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フィギュア スケート コラム 2025年8月27日

「第2回 フィギュアスケート界が直面する音楽著作権問題の全容」 町田樹のスポーツアカデミア #19コラム【徹底解剖 フィギュアスケートの音楽著作権問題】

町田樹のスポーツアカデミア by 町田樹
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第2回 フィギュアスケート界が直面する音楽著作権問題の全容

 

前回のコラムでは、著作権とはどのような権利なのかを確認しました。私たちが何気なく「著作権」と呼んでいるものは、実はたくさんの支分権から成る権利の束だということに驚いた人もいたのではないでしょうか。

第2回となる今回のコラムでは、フィギュアスケート(以降、「フィギュア」と略称)の分野が直面している音楽著作権問題の全容に迫っていきたいと思います。

■音楽著作権問題の背景
現在、フィギュア界で起こっている音楽著作権問題を理解する上では、その前提として国際スケート連盟(ISU)の「会則および一般規則2022」(Constitution and General Regulations 2022)内で示されている音楽著作権処理規定(Rule 131: Entries General-b)を理解しておく必要があります。この規定を以下に引用しましたので、まずは確認してみましょう。

全てのフィギュアスケート競技者とISUメンバーは次のことを遵守しなければならない:

i )競技者によって提示されたり、使用されたりする音楽や振付は、ISU、ISUの構成メンバー、組織委員会または関連するテレビネットワークや放送事業者のさらなるクリアランスや支払いを必要とせずに、世界中における一般利用やテレビ、その他のメディアを通じた公開、放送、再放送ができるよう、(著作権者からの)完全なる許可ないし認定が与えられていなければならない。

この条項は要するに、「演技で利用する音楽や振付の著作権処理は、競技者やその関係者が自らで行うこと」と規定しているわけです。日本の著作権法を想定した場合、この規定を遵守しようと思えば、音楽を競技会や放送でも利用できるようにしなければならないため、少なくとも当該音楽著作物にかかる複製権や演奏権、公衆送信権に加え、著作者人格権や著作隣接権の各種支分権も問題がないようにする必要があります。しかし実際には、競技者やその関係者が個人的にこれほどまでに多くの音楽著作権を処理することは、極めて難しいです。

なぜならば、これらすべての支分権を処理するためには、著作権者あるいは著作権を管理している組織とコンタクトを取って、音楽利用の許可を得るための手続きや交渉を行わなければならないからです。そもそもこうして一個人が権利者を探してコンタクトを取るという権利処理のファーストステップがすでに極めて困難なことですし、たとえ権利者と接触できたとしても、彼らとの間で行うべき交渉や手続きは、著作権制度の専門的知識を要する複雑なものになることは必至です。しかも、その過程では決して安くない使用料の支払いが発生する場合も多々あります。こうした一連の権利処理にかかる手続きを、一個人である競技者やその関係者に委ねることは、やはり現実的であるとは言えません。

実際、果たしてどれほどの競技者がこの規定を遵守できているでしょうか。ISU主催の競技会に限定したとしても、毎年フィギュア界では数千曲の音楽が利用されていますが、おそらく競技者が事前に許可を取った上で利用している音楽はごく少数でしょう。守りたくても、この著作権規定は、一個人の力だけではどうにもならないことを要請しているのですから、致し方がないとも言えます。

つまり、このISUの規定は実質的に中身が伴っていない、ということです。そしていまや、この有名無実化したルール131の著作権処理規定は、フィギュア界において著作権侵害のリスクを高めたり、時として実際に深刻な著作権問題を引き起したりする根本原因となっていることを、第一に指摘する必要があります。

■ボーカル曲解禁というターニングポイント
2012-2013年シーズンまでは、フィギュア界において著作権に関する問題が発生することはほとんどありませんでした。なぜならば、従来フィギュアで使用される音楽は、著作権が消滅してパブリックドメインとなったクラシック音楽などが多かったからです。しかし、この状況は翌2014-2015年シーズンに一変することになります。ISUがそれまで禁止していたボーカル入りの楽曲使用を解禁したのです。

