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フィギュア スケート コラム 2025年9月1日

「第3回 フィギュア界に求められる著作権処理:選手・振付師・コーチ篇」 町田樹のスポーツアカデミア #19コラム【徹底解剖 フィギュアスケートの音楽著作権問題】

町田樹のスポーツアカデミア by 町田樹
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第3回 フィギュア界に求められる著作権処理:選手・振付師・コーチ篇

 

前回のコラムでは、現在フィギュアスケート(以降、「フィギュア」と略称)の分野が直面している音楽著作権の問題について解説しました。こうした著作権侵害のリスクを軽減するためには、どうしたら良いのでしょうか。今回は、この点について検討していきたいと思います。

■三段階で考えるフィギュアスケートの著作権処理
音楽の著作権侵害を防ぐ方法は、言うまでもなく演技で使用する音楽の著作権処理を適切に行う、ということです。ただ初回のコラムでも確認したとおり、著作権はいくつもの支分権によって構成された権利の束ですので、「誰がいつ何の支分権をどのように処理すれば良いのか」ということを整理しなければ、正しく権利処理を行うことはできません。実は従来のフィギュア界では、この最も根幹となる点についても曖昧な部分が多かったので、まずはこの問いを考えることから始めていきましょう。

ここで図1をご覧ください。フィギュアの場合、主に三段階で音楽著作物を利用することになります。第一段階は、選手や振付師が任意の楽曲を選曲して、それに合わせて演技の振付を創作する場面。次いで第二段階は、競技会でその演技を披露する場面。そして第三段階が、その披露された演技をテレビ中継などで放送する場面です。したがって、これら三つの段階における利用方法に応じて、それぞれ適切に音楽の著作権を処理する必要があります。その際、一般的に権利処理の手続き主体となるべきは、第一段階では選手や振付師(あるいは選手が所属するマネジメント会社)、第二段階ではイベント主催者、第三段階では放送事業者(あるいは放送や配信を行う人や組織)となります。

図1 三段階で考えるフィギュアスケートの著作権処理

■第一段階で権利処理は必要か?
これまで第二段階と第三段階で音楽を利用する際には、競技会の主催者や放送を行うテレビ局がそれぞれJASRAC(日本音楽著作権協会)などの音楽の著作権管理事業者と連携して、必要な権利処理を行ってきました。ただフィギュア界には、たとえその後競技など公開での利用が想定されていたとしても、第一段階において選手や振付師が著作権の許諾を得るという習慣はありませんでした。ところが、今回第二段階のイベント主催者ではなく、第一段階の時点で選手や振付師が、権利者から楽曲の利用差し止めや高額な使用料を請求されるという問題が多発しているのです。

では、フィギュア界の慣習が間違っていたのでしょうか。もし第一段階での権利処理が必要であるならば、選手や振付師は最大で図2に示されているすべての権利について、クリアランスを行わなければならないことになります。この点について福井弁護士は、現在フィギュア界が直面している第一段階での差し止め請求や高額な使用料請求というのは、著作権者からの請求の根拠が明瞭でないケースもあるため、選手や振付師が図2に整理した各種支分権をどこまで処理すればよいかを明確に判断することは難しいと話します。

図2 第一段階に関係し得る著作権と著作隣接権

■複製権と「原盤権」について
とりわけ判断が難しいのは、図2において「権利処理の必要性について要検討」とされている4つの権利です。このうち、著作権の複製権(21条)については、選手が練習で音楽をかけるために行う楽曲のコピーが、私的複製に該当するか否かも重要な観点になります。もし私的複製でないとされる場合は、許諾が必要です。振付の創作や練習の時点では、選手はコーチやチームメイトなどの限られた人たちの前でしか演技をしませんし、当然そこから利益を得ることはありません。このような閉鎖的かつ非営利な場で使うための複製は私的複製とも言えますが、その後に演技を一般公開するなら改めて許諾が必要になります。最近見られる第一段階での請求も、あくまでもその後の競技など公開利用が想定されるから、受けているのかもしれません。

また、実演家の著作隣接権である録音権(91条)とレコード製作者の著作隣接権である複製権(96条)についても、実演家やレコード製作者から上記の権利を含む原盤権を根拠とした差し止め請求や使用料請求がなされることが、ごく稀にあります。実際、私がプロスケーター時代に、選曲・振付の段階で原盤権のクリアランスを行うべく、権利者に問い合わせたところ使用許可がおりなかったことがありました。この点について福井弁護士は、楽曲のコピーが一般公開(演奏)を前提として行われる場合、現行法では著作権と違い著作隣接権は「演奏」には及ばない(演奏自体は自由である)ため、その前提行為について権利処理が必要か否かに関しては、未だ議論の余地があると述べています。

