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サイクル ロードレース コラム 2017年4月12日

【パリ~ルーベ2017現地レポート】天国と地獄のはざまで、歴史が築き上げたパリ~ルーベの姿

サイクルNEWS by 福光 俊介
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歴史と伝統を重んじるサイクルロードレース界。一方でよいものはよいと割り切るのもヨーロッパスタイル。主催するA.S.O.は、サインボードに代わるツールとしてタッチパネルを用意。ステージに上がった選手たちは、指一本で出走意思を示すことができるようになった。



写真:出走サインはタッチパネル式

2005年を皮切りに、2008年、2009年、2012年と北フランスの石畳地獄を制してきたトム・ボーネン。早くから今年の大会を最後にキャリアにピリオドを打つと明言していた彼を、ファンは「祝福」という形で見送った。約15年のプロキャリアをまっとうした彼の決断を悲しむものなど、そこには誰もいない。ボーネンの愛称“トムク”を歌詞にしたチャントを歌うベルギーからの一団。コンピエーニュの街に設けられたスタート地点の、ごくごく一角を陣取った彼らが着ていたTシャツは、ボーネンの輝かしい経歴をずらりと記したものだった。



写真:ベルギーから駆け付けたトム・ボーネンファンの一団

スタート地点は、異様ともいえる空気だった。その“原因”は紛れもなくボーネン。そんな彼はいたって穏やかで、優しい笑顔をたたえながらサイン台へと上がる。インタビューで「最後まで勝ちにこだわる」と答えると、長時間待ち続けた観衆は大きく沸いた。



写真:ステージ上、「勝つことにこだわる」と宣言したトム・ボーネン

パリ~ルーベは世界に愛されるレースだ。だから、日本からも熱心な観戦ファンがやってくる。新婚旅行でこのレースを見に訪れた2人は、観戦ツアーに参加し、レースの重要ポイントを数カ所巡りながらフィニッシュ地点であるルーベのヴェロドロームを目指す。自分で車を手配し、バタバタと移動するより気楽にレースを楽しむことができたはずだ。



写真:新婚旅行がパリ~ルーベ観戦の日本人カップル

バタバタと移動するといえば、観戦慣れしているファンの存在だ。あらかじめ立ち寄るパヴェを決め、近道や迂回を繰り返しながら次、また次と選手の通過を待ち続ける。プロトンが通り過ぎると、そのパヴェで始まるのは“民族大移動”。みんな同じ方向に歩いていくその様は、さながら川の流れのようだ。



写真:選手を見届け、次の目的地へと移動する

ちなみに、メディア車両として承認を受けていた筆者の車は、レースで使用されるパヴェの走行を許されていた。もちろん、プロトン通過後の走行なのだが、それでもあの路面は車で通るべきではないことを痛感。激しく上下する振動によって、車の下部を数度石畳に擦ってしまった。チーム関係車両は下部に鉄板を敷くなどの補強を施してレースに備えるというが、いくつもの石畳セクションを運転するのだから恐れ入る。



写真:砂煙を巻き上げながらパヴェを進むチームカーの隊列

前述した「川の流れ」。それを堰き止めてしまった選手がいる。UAE チームエミレーツのイタリア人スプリンター、アンドレア・グアルディーニだ。レースからの離脱を決意した彼は、チームカーから「抜け道を使ってルーベまで自走してくれ」との指示を受けた。忠実にそれを守ろうとしたグアルディーニだが、その守り方がよくなかった。なぜなら、彼はバイクにまたがったまま高速道路へ乗り込んでしまったからだ。

さすがにこれには警察が出動。高速道路を疾走するグアルディーニ見たさに、どこからともなくファンが路肩に乗り込む。高速道路は一時通行止めとなり、ルーベへ向かうファンで大渋滞に。しびれを切らした某チームの関係車両が路肩を大暴走するほどに発展したこの事態、グアルディーニ本人はお咎めなしどころか、ジャージをプレゼントして警察官に喜ばれているのだから、改めてパリ~ルーベの偉大さを思い知らされる。

話をボーネンに戻そう。ルーベのヴェロドロームに設けられたオーロラビジョンでは、レースの行方が映し出されていた。レース後半、追走グループを走るボーネンが移るやいなや、観客席から大歓声。パリ~ルーベはフランスが舞台ではあるものの、ベルギー国境が近いこともあり同国から大勢のファンが駆け付ける。有料の観客席に無数になびくベルギー国旗。この日ばかりは、ベルギー人のためのレースだった。



写真:大観衆がトム・ボーネンの登場を待つ

ただ、同じベルギー人でも、その後優勝を決めるグレッグ・ヴァンアーヴェルマートではないのだ。彼らの目的はボーネンなのだ。残り数キロで、ボーネンの先頭合流が難しいとみるや、その応援はチームメートのチェコ人、ズデニャック・シュティバルに向いた。彼らが所属するクイックステップフロアーズの勝利はボーネンの勝利。何が何でも、ボーネンと勝利を結び付けなければならないのだ。結果的にそれはかなわぬ願いとなるのだが。

13位でフィニッシュしたボーネンは、観衆の声援を受けながら、たくさんの思い出を作ったヴェロドロームを去った。派手なお別れセレモニーをやるわけでもなく、感傷に浸るでもなく。ただただ、これまでのレースと同様に振る舞った。



写真:ヴェロドロームの有料観客席はオーロラビジョンの映像に一喜一憂

長年にわたりこのレースの主役を務めた1人のベルギー人ライダーがキャリアを終え、入れ替わるかのように新しいチャンピオンが生まれた今大会。また新たな歴史が刻まれた。“地獄”と称されるルーベの石畳を乗り越えた先にある“天国”。それを己の目で確かめるため、選手たちはタイムアウトになろうとフィニッシュラインを目指すし、ファンは見届ける。257kmを走破してこその、“天国”の美しさなのだ。



写真石畳を乗り越えた先にある“天国”を目指し走る選手たち。それを多くのファンが見届ける

そして、その天国の美しさは115回の歴史が築き上げたものであることをわれわれは実感したのだった。



写真:フィニッシュゲートが“天国”と“地獄”を分ける

■フレッシュ・ワロンヌ
4月19日 (水) 午後09:15~深夜00:30 生中継&オンデマンドLIVE配信

福光 俊介

ふくみつしゅんすけ。サイクルライター、コラムニスト。幼少期に目にしたサイクルロードレースに魅せられ、2012年から執筆を開始。ロードのほか、シクロクロス、トラック、MTB、競輪など国内外のレースを幅広く取材する。ブログ「suke's cycling world」では、世界各国のレースやイベントを独自の視点で解説・分析を行う

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