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「第5回 フィギュア界における著作権マネジメントの展望」 町田樹のスポーツアカデミア #19コラム【徹底解剖 フィギュアスケートの音楽著作権問題】
町田樹のスポーツアカデミア by 町田樹第5回 フィギュア界における著作権マネジメントの展望
前回のコラムでは、フィギュアスケート(以降、「フィギュア」と略称)の分野における第二段階のイベント利用と、第三段階のメディア発信利用でクリアランスが必要となる著作権について解説しました。したがって、第一段階の選曲・振付利用に関わる著作権を取り上げた第3回のコラムと合わせると、フィギュアの音楽利用に関係するすべての著作権を確認することができます。なお、これまでの内容を総合して、図1に第一段階から第三段階までの各段階でそれぞれ権利処理が必要となる支分権を一覧化しました。フィギュアで音楽を利用する際に、参照してみてください。
図1 フィギュアスケートの音楽利用に関係する著作権
ただ、これまでも言及してきましたが、実際に一個人がこれらすべての著作権を処理することは、とても難しいです。たとえ権利処理を行おうと思っても、権利者とコンタクトがとれないなど、さまざまな困難が生じることもあり得ます。このような状況の中で福井弁護士は、完璧に権利処理を行うことは難しいかもしれないけれども、だからこそせめて著作権法という制度を知った上で、でき得る限りの必要な権利処理を行い、音楽家への敬意をもって理解を得ていくことが重要だと述べています。
ですから、まずは(1)本コラムを入り口として著作権という制度を理解することから始めてみてください。その上で、(2)氏名表示権の遵守や音楽編集のマナーなど、すぐにでも取り組めることを考えてみましょう。一方で、(3)例えば中央競技団体である日本スケート連盟がFS界を代表するなどして、音楽業界や著作権管理事業者たちと、上記に示したような法律の条文だけでは明確にならない点について団体交渉を行う――これが問題解決に向けて今できる最善の手段だと考えられます。
さて、最終回となる今回は、「フィギュア界における著作権マネジメントの展望」と題して、音楽著作権問題を防ぐための提言や、今後のフィギュア界に関係し得る最新の著作権情報をいくつか提供していきたいと思います。
■著作権啓発の必要性
フィギュア界で音楽著作権問題が顕在化してきている以上、今後は業界内で著作権に関する知識の啓発を徹底した方がよいでしょう。例えば、日本スケート連盟とその傘下にある各都道府県の連盟が連携するなどして、日本代表である強化選手に限らず、広く選手とその関係者に著作権の基礎知識を学習するための機会を提供していくべきです。なお、著作権の基礎知識の学習においては、以下の著作がおすすめです。
・鷹野凌著・福井健策監修『クリエイターが知っておくべき権利や法律を教わってきました。:著作権のことをきちんと知りたい人のための本』インプレス、2015年
・福井健策・二関辰郎『ライブイベント・ビジネスの著作権(第二版)』著作権情報センター、2023年
・福井健策『改訂版 著作権とは何か:文化と創造のゆくえ』集英社、2020年
・福井健策『18歳の著作権入門』筑摩書房、2015年
・町田樹『若きアスリートへの手紙:〈競技する身体〉の哲学』山と溪谷社、2022年(第13信~15信が「踊るアスリートのための著作権入門」となっています)
また、これからは著作権の知識なくして選手を指導することはできなくなるでしょう。そのため選手を指導する立場にあるコーチや振付師については、著作権に関する基礎知識を必須の教養とすべきです。例えば、日本スポーツ協会が認定する公認スケートコーチ資格の取得に必要な講習カリキュラムの中に著作権法に関する科目を加えたり、日本フィギュアスケーティングインストラクター協会で講習会の機会を設けるなど、コーチや振付師が必ず著作権に関する基礎知識を身につけられるような環境を整備することが望ましいです。
■立法が議論されている「レコード演奏権」について
第3回と第4回のコラムにおいて、議論の余地はあるものの基本的に実演家とレコード製作者には、第二段階の演奏利用に対して利用差止や使用料を請求する権利が認められていないことを説明しました。したがって、現行法において選手やイベント主催者は、基本的に原盤権のクリアランスを行う必要はありません。
しかしながら、現在、著作権の法制度に関する重要事項の調査審議を行う文化庁の文化審議会著作権分科会政策小委員会では、「レコード演奏権」の創設が議論されています。先にも述べたように、従来レコード製作者や実演家には、イベント利用やBGM利用の対価が還元されていなかったのですが、このレコード演奏権は彼らにそうした対価還元を認める権利になります(「報酬請求権」といって、利用の許可はいらないが決められた使用料の支払を求める権利になりそうです)。したがって、今後「レコード演奏権」が創設された場合、フィギュアの第二段階でのイベント利用においてもレコード演奏権の報告と支払が求められることになります。そうなると、イベント時に支払う著作権処理費用に、レコード演奏の使用料が新たに加算されることになりますので、このレコード演奏権に関する議論の動向は追っておいた方がよいでしょう。
