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ラスト2kmの右カーブが、流れを変えた。集団の前方で落車が発生し、黄色のフェルナンド・ガビリアは地面に倒れ込んだ。難を逃れたひと握りの選手だけで小集団スプリントが争われ、ペーター・サガンが区間勝利を手に入れた。世界チャンピオンの証アルカンシェルの上にマイヨ・ジョーヌを重ね着し、さらには過去5年間に渡って我が物としてきたマイヨ・ヴェールも、2年ぶりに取り戻した。
ひどく暑い日曜日の午後は、長いひとり旅で活気付いた。そもそもの始まりは3人だった。スタートと直後にシルヴァン・シャヴァネル、ミヒャエル・ゴグル、ディオン・スミスが前方へと飛び出した。ところが28km地点で4級峠を越えると、状況はがらりと変わる。
ゴグルは右ひざの痛みを訴え、逃げ集団から脱落した。一方で4級峠を先頭通過し、赤玉保持者のケヴィン・ルダノワと全く同ポイントで並んだスミスは、自らの意志で後方への退却を決めた。この場合、山岳ジャージの行方は、総合順位で決まる。初日を終えた時点でスミス49位10秒差なのに対して、ルダノワは163位3分12秒差。つまり何事もなく走り終えることさえできれば、自動的に山岳ジャージはスミスの手に渡る。だったら集団内で体力を温存しつつフィニッシュを待つほうが、ずっと賢いやり方に違いなかった。こうしてスタートからわずか30km走っただけで、エスケープはシャヴァネルひとりになった。
ツール開幕のちょうど1週間前に39歳になったシャヴァネルは、自らのトレードマークである「大逃げ」にあくまで忠実だった。これこそが自らに区間3勝、スーパー敢闘賞2回、そしてマイヨ・ジョーヌ2日間の栄光を与えてくれた。なによりこの日は所属チーム、ディレクトエネルジーのお膝元ヴァンデ県を駆け抜けた上に、チームマネージャーのジャンルネ・ベルノドーの62歳の誕生日!
「本当は山岳ジャージをプレゼントしたかったんだけどね。でもジャージが取れなくても、他の2人が後ろに下がってしまっても、僕のやる気がしぼんでしまうことなんてなかったさ。それに地元ファンの目の前で、脚を緩める選択肢なんて僕にはなかった。たとえ不可能だと分かっていても、ひたすら努力を続けた」(シャヴァネル、ミックスゾーンインタビューより)
なにより今回が「人生最後」のツールと決めている。2001年に初めて出場してから、毎夏欠かさずフランスを一周してきた。2018年にはとうとう史上最多18回目の出場記録を打ち立てた。
「すごく楽しかったよ。顔なじみのサポーターをあちこちで見つけたし、たくさんの声援や横断幕に励まされた」(シャヴァネル、ミックスゾーンインタビューより)
ひとりだったけれど、孤独ではなかった。コースはまるでシャヴァネルのためだけに敷かれた花道のようで、時に詰めかけたファンとハイタッチするシーンさえ見られた。最大4分15秒ほどのタイム差を許され、たっぷり138kmに渡ってひとり逃げを続けた。そして残り14kmのボーナスポイントで1位3秒の小さなご褒美を手にした直後、スピードの塊と化したメインプロトンに、シャヴァネルは静かに飲み込まれていった。フィニッシュ後には人生10回目の敢闘賞表彰式へと臨んだ。
追走の責任はクイックステップフロアーズが負った。マイヨ・ジョーヌ姿のガビリアを引き連れて、1日中、集団先頭で黙々と汗を流した。ところがステージも最終盤に差し掛かると、複数のスプリントチームはもちろん、第1ステージの「悪夢」を繰り返すまいと、総合系チームも集団最前列へと詰めかけた。おかげで前日以上の危険な密集状態が作り出された。あちこちで落車が発生し――ルイス・レオンサンチェスは即時リタイアを余儀なくされ、アダム・イェーツも落車後の集団復帰にずいぶん労力を尽くした――、集団内の緊張感はぐんぐん高まっていった。
残り7kmでマルセル・キッテルがパンクで足止めを喰らうと、ライバルチームたちの勢いはさらに増した。先頭を奪い奪われ、スピードは極度に上がり、集団は限界まで長く細く伸びた。
