木下カンセープレゼンツ　サマーカップ2025フィギュアスケート競技会　女子＆ジュニア女子シングルレビュー

　

8月9日-12日、木下カンセーアイスアリーナ（滋賀県大津市）にて、木下カンセープレゼンツ・サマーカップ2025フィギュアスケート競技会 （サマーカップ）が開催された。元々は西日本エリアの選手のための、夏場の調整試合として始まったローカル大会だが、近年は全国の代表クラスの選手が多数エントリーする、屈指の大規模な大会となっていた。特に今年は、昨年まで同時期に開催されていた京都府連のローカル大会、木下グループ杯がISUチャレンジャーシリーズへと昇格。より一層、サマーカップへと選手のエントリーが集中し、ほぼ全日本選手権に近いレベルの大会となった。女子は大会直前に吉田陽菜、青木祐奈の棄権があったのは残念だったが、千葉百音を筆頭にミラノ・コルティナ五輪出場を狙う選手が多数出場。豪華でハイレベルな戦いとなった。

中井亜美が今季初戦、そしてシニア初戦を優勝で飾った。ショートの演技直前には、シニアに上がって初の試合ということで緊張していたのだという。「渡辺倫果選手、河辺愛菜選手のような上手な選手と一緒に、同じグループで練習していることに違和感があった」と言うが、演技冒頭には果敢にトリプルアクセルに挑戦、これは失敗したもののそこからの立て直しは見事だった。昨年まではジュニアだったため、ショートでトリプルアクセルに挑むのは推薦出場の全日本選手権のみだった。「ショートで70点を超えたい」との目標を持っているそうで、そのためにはこのトリプルアクセルを着氷することが必要になると語ってくれた。

フリーでは、セグメント1位こそ千葉百音に譲ったものの、全てのジャンプを着氷、特にトリプルアクセルは十分に加点の付く素晴らしい質のジャンプだった。オリンピックシーズンに臨む決意を存分に感じさせる演技だったと言える。楽曲の著作権問題で昨シーズンの“シンデレラ”の継続使用が難しくなり、急遽作ったプログラムだったが、この時期としてはとても良い仕上がりだ。本人も「まだ作ったばかりなので、スピードが足りなかったり、振りが全然足りないところもあります。もっと踊れるように練習していかないと」と、今後より仕上げていくとの意欲を聞かせてくれた。エレメンツの面では今回、トリプルアクセルを跳んだにもかかわらず7トリプルの構成になっている。おそらく3ルッツ+2トウのところ、セカンドを3トウにする予定だったのではないだろうか。8トリプルで組めれば極めて基礎点の高い構成となり、プログラムの仕上がりと併せて伸びしろはかなりありそうだ。トリプルアクセルの調子についても重ねて尋ねてみた。というのもこの大会、ショートでは転倒、フリー当日も朝の公式練習では全く成功せず、直前の6分間練習で一度着氷したのみだった。それが本番では、6分間でのものを超える最高のクオリティのトリプルアクセルを降りて見せたのだ。普通ならば練習で決まらないと不安になりそうなものだが、「南船橋での練習で調子が良かったので、不安は全くありませんでした」という。このメンタルの強さは今後、大きな武器となるだろう。

「挑戦のシーズンになると思うので、もちろん不安や緊張が毎回の試合であると思うんですけど、それをひとつずつ乗り越えていって、その先にオリンピックがあると思っているので、まずは一歩一歩階段を上っていけたらいいなと思っています」

島田麻央と同学年ながら、生まれ月の関係でミラノ・コルティナ五輪への出場資格がある選手だ。夢の舞台へのチャレンジ、この先の楽しみがより一層膨らむシニア初戦だった。

千葉百音はショートで大きく出遅れ、フリーはセグメント1位と猛追したものの、わずかに及ばず総合2位となった。ショートではジャンプでまさかの2ミス。6位と出遅れることとなった。

「調子は悪くなかっただけに、この結果は非常に悔しいです」

ジャンプの助走でふらついてしまったことがミスにつながったのでは、と分析していた。またフライングキャメル、レイバックの2つのスピンでレベルを取りこぼすなど、シーズン序盤特有の難しさがあるとはいえ、らしくないミスもあった。

フリーはパーフェクトとまでは言えないものの、優勝した中井亜美に0.4点差まで肉薄する演技を披露できた。もっともそれが悔しさをより感じることにつながったようだ。

「“たられば”を思いつけば思いつくほど悔しさが募ってきます」

フリーにおいては「少しは根性を出せた」と前向きな発言もあった。実際、フリーはシーズン初戦としては十分素晴らしい演技で、世界選手権のメダリストらしい滑りを見せてくれた。“夏の全日本“とも言うべきメンバーで戦ったこの試合、どうしても勝負を意識してしまったようだが、これはあくまでも調整試合だ。得られたものは沢山あったように思う。次戦のCS木下杯ではより仕上がった演技を期待したい。ショートを昨シーズンのものに戻すというニュースも入ってきた。試行錯誤を重ねながら、今季最大の目標、ミラノ・コルティナ五輪出場を勝ち取ってほしいものだ。