■国際スケート連盟や米国スケート連盟の取り組み事例
昨今の音楽著作権問題を受けて、国際スケート連盟や米国スケート連盟は対策に乗り出し始めています。実は、音楽著作権問題が深刻化する以前の2017年に、アーティスティックスポーツやパフォーミングアーツの分野向けに、正式にライセンスが認められた音楽を提供する「CLICK N CLEAR」というプラットフォームサービスが開始されました。このCLICK N CLEARに登録されている音楽であれば、年間10ドル~25ドルのライセンス料を支払うことで、第一段階から第三段階までに必要となる権利処理を自動的に完了させることができ、安全にフィギュアで利用することができるようになります。現時点でCLICK N CLEARは、120を超えるレコードレーベルや音楽出版社とライセンス契約を結んでおり、徐々にそのサービスを拡大させています。
図2 国際スケート連盟推奨の権利処理サービス:CLICK N CLEAR
現在、国際スケート連盟は全世界のフィギュア関係者に対して、このCLICK N CLEARの利用を推奨しています。ただし、まだその情報が広く行き渡っておらず、CLICK N CLEARの使い方はもとより、その存在自体があまり知られていない状況です。また、CLICK N CLEARは画期的サービスであることは確かですし、今後より一層成長していくものと思われますが、フィギュアで利用できるような楽曲がどれほど登録されているかは未知数です。いずれにせよ、スケーターや振付師は使いたい音楽がCLICK N CLEARに登録されているかを確認し、もし登録されているのであればライセンス料を収めて安全にその音楽を利用してください。登録されていない場合には、本コラムを参照の上、細心の注意を払って利用するようにしてください。
また米国スケート連盟は2024年に、米国の大手著作権管理事業者であるBMI(放送音楽協会)とASCAP(米国作曲家作詞家出版社協会)の二社とフィギュアの音楽利用に関して包括的利用許諾契約を結びました。ちなみに、BMIとASCAPは日本で言うところのJASRACのような組織です。
この米国スケート連盟の措置によって、同連盟に所属する米国のスケーターとその関係者はBMIとASCAPが100パーセント管理している楽曲であれば、著作権者から直接許諾を得ることなく、フィギュアで利用できるようになりました。ASCAPとBMIであれば曲のレパートリーは無数とは言えそうですが、おそらくこちらは音楽著作権の利用についてだけの契約であって、著作隣接権(米国ではサウンドレコーディングの著作権と呼びます)はカバーされていないと思われますが、これもまた画期的な取り組みだと言えるでしょう。
こうした取り組みに倣って、日本スケート連盟も関係各所との団体交渉を試みてもよいかもしれません。その際、とりわけ議論や交渉すべきことは、以下の点になります。
・第一段階における複製権の許諾の必要性
・第一段階における複製権の許諾が必要だとした場合、円滑なクリアランスの方法
→第二段階のイベント利用時における権利処理の中に包含するのが最善だと思われる
・第一段階における著作隣接権(複製権、録音権)の扱い方
・翻案権や同一性保持権の侵害に当たらないフィギュアの音源編集の許容範囲
・(レコード演奏権が未成立の場合)第二段階における原盤権の扱い方
■フィギュアの音楽利用がグランドライツ扱いになる可能性
日本の著作権法上は認められていませんが、米国をはじめとする一部の国では、音楽の演劇的利用を保護する「グランドライツ」という概念があります。例えば、言わずと知れたミュージカルの名曲《オペラ座の怪人》を、カフェのBGMとして利用しようが、ミュージカル公演で披露しようが、両者は共に演奏行為となります。しかしながら、これら二つの利用形態は明らかに異なっており、後者のミュージカル利用において音楽は芸術的な意味でも、経済的な意味でも極めて重要な役割を果たしています。グランドライツとは、こうした音楽の存在が重要となる演劇的な利用には特別な許諾を要する慣行なのです(つまりJASRACのような団体の規定の使用料だけでは許諾を得られません)。したがって、グランドライツの許諾を得るには、分厚い契約書の締結と超高額な使用料の支払いが求められる傾向にあり、そのクリアランスのハードルは極めて高いと言えるでしょう。
