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人間だれしも、人生を左右する「ターニングポイント」に直面する。ロードレースの選手たちであれば、出場レースであったり、そこでの成績であったりで競技生活が大きく変化することがある。トップライダーのキャリアにおけるターニングポイントは、いつ、どのレースで、どんなシチュエーションだったのだろうか。以下はあくまでも筆者視点ではあるが、プロトン内での立場が変化したり、ファンからの見方が変わったであろう瞬間を切り取ってみる。
マーク・カヴェンディッシュ/Mark CAVENDISH
ツール初出場の2008年、ステージ4勝の衝撃的なデビューを果たし、以後毎年勝利数を重ねていった。無類の勝負強さと、鉄壁のリードアウトからの加速は他を圧倒した。しかし、勝てども勝てども、大きなタイトルにはなかなか手が届かなかった。それは、ポイント賞の証である緑のジャージ「マイヨ・ヴェール」。いつもあと一歩までいくものの、大事な場面で反則スプリントによる降着などでポイントを逸し、ライバルたちに差をつけられてしまっていたのだった。
絶対的な強さと、人間としての成長を重ね、2011年に欲しくて欲しくてたまらなかったマイ・ヨヴェールを、自らの力をもって手繰り寄せた。ステージ5勝、パリ・シャンゼリゼ通りでのフィナーレもしっかりと制した。マン島からシャンゼリゼへと駆け付けた大応援団へ大急ぎで向かった“緑の弾丸”は、あっという間に人ごみに溶け込んだのだった。
フレフ・ヴァンアーヴェルマート/Greg VAN AVERMAET
若くしてトップシーンに台頭し、春のクラシックレースではいつも優勝候補に名を挙げられる存在だった。でも、なかなか勝てない。取りこぼしが多く、勝負弱さを指摘する声も少なくなかった。
そんな過去があったことが嘘のように、2016年のツールでは躍動した。山岳を駆けた第5ステージで単独逃げ切りを決めると、同時にマイヨ・ジョーヌを獲得。その2日後、黄色をまといながら再び逃げた。その時にはさすがにもうクタクタで、マイヨ・ジョーヌを守ることで精一杯。翌日には大きく遅れ、ジャージを手放してしまったが、それまで潜在していた強さを証明した数日間だった。そして、数週間後に行われたリオデジャネイロ五輪・ロードレースで金メダル。さらに今年はパリ~ルーベを制覇。マイヨ・ジョーヌ獲得を機に完全に流れをつかんだようだ。
アマエル・モワナール/Amaël MOINARD
かつてツールをにぎわせたカデル・エヴァンスは、プロトントップクラスの総合力がありながらアシストに恵まれず、ツールの頂点に立てずにいた。BMCレーシングチームがまだ新興チームだった2011年、多額の予算を投入し、エヴァンスを勝たせるためのアシスト要員に適した選手たちに次々とオファーを出した。その1人がモワナールだった。グランツールでは総合10位台でフィニッシュできる安定した走り。得意とする山岳での走りは、ときおりブレーキすることもあったエヴァンスを支えるのにはピッタリの人材だった。
そしてその年、エヴァンスはライバルたちの猛攻をしのぎ切り、最終日前日の個人タイムトライアルで劇的な逆転劇。フィナーレのパリ・シャンゼリゼのフィニッシュを通過した瞬間にエヴァンスを囲んだアシスト陣の中に、任務を遂行し感動の涙にくれるモワナールの姿があった。
新城幸也/Yukiya ARASHIRO
2009年6月、「新城 日本人13年ぶりのツール出場」の一報は日本のウェブニュースでトップを飾った。ツール直前には全日本選手権のために一時帰国したが、その時にはもはやまだツールのスタートラインにも立っていないのに、もはや“凱旋帰国”状態。それくらい、日本の自転車界、いや日本のスポーツシーンに衝撃を与えたのだった。
笑顔でモナコをスタートした翌日、カヴェンディッシュらにスプリント勝負を挑み5位。決してスプリンターではないけれど、「完走よりもステージ優勝を狙う」と公言していた通り、勝利の可能性に賭けてトライした結果だった。これをきっかけに、「ARASHIRO」の名は日本だけでなく、世界の自転車界でもスタンダードになった。2012年と2016年にはステージ敢闘賞を獲得。押しも押されもせぬ、ツール・ド・フランスには欠かせない1つのピースとなっている。
別府 史之/Fumiyuki BEPPU
2009年にツールデビューするまで、「ツールに一番近い日本人」は別府だった。2005年にプロ入り以来、多くのファンが待ち望み続けた。出場を決めたのは、ツール前哨戦に位置付けられるフランスのステージレース。そこで逃げに逃げ、山岳賞を獲得したのだった。
「BEPPU」の存在が轟いたのは、第3ステージ。アマチュア時代に過ごしたマルセイユをスタートしたこの日、終盤に「ミストラル」と呼ばれる強烈な風がプロトンを襲った。即座に「レースを動かす要素になる」と察知すると、チームメートに合図を送り集団先頭へ。プロトンが大きく2つに割れ、総合優勝候補たちまでもが後方に取り残されるほどの攻撃力を発揮したのだった。ちなみに、当時所属していたスキル・シマノはツール初出場。どれだけ戦えるか未知数だったところから、ミストラルを利用した攻撃で確たる存在感を示した。それに大きく貢献したのは、もちろん別府だった。
クリス・フルーム/Christopher FROOME
2011年のブエルタ・ア・エスパーニャで大躍進を遂げ、その瞬間から“絶対的チームリーダー”のブラッドリー・ウィギンスとの共闘が本格化した。ブエルタでは自分でも驚いてしまうほどの強さでウィギンスに先着してしまったけれど、翌年のツールに向けては「何があってもウィギンスを勝たせること」をチームから念押しされた。どんな時だって紳士的で、生真面目な男は、忠実にその約束を守った。強さゆえ、ペース配分が上手くいかずウィギンスを置き去りにしかけた時もあったが、最後にはきっちりとウィギンスにマイヨ・ジョーヌを着せたのだった。
でも、みんな知っていた。あの3週間で一番強かったのは誰かを。チームメートやスタッフ、むしろ勝ったウィギンスでさえも。あの時から始まったフルームの王者への道のり。選手・ファン・関係者みなからリスペクトされ、大きなプレッシャーをはねのけて勝ち続ける今があるのは、何があろうと心穏やかに、文句1つ言わず自らの可能性を積み重ね続けた日々があったからだ。
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福光 俊介
ふくみつしゅんすけ。サイクルライター、コラムニスト。幼少期に目にしたサイクルロードレースに魅せられ、2012年から執筆を開始。ロードのほか、シクロクロス、トラック、MTB、競輪など国内外のレースを幅広く取材する。ブログ「suke's cycling world」では、世界各国のレースやイベントを独自の視点で解説・分析を行う
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