うクライマーを助けるために来た。ただ機会が許せばスプリントをするつもりだった。もちろんたった1人でスプリントしなきゃならないとも、分かっていた。だから残り1kmでサガンの後輪についた。それからケース・ボルが上がってきたから、そちらの後ろに移った。彼はちょっと早く仕掛けすぎたから……実のところ、僕にとっては最高のリードアウトになったんだ」(クリストフ)
こうして2人を踏み台にスピードを上げると、道の反対側でほんの一瞬早く仕掛けたベネットや、自らの背後で追い上げてきた世界チャンピオンのマッズ・ピーダスンも、悠々と力強く振り払った。クリストフにとっては区間4勝目。ただ2年前には最終日シャンゼリゼ勝利を手にしたけれど、初日にガッツポーズを握り締めるのは、生まれて初めての経験だ。
もちろんマイヨ・ジョーヌを身にまとったのも初体験。ただ史上これまでのイエロージャージ着用者とは違って、表彰台の真ん中で「着せてもらう」名誉は味わえなかった。舞台裏で、同じバブルの一員であるチームスタッフに手伝ってもらってこっそりマイヨ・ジョーヌを羽織ると、自らで花束とプチリオン(ライオンのぬいぐるみ)を手に取り登壇。これぞアフターコロナの式次第であった。
「明日は、初めてマイヨ・ジョーヌで過ごす1日を、楽しむつもり。きっと1日でジャージを失うと思うけど、失うことさえも……楽しみたいな」(クリストフ)
大揺れの2020年ツール初日は、最終的に161人がトップと同タイムでステージを終えた。2度の落車と負傷で苦しんだシヴァコフは、13分14秒遅れでなんとかフィニッシュへたどり着いた。やはり落車に巻き込まれ、両ひざを痛めたジョン・デゲンコルプは、制限時間内にニースのプロムナード・デ・ザングレへ帰り着くことは出来なかった。大会前の新型コロナウイルス陽性判定+濃厚接触で、すでに4人のスタッフが帰宅させられたロット・スーダルは、早くも選手を1人失ったことになる。グルリエもまた、ラスト3kmで足止めを喰らったものの、山岳賞獲りのために必死に(個人的に)スプリント。おかげで大荒れだった1日の終わりに、嬉しい赤玉ジャージを手に入れた。
Cycle*2020 ツール・ド・フランス 第1ステージ ハイライト
文:宮本あさか
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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