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フランス南部の強烈な光の下で、影はいっそう濃くなった。なにより休息日の前日で、家族や友達がフィニッシュ地にたくさん待ち構えていたからこそ……喜びも悲しみもいつも以上に大きかった。地元ステージで勝てなかったリリアン・カルメジャーヌは人目もはばからず号泣し、スプリント勝負で敗れたバウケ・モレマの夫人は、チームバスの裏で静かに涙した。同国の仲間と逃げ集団内で上手く協力し合い、最後は理想的な展開に持ち込んだマグヌス・コルトニールセンが、スプリントの果てに初めてのツール区間優勝をもぎ取った。
逃げ切りが約束されたようなステージだった。ピュアスプリンターにとって起伏がは厳しすぎたし、総合系ライダーにとっては、たいしたタイム差が見込めそうもない地形だった。しかも翌日は待ちに待ったお休みで、幸いに長距離移動もない。つまり、なにも難しいことなど考えずに、思いっきり暴れまわることが許されている。
だからこそスタートと同時にとてつもないドンパチが始まった。細かい起伏が連続する道で、無数のアタックが繰り出された。熾烈な競り合いは1時間以上も続いた。45kmほど走った先に、ようやく29人の大きなグループが前方へと抜け出した。
メインプロトンは一切の追走を放棄した。逃げ集団で最も総合上位につけているのが、第1週目に8日間マイヨ・ジョーヌを着ていたグレッグ・ヴァンアーヴェルマートであり、しかも現マイヨ・ジョーヌからは29分02秒も遅れている。だからタイム差制御さえ必要なかった。逃げ集団がどんどん遠ざかっていく背後で、チームスカイはただ規則正しくペダルを回した。しかも最終坂で真剣勝負を繰り広げた前日とは違い、いくつかの小さな例外を除き、最後までなにも起こらなかった。
全22チーム中16チームが滑り込んだエスケープでは、カルメジャーヌが真っ先に動いた。それもステージ前半の2級峠で、なんと単独で飛び出した。というのもこの2級シエ峠の山頂から、道はタルヌ県に入る。つまりはカルメジャーヌが生まれ育った土地で、10月のルート発表時から「自分向き」と狙いをつけたステージだった。
そうはいっても、フィニッシュまでいまだ125kmも残っていた。独走に持ち込むには早すぎた。チーム監督が集団に戻るよう説得を試みるも、すぐには首を縦には振らなかった。ただ故郷タルヌ県を15kmほどひとり先頭で走った後、ようやく脚を緩めると、おとなしく逃げ集団に帰った。
「このステージがどうしても欲しかった。シエ峠で加速する予定は特になかった。でも観客からの声援があまりに凄いものだから、少しだけ、ひとりで満喫したくなったんだ。ただ早すぎることは分かっていたから、自ら後方へ戻った。あれが脚や調子に何ら悪い影響も及ぼさなかったことは、終盤の走りを見てもらえばお分かりいただけると思う」(カルメジャーヌ、フィニッシュ後インタビューより)
その2級峠からの下りでは、ペーター・サガンが見事なダウンヒルテクニックを披露した。文字通り連日逃げを繰り返す驚異のマイヨ・ヴェールだが、この日の目的は、単なるポイント収集だけではなかった。チームメートのラファル・マイカのために、精力的に集団牽引も引き受けた。ステージ中盤で集団分裂の試みが相次いだ時には、不穏な動きを封じ込めに走った。
良きチームメートとして働いたサガンは、中間ポイントでの首位通過は逃してしまった。残り75kmでファビアン・グルリエが前に走り出し、さらにジュリアン・ベルナールが単独でブリッジをしかけたせいだった。もちろん続く逃げ集団内では真っ先にラインを横切り、3位通過で15ptを懐に入れた。
これにてサガンの通算獲得ポイントは452ptに達した。ここから最終日までに収集できるポイントは最大290ptで、ポイント賞首位のサガンと2位の差は282ptだから……、パリで6枚目のマイヨ・ヴェールを持ち帰ることは「ほぼ」確定したことになる。なにより2016年に記録した史上最高通算ポイント数の470ptを、更新することも「ほぼ」決まり。
「ふーん、『ほぼ』なんだね?じゃあもうちょっとポイントを稼がないとなぁ。まだレースは6日残っているから、まだまだもう少しポイント収集に向かうよ」(サガン、ミックスゾーンインタビューより)
フィニッシュ手前55km地点の、1級ピック・ド・ノール峠の入り口まで、サガンは懸命に働いた。後はいつもの通り、スピードを緩めると、後方集団でステージの終わりを楽しんだ。
つまり次はマイカが動く番だった。1分ほど先を走るグルリエとベルナールの背後で次々と攻撃がかかるも、過去2回ツールの山岳ジャージを持ち帰ったクライマーは、その全てを巧みに受け流した。そして山頂まで5.5km、勾配が9.5%に達する難ゾーンで、自ら強烈なアタックを打った。後に区間勝者となるコルトニールセンが縋り付こうともがくが、この時のマイカは力強く振り払った。さらには前を行く2人をも、あっさり抜き去った。
「そもそもの計画は、サガンで狙いに行くつもりだった。でも連日の努力でサガンは少し疲れていた。だから僕にゴーサインが出た。最終峠でアタックをかけて、先頭に立った。ただ残念ながらタイム差は思うように開けなかった。その後に長いダウンヒルと、平坦ゾーンが待っていることを考えると、僕にチャンスはなかった」(マイカ、ミックスゾーンインタビューより)