■翻案権と同一性保持権について
そしてさらに、フィギュアでは規定の演技時間に合わせて音楽を編集する必要がありますが、この編集作業が、翻案権(27条)や同一性保持権(20条)の許諾が必要となる行為に該当するかということも、極めて重要です。もし該当するとなれば、特にその後の公開が予定されているなら、選手や振付師は著作権者から翻案権の許諾を、著作者から同一性保持権の許諾を得なければなりません。そしてこのクリアランス作業は非常に困難になる傾向があります。なぜならば、翻案権(27条)はJASRACに管理委託することができない権利とされているからです。

JASRACは、音楽の著作権者から信託された著作権を集中管理する事業者です。しかし、だからと言ってすべての支分権をJASRACに管理委託することはできません。JASRACに管理委託ができる支分権は、演奏権、上演権、公衆送信権、伝達権などの一部の権利だけであり、翻案権ならびに著作者人格権は管理委託することができません。そのため翻案権や同一性保持権のクリアランスを行うには、直接、著作権者や著作者と交渉する他ないのです。そして、すでに第二回コラムでも言及したとおり、権利者との直接交渉を実現させること自体が難しいことですし、たとえ実現できたとしても、楽曲の改変に関わる翻案権や同一性保持権はクリアランスのハードルが高く、高額な使用料が必要になったり、そもそも許諾が得られない場合もあります。

では、現状フィギュア界では一般的に無許諾で音楽編集を行っているわけですが、こうした行為は翻案権や同一性保持権の侵害となるのでしょうか。この点について福井弁護士いわく、単純なカット編集程度であれば必ずしも権利処理が要るわけではないですが、許諾が必要な編集とそうでない編集を明確に線引きすることはできないようです。もちろん元の音楽に大幅に手を加えたり、編曲したりする場合には、当然のことながら翻案権と同一性保持権の許諾が必要不可欠になります。

実際、フィギュア界で行われている音楽編集の大多数は、一つの音楽作品を演技時間に収めるための単純なカット編集ですので、必ずクリアランスを行わなければならないというわけではありません。ただし、著作者人格権の同一性保持権は、「作者が意に反する改変を受けない権利」ですので、編集の程度によっては、当該音楽の著作者にとってその編集が意に反するものであったとすると、同一性保持権侵害に該当する可能性があるので注意が必要です。このように同一性保持権については、著作者の意向が尊重されますし、その意向も著作者それぞれで異なりますので、一概に許諾が必要な編集とそうでない編集を区別することはますます困難です。

■団体交渉の必要性
以上を総合すると、第一段階で選手や振付師にどの程度の権利処理が求められるのかについては、未だ定かでない部分が多く、議論の余地が残されています。したがって、今後はフィギュア界が音楽家業界や著作権管理事業者たちと団体交渉を行なって、この曖昧な部分について明確にする必要があるでしょう。

例えば、エンターテインメント分野では特定の業界と権利者団体が交渉して、著作権のクリアランスに関する独自の画一的なルールを定めているケースも実際にありますので、団体交渉はフィギュア界が直面する音楽著作権問題を解決する上でも、一つの有効な手段になり得るでしょう。その際、中央競技団体である日本スケート連盟がフィギュア界を代表して、関係団体と交渉することが最も合理的だと思われます。

■第一段階において選手や振付師に求められること
一方で、曖昧なままだからと言って、選手や振付師が何もしないでいいというわけではありません。むしろ曖昧だからこそ、いつどのような形で権利を侵害してしまうかわからないので、細心の注意を払う必要があります。第一段階において、とりわけ選手や振付師に求められることは次の二つです。

まず第一に、翻案権と同一性保持権を侵害しないような音楽編集です。先ほども説明したとおり、基本的には単純なカット編集であれば、絶対とは言えないものの翻案権と同一性保持権の侵害に該当する可能性は低いです。ただし、ここで言う単純なカット編集とは、単一の音楽を演技時間に収まるようにカットする編集のことを指します。現状フィギュア界では、複数の曲を繋ぎ合わせて音源を作成したり、音楽の時系列を変更してしまうようなカット編集も目立ちます。このようなカット編集は、翻案権や同一性保持権の侵害に該当する可能性も高まりますので、注意が必要でしょう。

