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5月のイタリアでは6日目に颯爽と頭角を表したが、閉幕3日前にピンクの鎧を剥ぎ取られた。スペインでは決して焦らず、調子の高まりを静かに待った。予定外に途中で3日間赤いジャージを身にまとったけれど……、この第14ステージ、ついに時は満ちた。未知の激坂で、サイモン・イェーツは力強くアタックを打つと、ステージとマイヨ・ロホの両方を一気に仕留めた。
激坂山頂フィニッシュ3連戦の中日は、比較的あっさりと逃げができ上がった。大会序盤に3日間マイヨ・ロホを満喫したミカル・クヴィアトコウスキーが仕掛けると、スタートから10kmほどで、6人が抜け出した。ワールドチーム所属選手ばかりが揃ったエスケープは、ほんの20km逃げただけであっさり3分45秒のリードを奪った。
ただし、これが、最大のタイム差だった。ヘスス・エラダのマイヨ・ロホを守るため、コフィディスがせっせと制御に励んだ。しかも30km地点から、早くもモヴィスター チームが牽引作業に加わった。もちろんすぐに吸収するつもりなどなく、生かさず殺さず、延々と2分ほどのタイム差を保ちつづけた。
おかげで2日連続で逃げに滑り込んだトーマス・デヘントは、悠々と山岳ポイント収集に励んだ。しかも連日前方で踏ん張ってきた青玉ルイス・マテマルドネスが、この日はプロトン最後尾に沈んでいた。その隙に、プロトン屈指の逃げスペシャリストは、序盤3峠でまんまと先頭通過を果たす。この日だけで大量25ptを収集し、大会2日目から山岳賞首位を堅守するマテを、ついに10pt差へと追い詰めた。
ほんの少し残念だったのが、3つ目の山岳からの下りで、メカトラブルに襲われてしまったこと。完全に前方集団から脱落し、残り2峠でのポイント収集のチャンスを、デヘントは永遠に失ってしまった。
逃げ集団にとっても残念な知らせだった。なにしろ3つ目の上りで、すでにイバン・ガルシアは自発的に後方へと下がっていた。所属チームのバーレーン・メリダが、チーム一丸となり、大掛かりな攻撃に転じたせいだった。またデヘントが抜けた直後には、マイケル・ウッズが落車で姿を消した。あっという間に逃げ集団は人数を減らし、ただクヴィアトコウスキーと、BMCの2人、ニコラス・ロッシュとブレント・ブックウォルターだけが前方に取り残された。
しかもバーレーンの猛攻、正確に言うとグランツール総合4勝の大チャンピオン、ヴィンチェンツォ・ニバリのとてつもない加速のせいで、3人は急速にリードを失っていく。
残り50kmで始まった粛清は、メイン集団からも次々と邪魔者を削り取っていく。24時間前に衝撃的なプロ初勝利を飾ったオスカル・ロドリゲスも、あっという間に蹴落とされた。なによりニバリが下りで真骨頂を発揮すると、プロトン後方は粉々に砕け散り……エラダもその犠牲となった。最終的に9分以上ものタイムを失い、1日の終わりに、エラダはマイヨ・ロホに別れを告げた。
残り26km、今ステージ4つ目の上りに差し掛かる頃には、3人とメイン集団の差はすでに15秒に縮まっていた。ここでクヴィアトコウスキーは、最後の力を振り絞ると、独走に持ち込んだ。
「もしもトライしなければ、区間勝利も総合タイムの収集もありえない。だからこそ今日は、一日中前で過ごすことに決めたんだ。バーレーンの追走が始まった後は、タイムトライアルモードに切り替えた。できる限りのタイム差をつけて最終峠に突入したかったから」(クヴィアトコウスキー)
しかもこの日、チームスカイの仲間が2人、ブエルタを離れた。またチームエースのダビ・デラクルスは、バーレーンの総攻撃で後方へと吹き飛ばされていた。7月のツール・ド・フランスでゲラント・トーマスの総合優勝を支え、8月のツール・ド・ポローニュでは自らが総合を制覇したポーランドチャンピオンには奮闘する理由があった。山頂で再びタイム差を1分近くにまで押し広げた。
ただ、またしても下りで、ニバリにしてやられた。なにしろ総合争いを放棄した王者には、恐ろしい最終峠に向けて体力を温存しておく必要などなかった。ただ、ひたすら、チームメートのヨン・イザギーレのため、クレイジーなまでに自らの特技を発揮すればよかったのだ。ダウンヒルマスターであるはずのクヴィアトが、急速にリードを失っていく。残り9kmでニバリは超一流の仕事を終え、そして残り5kmで、クヴィアトコウスキーの逃げにも終止符が打たれた。
その直後、ほんの7月にアスファルト舗装が施されたばかりの、誰にとっても未知なる世界へと突入した。まさに野生の山羊にしか登れないような、平均勾配12.5%の激坂に一歩脚を踏み込んだ瞬間に、総合エースたちの戦いが勃発した。