三原舞依が感動の演技で総合3位となった。彼女の復活に涙したファンも多いはずだ。ジャンプはまだまだ仕上がり途上ながら、今できることを最大限に実施した演技だった。

「順位を全く考えていなくて、記者さんが言って下さってすごいびっくりして、ああ、これは絶対夢だ、と」

フリーは上位選手の中で唯一の6トリプル構成、なおかつジャンプのGOE（技の出来栄え点）はさほど稼げていない。ただ素晴らしいのは、3つのスピン、及びステップですべてレベル4を揃え、GOEも稼いでいることだ。怪我でジャンプが跳べない時期があっても、それ以外の出来ることを地道に練習してきたことが伺える。そもそもシーズン序盤は選手側の意図とテクニカルパネルの判断にずれがあり、レベルを取りこぼすことも多い。そんな中、どれほどしっかり練習してきたのか目に浮かぶようだ。今年、所属先のシスメックスが新たなリンクを建設してくれた恩恵は大きく、これが怪我からの復帰を大いに後押ししてくれている。とても充実したトレーニングが積めているようだ。

「25歳でなんとかレベルアップできそうなので、26歳でのレベルを楽しみにしています」

過去、2度の体調不良による休養を経ながら、そのたびに進化した姿を見せてくれた選手だ。3度目の完全復活を期待したい。

　

三宅咲綺は昨シーズンよりも飛躍的に進化した姿を見せてくれた。フリーで崩れて総合4位に留まったが、ショートは圧巻の演技だった。特に冒頭の3トウ+3トウ。これだけ加点のもらえるトウ＋トウを跳べる選手はなかなかいない。高さ、幅に加え、空中で回転を止めて降りてくる理想的なジャンプだった。将来的には3ルッツ＋3トウへの変更を模索しているようだが、これだけ加点がもらえるならば3トウ＋3トウでも良いのではないか、と思えるほどだ。やはり所属先のシスメックスが新リンクを作ったことが大きくプラスに働いているようで、

「今まではリンクがなかったこともあり、曲かけは1時間半の練習の中で1回、ということが多かったんです。 今は一日3回ぐらいかけてもらって、朝晩滑れているっていう状態です」

この練習の充実ぶりが如実に表れたショートの演技だったと言える。ただ迎えたフリーでは、トリプルアクセルに挑戦したものの、大きく崩れてしまった。演技直後の取材では「練習してきたことができなかった」と、涙で満足にコメントができないほどショックを受けていた。トリプルアクセルを含む高難度の構成は想像以上に負担となったのだろう。また昨年からプログラムを継続したショートとは違い、フリーはまだまだ仕上がり途上だったことも影響していそうだ。今季、最大の目標とするミラノ・コルティナ五輪への出場。フリーの仕上がり具合と、演技構成の選択がカギを握ることになりそうだ。

江川マリアが総合5位入賞。ショートでは冒頭の3フリップ+3トウで転倒があり出遅れたが、フリーで巻き返すことができた。ショートでのジャンプミスは、「壁に近づきすぎて転倒してしまった」とのことで、スピードを出し過ぎたせいもあったようだ。実際、この日はとても良く滑っていた印象で、コーチからもスピードが出ていたと指摘されたそうだ。ショートの曲、“アヴェ・マリア”は、お母様が好きな曲、とのことで、彼女の名前の由来になったのだという。いつか滑りたいと長年温めていたものを、大学4年生の節目の年に採用した形だ。フリーでは素晴らしい演技を披露。特に冒頭の3フリップ+3トウはクオリティが高く、「練習での確率は70～80％」と話していた通りの安定感だ。今後、大きな武器となるだろう。ジャンプをほぼ揃えられたことも大きいが、三原舞依と同様、スピン、ステップでレベルを取りこぼさず、着実に得点を重ねられたことは素晴らしい。充実した練習を積んできた証だろう。今季は千葉のアクアカップから始動。早い時期から順調に仕上がっており、シーズンでの活躍が期待できそうだ。

山下真瑚が総合6位。ショートでは出遅れたものの、フリーでセグメント3位の好演技を披露。昨シーズンから練習ではとても充実している印象で、あとは試合本番で決めるだけ、の状態が続いていたが、ようやく本領を発揮しそうな予感だ。今回の演技は、エレメンツではまだまだ伸びしろを期待したいところだが、スケーティング、表現は素晴らしいものだった。かつてグランプリシリーズで活躍していた頃よりも遥かに進化したスケーティングで観客を楽しませてくれた。また以前は取材であまり饒舌に語るタイプではなかったのだが、最近は独特の感性をコメントで伝えてくれる。例えばショートプログラム、“揚げひばり”のイメージについては、

「前半は飛んでいる鳥から見える景色、風、水の流れを表現しています。ステップの部分は、小鳥だった子たちが段々と大きく羽ばたけるようになって、最後はまた一人で空を飛んでいます」