ここで考えてみてください。例えば、文章の著作物をカット編集するとどうなるでしょうか。おそらく長い文章を単純に短くするだけでも、意味が通じなくなる可能性があります。ましてや他の文章を複数繋ぎ合わせたり、段落の順番を入れ替えるような編集をしたら、確実に意味は変わります。そしてそのような文章を公にしたら、作者にも影響は及ぶでしょう。上記のようなフィギュア界における音楽編集は、実はこれと同じことをしているも同然なのです。音楽は簡単にカット編集ができるものだと思われがちですが、その編集行為を文章に置き換えて考えてみると、そのインパクトの大きさがわかるはずです。したがってフィギュア界における音楽編集は、カットの回数を極力減らしたり、時系列の変更を控えたりするなどして、必要最小限のカット編集に留めるべきでしょう。たいていの場合、選曲や音楽編集は振付師の手に委ねられていると思いますので、振付師が最低限の音楽編集で済むような選曲と振付の構想を心がけることが重要です。

また第二に、著作者人格権および実演家人格権の氏名表示権を尊重しなければなりません。現状、フィギュア界では作曲者や演奏者の氏名が明示されることはほとんどありません。再び、自分がアーティストになったつもり考えてみてください。自分が一生懸命創作したり、演奏したりした音楽がフィギュアで利用され、大勢の人から「素晴らしい音楽だ」と称賛されても、自分の名前が表示されていないがために、誰からも自分の功績であることが認められなかったとしたら、悲しいと思うのではないでしょうか。氏名表示権の遵守は、いわばその音楽の作曲者や演奏者に対する敬意や感謝の表明でもあるのです。

したがって、選手はシーズンの初めや演技を公開する際に、自身のSNSやウェブサイト、あるいは各種媒体のインタビューなどを通じて、演技で用いる音楽の著作者(作曲者、作詞家、編曲家など)と実演家(演奏者)の氏名を公表し、氏名表示権を尊重すると丁寧でしょう。図3に氏名表示権を守るためのクレジット表記例を示しましたので、参考にしてみてください。もちろんこの氏名表示権は、第二段階や第三段階でも遵守すべきです。

図3 氏名表示権の尊重:クレジット表記の例

以上が、(特に公開が前提とされる場合に)第一段階において選手や振付師に求められる権利処理の内容になります。いずれにせよ、図2に示したすべての権利を選手や振付師が個人的にクリアランスを行うことは、とても難しいことです。特にフィギュアは若年スポーツで未成年者も多いです。未成年者だから著作権を守らなくてもよいということにはなりませんので、その場合はコーチや家族をはじめとする周囲の大人が、まずこの法律の主旨を理解した上で、選手を支援する必要があります。

しかしながら、フィギュア界では著作権に関する啓発活動も行われておらず、著作権について正しい知識を身につけている人も稀だと思います。そのため、日本スケート連盟が先頭に立って団体交渉を行い、適切かつ円滑に著作権処理を行うための仕組みや環境を作ったり、著作権啓発を行って業界関係者全員が当たり前のように著作権に関する知識を備えているような状況を導いていくことが重要となるでしょう。

次回は、第二段階と第三段階における著作権処理について解説します。

参考文献
・骨董通り法律事務所編『エンタテイメント法実務〔第2版〕』弘文堂、2025年
・福井健策・二関辰郎『ライブイベント・ビジネスの著作権(第二版)』著作権情報センター、2023年
・福井健策『改訂版 著作権とは何か――文化と創造のゆくえ』集英社、2020年
・福井健策『18歳の著作権入門』筑摩書房、2015年
・町田樹『若きアスリートへの手紙――〈競技する身体〉の哲学』山と溪谷社、2022年

著=町田 樹(國學院大學准教授)
協力=福井 健策(骨董通り法律事務所For the Arts代表弁護士)
   骨董通り法律事務所For the Arts代表弁護士。日本大学芸術学部客員教授。日本における著作権法とエンタテインメントの法務を牽引。
制作=J SPORTS

町田樹

國學院大學准教授。博士(スポーツ科学)。専門はスポーツ文化論、著作権法、文化経済学、舞踊論。J SPORTSにて「町田樹のスポーツアカデミア」を手がける。

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