真っ先に仕掛けたのはティボー・ピノだったが、真っ先に飛び出したのは、「アタック合戦が激化する前に先行し、その後はできる限り自分のペースで走る作戦」を遂行したステフェン・クライスヴァイクだった。残り3.6kmでスピードを上げると、勾配15%超のゾーンで、約1.3kmにも渡り先頭で粘り続けた。いまだ3人を残していたモヴィスターが、代わる代わる力を尽くし、どうにか回収を成功させる。
そのモヴィスターが、次に攻撃に転じた。動いたのはナイロ・キンタナだ。しかも勾配が16%、さらには最大17%に跳ね上がる残り2km地点から……立て続けに3度の加速を試みた。3度共に、すぐさまミゲル・アンヘル・ロペスが後輪に飛び乗った。しかもコロンビアの後輩は、ひたすら背中に張り付いているだけで……。
「今日のようなステージでは、自ら危険を冒しにいかねばならない。時には、昨日のように、上手く行く。でも時には、今日のように、空振りに終わってしまうこともある。ロペスは僕との先頭交代に協力してくれなかった」(キンタナ)
「モヴィスターには2人の強いリーダーがいるから、冷静に、コントロールを行う必要があった。キンタナについていきつつも、自分のリズムを保つよう心がけた」(ロペス)
そうこう睨み合っているうちに、ほんの少しだけ勾配が緩み、戦いは一旦リセットされた。強者たちが改めてひとつの塊となり、残り1kmのアーチを、イェーツ、ロペス、アレハンドロ・バルベルデ、ピノ、キンタナ、クライスヴァイク、エンリク・マス、リゴベルト・ウランの8人が一斉にくぐり抜けた。
ここから先は、むき出しのセメントと小砂利の荒れた道路が、フィニッシュまで伸びていた。「今朝坂道のビデオと写真を数枚見ただけ」のイェーツは、初めての坂道に手探り状態のまま、極めて「守備的」に走っていた。
「どこが最も勾配がきついゾーンで、どで勾配が緩むのか、まったく分からなかった。だから、どの時点で力を上げればいいのかも、見当がつかなかった。とにかく冷静に、ひたすら自分のリズムで上り続けて、アタックすべき瞬間の到来を待ち続けた」(イェーツ)
再び勾配が13%近くまで跳ね上がる瞬間を、イェーツは見逃さなかった。残り750mで突如として加速に転じると、そのままじわじわとライバルたちを突き離した。ただでさえ幅の狭い道が、鈴なりの観客のせいでさらに細くなった。
背後ではキンタナとロペスがまたしても睨み合った。そこにバルベルデも加わって、熾烈な競り合いを繰り広げた。「イェーツに追いつける体力は残していた」けれど、「スプリントに持ち込みたくない」、すなわちモヴィスターの2人を連れて行きたくはなかったというロペスは、かくしてタイミングを逃すことになる。
勾配がようやく10%を切った残り100mを、サイモン・イェーツは全速力で駆け上がった。一等賞でフィニッシュラインを越え、いつものように胸を3度、力強く拳で叩いた。区間3勝と大暴れした2018年ジロに続いて、ブエルタでもついに1勝目を手に入れた。なにより「山の間の平らな土地」という名を持つ町の、早くも「ミニ・アングリル」との異名を頂戴したレス・プラエレスで、記念すべき初代王者となった。
2秒後にロペスとバルベルデがフィニッシュし、5秒後にピノが、7秒後にキンタナが山頂へ到着。ラスト1kmを一緒に越えた8人は27秒以内で、エラダを除く前日までの総合トップ10選手は、揃って53秒以内で区間を終えた。ちなみにニバリを筆頭にチーム総出のアシストを受けたイザギーレは37秒遅れで終了し、ウィルコ・ケルデルマンは1分02秒も落とした。
もちろん区間勝者のボーナスタイム10秒も手に入れたイェーツは、2日前に自らの決断で「手放した」マイヨ・ロホをあっさりと取り戻した。
「僕は完全に状況を掌握したわけじゃない。長い上りフィニッシュはまだ1回しか行われていないし、明日のコバドンガは、まるで違ったタイプの努力を必要とする上りだ。なにより、まだまだタイム差は極めて少ない」(イェーツ)
たしかに総合2位&3位につけるモヴィスターコンビ、つまりバルベルデとの差は20秒、3位キンタナとの差は25秒でしかない。4位に浮上したロペスは47秒差で追いかけてくる。総合5位以下にはすでに1分23秒の差をつけているが、クライスヴァイクが9位から一気に5位へとジャンプアップしたこと、なにより総合6位ウランと7位イザギーレがタイムトライアル巧者であることを忘れてはならない。
……そう、サイモンがマリア・ローザの日々で最も恐れていたのが、個人タイムトライアルでタイムを大幅に失ってしまうことだった!
「やっぱり今大会も個人タイムトライアル(第16ステージ)でタイムを失ってしまうだろうね。随分と上達したと思うけど、それでも僕の弱点であることに変わりはない。ただ今回は3週目にもたくさん難ステージが待ち構えているから、まずはTTでどうなるか見ていきたい」(イェーツ)
宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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