残り41.5km地点に位置する1級山頂では、追走に30秒差をつけた。約23km続く長い下りが終わるころには、タイム差は10秒にまで詰められていた。そもそも過去にマイカがツールで手にした3つの勝利は、全てが独走だったし、全てが上りフィニッシュだった。しかしこの日は、下り切った果てに、延々18kmもの平地が続く。そして平地に入ってほんの3kmほどで、マイカは7人の追走グループに捕らえられた。
とうとう8人にまで小さくなった集団には、マイカと、カルメジャーヌと……、あとはアスタナプロチーム、バーレーン・メリダ、トレック・セガフレードからそれぞれ2人ずつ。3チームはそれぞれに「かなり戦術的な連携の動き」(カルメジャーヌ)を見せ、独走で疲れたマイカは先頭交代にほとんど加わらず、そして絶対に勝ちたいカルメジャーヌは、後方からのさらなる合流を避けるために精力的に前を引いた。
「他のチームの戦術に文句をつけるつもりはないけど、トレックのやり方だけは理解できない。僕はスクウィンシュに徹底的にマークされた。モレマを勝たせたかったみたいだけど、とにかくトレックのせいで僕のレースは潰された」(カルメジャーヌ、フィニッシュ後インタビューより)
そのバウケ・モレマが、最後の3人に絞り込む動きを作り出した。残り7.5km、急激なスピードアップを敢行。コルトニールセンが後輪にすかさず張り付き、ヨン・イザギーレもすぐに反応した。数的有利を誇った3チームから、1人ずつが前に出た。慌ててカルメジャーヌが穴を埋めに走るが、3人はどんどん遠ざかっていくばかり。もちろん後ろに残った3チームの選手は、ただ徹底的にカルメジャーヌやマイカの動きを潰して回った。
29人で始まったエスケープは、三つ巴の戦いで締めくくられた。ツールでの区間勝利経験を持ち、それぞれGCライダーとしても高い実力は知られるモレマとイザギーレだが、しかしこと平地スプリントに関しては、コルトニールセンが圧倒的に有利だった。なにしろデンマーク生まれの25歳は、2年前の初出場ブエルタで、マドリード最終ステージを含むスプリント2勝を挙げている。
だからこそスペイン人クライマーは、残り1.5km、微妙な登りを利用して加速を試みた。またフラムルージュをくぐり抜けた後は、コルトニールセンを先頭に押し上げ、他の2人は背後でじっと隙を狙った。
「最終盤はライバル2人の動きにひたすら集中した。だってどちらかがアタックを仕掛けて飛び出すことも十分にあり得たから。スプリントにはかなり自信があったけど、その前に誰かが何かを仕掛けてくる危険性は常に存在するからね。幸いにもアタックにしっかり反応できたし、スプリントに持ち込むことに成功した」(コルトニールセン、公式記者会見より)
最後まで警戒心を解かなかった。背後の2人の抜け駆けを許さぬよう、まさに1秒に1回は後ろを振り返った。そして残り250mでイザギーレが加速に転じた瞬間、コルトニールセンもスプリントを切った。そのまま1度たりとも先頭ポジションを譲ることなく、フィニッシュラインへ真っ先に飛び込んだ。
「ファンタスティック!自転車を始めた頃に抱いた夢の中でも、最大級の夢が叶ったよ。初めてのツールで、初めての区間勝利を手に入れられるなんて、本当に幸せだ。実は昨日フライレが勝って、僕は本当に嬉しかった。なによりあれが僕に自信をくれた。このツールで僕にだってあらゆることが可能なんだ、っていう感覚を抱いたんだ」(コルトニールセン、公式記者会見より)
イザギーレは同タイム2位に終わり、モレマは3位で肩を落とした。大いに奮闘したカルメジャーヌは34秒差の7位に終わり、「勝利に絡めなかったことが悔しくて、張りつめていた気持ちが決壊した」。敢闘賞マイカは登坂力の調子の良さを確認し、ピレネーでの再挑戦を宣言した。
様々なドラマの果てにコルトニールセンが歓喜を味わい、その背後では、残りの逃げ選手たちがラスト200m地点で集団落車を起こすというまた別のドラマもあった。そして13分11秒後には和やかな様子のマイヨ・ジョーヌ集団が、フィニッシュラインに滑り込んだ。
実は最後の1級峠では、突如としてダニエル・マーティンがアタックを仕掛けた。ライバルたちにも1分近い差をつけた。ただ総合で6分54秒も遅れを取っていたせいか、スカイはもちろん、他の総合系チームも、まったく追走の動きは見せなかった。いつしかマーティンはメイン集団に吸収された。
1級峠の下りでは、ロマン・バルデもアタックの気配を見せた。最終盤の平地には強風が吹き荒れた。ただなにも起こらなかった。
「出来る限り長くマイヨ・ジョーヌを守っていきたい。このジャージが僕を奮い立たせるし、人生最高のレースを生きているよ。ただまずは休息日をしっかりと満喫したい。それからピレネーの激闘へと向かう」(トーマス、公式記者会見より)しかしステージ後、黄色のジャージで大会2度目の休息日を過ごすゲラント・トーマスと、1分39秒差の総合2位につけるクリス・フルームの耳に、残念なニュースが飛び込んできた。スカイの一員であるジャンニ・モスコンが、スタート直後にエリー・ジェスベールを殴り、審判団により大会除外処分を課されたのだ。ピレネーの激闘へ、つまりスカイは7人で立ち向かわねばならない。
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宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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