そして恐れていた大きな落車が起こる。フィニッシュ手前2kmに待ち構える鋭角の右コーナーだった。先頭から15番目程度につけていた南アフリカチャンピオンのダリル・インピーが、地面に滑り落ちた。そのまま7、8人の選手がフェンス際までなぎ倒された。マイヨ・ジョーヌ姿のガビリアもそのひとりだった。すぐに立ち上がり後を追うも、上手く抜け出した15人程度の集団を捕らえることはできなかった。
上手く抜け出した……と言っても、スプリントエース抜きのアシストのみだったり(クイックステップ3人)、もしくはアシスト抜きのスプリントエースだったり(アルノー・デマール、ソニー・コロブレッリ、アンドレ・グライペル、ジョン・デゲンコルプ、アレクサンドル・クリストフ)。その中でただボーラ・ハンスグローエだけは、エース1人とアシスト2人がきっちり先頭集団に送り込んだ。もちろんアシスト2人は残り300mまで死力を尽くした。
「チームメートが輝かしい仕事を成し遂げてくれた。だからこそ、こうして僕は区間を勝つことが出来たし、マイヨ・ジョーヌを取ることが出来たんだ」(サガン、ミックスゾーンインタビューより)
孤軍奮闘のデマールが真っ先にスプリントを切った。ただし「仕掛けるのが早すぎた。僕にはあまり選択肢が残っていなかったから」(TVインタビューより)と、ラスト120mでサガンに追い抜かれた。コロブレッリは残り50mから急速に追い上げた。しかし「先に仕掛けるつもりだったのに、後を追いかける羽目になった」(フィニッシュ後インタビューより)と後悔するように、どうやら仕掛けが遅すぎた。慌ててハンドルを投げるも、先行するサガンに、わずか前輪3分の2の距離だけ足りなかった。
サガンは片手を突き上げて、ツール区間9勝目を手に入れた。またボーナスタイムも10秒収集し、ガビリアを6秒上回り総合首位の座についた。所属チームのボーラ・ハンスグローエに、創設以来初めてのマイヨ・ジョーヌを献上した。
「自分のためにも、チームのためにも、マイヨ・ジョーヌを取ることが出来て嬉しい。だってマイヨ・ジョーヌはスペシャルなモノだから。特に僕みたいな選手にとっては、ツール中に1日、良くて数日間しか着られないものだから……」(サガン、ミックスゾーンインタビューより)
2015年9月27日以来、世界チャンピオンジャージを2年9カ月にも渡って着続けているサガンは、ようやく人生4枚目のマイヨ・ジョーヌを手に入れたことになる。同時に2012年から2016年までの5年連続で家に持ち帰ってきたマイヨ・ヴェールを、2年ぶりに取り戻した。1年前は第4ステージの失格処分で苦い思いを味わったからこそ、この先は6回目のポイント賞獲りに全力を注ぐ。
「マイヨ・ジョーヌには心から満足しているけど、でも結局のところ、パリまで守ることはできないからなぁ。むしろ僕の第一目標はもっと区間勝利を挙げること。それからマイヨ・ヴェール獲りに集中していく」(サガン、公式記者会見より)
大会ルール20条「残り3km以内に落車やメカトラブルなど不可抗力により集団から遅れた選手は、事故発生時に一緒に走っていた選手/集団と同じフィニッシュタイムが与えられる」に則って、ラスト2kmの集団落車に巻き込まれたすべての選手に、サガンと同じタイムが与えられた。多くの有力者たちがタイムを失った前日とは対照的に、総合狙いの選手たちはみな揃って同じタイムで1日を終えた。スミスは望み通りに総合順位でルダノワを上回り(34位に対して159位)、所属チームのワンティ・ゴベールに、チーム創設以来初めてのツール副賞ジャージをもたらした。
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宮本 あさか
みやもとあさか。パリ在住のスポーツライター・翻訳者。相撲、プロレス、サッカー、テニス、フィギュアスケート、アルペンスキーなど幼いときからのスポーツ好きが高じ、現在は自転車ロードレースの取材を中心に行っている。
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