本来グランドライツは、《オペラ座の怪人》や《キャッツ》などの脚本と音楽がもともと密接に結びついているものを保護する権利でした。しかしながら、ABBAのヒット曲で構成される《マンマ・ミーア!》など、既存の楽曲を用いて創作されたようなジュークボックス・ミュージカルでもグランドライツが適用されるようになっています。つまり今日では、図3に示したように、グランドライツは「脚本と分かち難く結びついている音楽の演劇的利用」という古典的な解釈のみならず、「既存の音楽の演劇的利用」と言う広義の解釈でも適用されるようになっているのです。
図3 フィギュアの音楽利用が「グランドライツ」扱いになる可能性
これはとりもなおさず、フィギュアの音楽利用でも広義のグランドライツに該当し得ることを意味しています。現状では、フィギュアの音楽利用がグランドライツ扱いだという情報には接していません。しかし福井弁護士は、第2回のコラムで取り上げた鍵山選手が演技1回につき800ドルの音楽使用料を請求されている件について、情報が乏しいので確かなことは何もわからないが、1曲1回にしては高い金額規模に鑑みると、もしかしたら権利者はグランドライツを根拠として使用料を請求している可能性もあると分析しています。
もし権利者からフィギュアの音楽利用がグランドライツに該当すると解釈されてしまうと、フィギュア界は立ち行かなくなってしまいます。そのためグランドライツ扱いをされているのではないかと推測されるケースが多発する場合には、連盟などを筆頭にフィギュア界が組織的に対応する必要がありそうです。
■他の音楽利用を伴うアーティスティックスポーツや舞踊の業界との連携の必要性
本コラム初回の冒頭でも述べたように、フィギュア界が直面する音楽著作権問題は何もフィギュアに限った話ではありません。当然、他の音楽利用を伴うアーティスティックスポーツや舞踊の業界にも同じような問題が起こり得ます。
例えば、Dリーグではコンテストで使用する楽曲に関する「音源ルール」を定めており、出場チームはDリーグのために制作された独自の音源しか利用できないようになっています。既存の音楽を使用する場合、コンテストの配信事業を展開するDリーグにとって、音楽の著作権や原盤権の処理が高い障壁となっていたのですが、この音源ルールによって著作権と原盤権の処理が不要になり、安全かつ自由に世界中に向けてリーグを配信できるようになりました。その意味において、このDリーグの音源ルールは画期的であり、アーティスティックスポーツ界においては一つのロールモデルと言えるでしょう。
しかしその一方で、Dリーグ方式にすると、既存の音楽が使えなくなってしまいます。福井弁護士もこの仕組みを高く評価しつつ、音楽とは人々の集合記憶と結びついているものであり、仮にダンス界がオリジナル音源ばかりになると、例えば「ビートルズの音楽だから表現したい」、「ビートルズの音楽を表現する演技だから見たい」、という既存の音楽を通じた作品と観者の多様なコミュニケーションが失われないかとも危惧しています。とはいえ現状では著作権と原盤権が障壁となり、既存楽曲を用いた演技の世界配信は、ほとんど絶望的だと言えます。こうした状況を福井弁護士は、新たな仕組みを作って打開すべきだとの見解を述べています。
福井弁護士の言う新たな仕組みづくりを実現させるためには、何よりもまずフィギュア、新体操、アーティスティックスイミング、ブレイキン、ダンススポーツなど、音楽利用を伴うアーティスティックスポーツやダンスの分野が連携できる基盤や環境を整えなければなりません。これから先、音楽著作権問題が他のスポーツにも波及する可能性は十分ありますし、アーティスティックスポーツの分野全体でより良い音楽利用や権利処理のあり方を議論したり、仕組みを作ったりすることができるよう競技横断的に連携していくべきだと思われます。
今回取り上げるべき著作権の最新動向や、今後のフィギュア界へ向けた提言は以上となります。
フィギュアにとって音楽はなくてはならない存在です。しかしながら一方で、フィギュアもまた新たな聴衆に音楽を届ける契機となったり、演技を通じて音楽の新しい解釈を提示したりするなど、音楽の普及や発展に寄与しています。これからも、こうしたフィギュアと音楽の互恵関係や相乗関係を築いていくためには、まずフィギュア界全体で音楽著作権の問題を解決する取り組みをしていかなければなりません。本コラムがその一助になりましたら幸いです。
著=町田 樹(國學院大學准教授)
協力=福井 健策(骨董通り法律事務所For the Arts代表弁護士)
骨董通り法律事務所For the Arts代表弁護士。日本大学芸術学部客員教授。日本における著作権法とエンタテインメントの法務を牽引。
制作=J SPORTS
町田樹
國學院大學准教授。博士(スポーツ科学)。専門はスポーツ文化論、著作権法、文化経済学、舞踊論。J SPORTSにて「町田樹のスポーツアカデミア」を手がける。
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