と、演技を観ただけではなかなか伝わらない部分を明確なイメージでコメントしてくれた。今季はオリンピックシーズンであり、勝負の年として挑んでいる選手が多いのだが、今季のテーマについて聞かれると「誰よりも楽しく滑る！」という答えが返ってきた。彼女のペースで楽しく滑り、その延長線上に大きな結果が得られたなら、それは素晴らしいことだ。

　

ジュニア女子では島田麻央が貫禄の優勝。特にフリーは、夏場の調整試合ということをみじんも感じさせない圧巻の演技だった。今季からアイスダンスとの二刀流に取り組む櫛田育良も充実しており、岡万佑子はいよいよその才能が大きく開花するシーズンとなりそうだ。

島田麻央はまさに圧巻、パーフェクト。これほどの演技が夏から観られるとは！特にフリーでは4回転トウループ、トリプルアクセルを成功させ、すべてのエレメンツですべてのジャッジがGOEをプラス評価という完璧なプロトコルを残したのだ。フリーのTES（技術点）は88.48。ジュニア女子のカテゴリーとしてはとてつもない数字で、今大会、すべてのカテゴリーを含めても島田麻央のフリーのTESを超えられたのが鍵山優真ただ一人、という事実がどれほど異例な演技だったかを物語ってくれる。これでも右足裏の痛みを抱え、普段通りの調整ができていなかったというのだから驚きだ。今季の目標、シニアの全日本選手権での優勝に向けて最高のスタートを切ったと言えよう。ショートプログラムに初めてジャズを採用したことについては、「5年後のオリンピックを目指す1年目として、色々なジャンルの曲を踊れるように」と、既に2030年のフランス・アルプス五輪を見据えてのことだと話してくれた。フリーの“Miracle”も含め、今季はより表現を掴みやすいプログラムを揃えた印象だ。今回、普段の日本のメンバーに加え、オーストラリア連盟所属の石崎波奈が参戦。ショートでは島田麻央に肉薄、特にTESでは島田麻央を超えるスコアを叩き出した。元より島田麻央が完璧な状態ではないと聞いていたこともあり、フリーがどうなるかと案じたのだが、終わってみれば隔絶した力の差を見せつけることとなった。「このような演技ができるとは思っていなかった」と、本人としても想定以上の出来栄えだったようだ。特に4回転トウループとトリプルアクセルの両方をシーズン初戦で成功したことは今までなかったそうで、今後に向けて意を強くする内容となった。右足裏の痛みはショートよりも気になる程度にあったというが、「ちょっとしたハプニングがあった方が緊張が和らいでいいのかな」と意に介さない様子で、メンタルの強さを感じさせるコメントだった。

櫛田育良が総合2位。ショート、フリー共にGOEでマイナス評価が一つもないという美しいプロトコルを残した。既に知られている通り、彼女は今季からアイスダンスとの二刀流に挑む。パートナーの島田高志郎がアイスダンスに専念する傍ら、毎日シングルとアイスダンス、両方の練習をこなす多忙の日々だ。氷上練習だけで毎日5時間半をこなしているそうで、宇治のリンクでの取材の折、「だいぶ慣れてペースがつかめてきました」とコメントした瞬間、私と目が合った島田高志郎が、（信じられない）という表情で頭を振ったのが印象的だった。結果としてシングルの練習時間は減っているはずなのだが、今季の櫛田選手は充実一途の印象だ。アイスダンスの練習がシングルにもとても良い影響を及ぼしているようで、体幹がしっかりしたためか昨シーズンよりもジャンプが安定しており、またつなぎの部分の滑らかさも大きく向上。足元のスケートと振付が連動し、ジャンプすらも振付の一部であるかのような流れを感じさせ、これこそが本物の表現力だと感動を覚える演技だった。もっとも本人はまだ満足していない様子で、ショート、フリー共に「スピン、ステップで詰まってしまう部分があった」と改善を目指していた。今季はアイスダンスでは四大陸選手権への出場を目指すというが、シングルでも世界ジュニア選手権への再度の出場が期待できそうだ。ハードスケジュールではあるが、くれぐれも気を付けて、さらなる高みを見せてもらいたい。

岡万佑子は一昨年頃から才能を感じさせるパフォーマンスで将来を嘱望されていたが、木下アカデミーに移籍した昨シーズンから飛躍的に進化。今季、いよいよその才能を開花させ、世界にアピールすることが期待できそうだ。ショートではコンビネーションジャンプでのミスがあり出遅れたが、フリーではセグメント2位の演技で総合3位と表彰台に上った。特筆すべきはフリーにおいて、トリプルアクセルが回転不足もなく認定されたことだ。継続して挑戦してきたことがようやく実を結んだのだ。もっともショート、フリー共に乱れてしまった3ルッツ+3トウについては反省を口にしていた。今季はジュニアグランプリ、トルコ大会への派遣が決まっている。昨年は和田薫子が国際大会で活躍、日本にこんな素晴らしい選手がいたのかと世界を驚かせたが、今季は岡万佑子がそのポジションにつくのではないだろうか。回転不足やエッジエラーがなく、柔軟性を生かしたエレメンツで高いGOEを獲得することができる。今後、世界の舞台でどんな評価を受けるのか、楽しみでならない。

文：中村康一（Image Works）