これにより、ポップスやロック、ヒップホップ、EDMなど、フィギュアの競技会で使用できる音楽ジャンルの幅は格段に広がりました。ところが、これらのジャンルの音楽には、パブリックドメインとなっているものがほとんどありません。そのため、これらのボーカル入り音楽をプログラムで利用する際には、著作権者から事前に許可を得る必要がありますが、フィギュアスケート業界の著作権処理をめぐる実情はといえば、有名無実のルール131があるだけで、競技者やコーチ、振付師に対する著作権啓発も行っていなければ、権利侵害が発生した際のリスクマネジメントも構築されていません。このような実態であるがゆえに、2014-2015年シーズンのボーカル曲解禁以降、フィギュア界においては著作権侵害のリスクが格段に高まることとなりました。

■2022年北京冬季オリンピックを契機とした著作権訴訟
そしてついに、2022年に開催された北京冬季オリンピックのフィギュアスケート競技において、実際に危惧していたことが現実のものとなりました。同大会のペア種目に出場した米国代表のアレクサ・クニエリム選手とブランドン・フレージャー選手の演技行為が、音楽著作物の無許諾利用に当たるとして、当該楽曲の著作権者が事後に訴訟を起こしたのです(この著作権者は同時にクニエリム&フレージャー組の演技を放送したNBCユニバーサルメディアとその子会社であるピーコック、ならびにUSAネットワークをも権利侵害で訴えました)。

本件で著作権侵害の申し立てを行った原告は、(1)競技者やその関係者から著作権利用について連絡がなかった(つまり無許諾利用であった)ということと、(2)競技者の演技が放送される際、曲名や作曲者名の表示がなされなかったということの2点を根拠に、被告に対して音楽利用の差し止めと無許諾利用に伴う損害賠償を請求しました。ちなみにロイター通信の報道「オリンピックのスケート選手とNBCが楽曲使用をめぐってミュージシャンと和解」によると、この訴訟はその後2022年7月に、クニエリム&フレージャー組をはじめ、米国スケート連盟やNBCユニバーサルメディアなどの被告側と、原告側である音楽著作権者との間で和解が成立したようです。

実は、公には顕在化していなかったものの、フィギュア界においてはこれまでにも音楽著作権者から音楽利用の差し止め請求がなされた事例はごく稀に発生していました。ただ、実際に訴訟にまで発展したケースはなかったため、この一件はフィギュア界に大きな衝撃をもたらすことになりました。

■頻発する音楽著作権問題
この米国において著作権侵害訴訟が発生して以降、フィギュア界では音楽著作権問題が以前にも増して発生するようになりました。

今季だけに限っても、例えば、鍵山優真選手が『中日スポーツ』の取材において、2025-2026年シーズンのエキシビションを公の舞台で披露する際に、演技一回につき800ドル(日本円で約12万円)の著作権使用料を音楽著作権者に支払っていることを明らかにしました。2024年11月に開催されたNHK杯後に、権利者から鍵山選手側に使用許諾をしていないとの連絡があり、交渉の結果、上記の金額を支払うことで合意したようです。

また、強化選手Aに指定されている中井亜美選手や西野太翔選手も、著作権に関する理由から当初演技で使用する予定だった音楽を変更したことが報道されました。こうした状況に対して、中井選手は「自分がすごく好きなプログラムだったので、滑れないっていうのはすごくショックでした」と『毎日新聞』の取材に答えています。

もちろん日本国内だけでなく、海外においても同様の問題が起こっています。カナダの女子シングル代表であるマデリン・シザース選手は、今シーズン使用する予定であった『ライオンキング』の楽曲に関して、音楽著作権のクリアランスを行うために権利者のディズニーに問い合わせたところ、法外な使用料を要求されたとして音楽使用を断念したようです。

後述するように、これらは正確にどの利用をどの権利の侵害だとして使用料請求されたのか、厳密にはなお不明の部分があります。このように訴訟にまでは至らないものの、国内外において大小様々な著作権問題が顕在化するようになってしまいました。

■著作権侵害によって起こり得るリスク
では、もし音楽の著作権を侵害してしまった場合、どのようなリスクが起こり得るのでしょうか。考えられるリスクは、二つあります。

第一のリスクは、音楽の使用差し止め請求です。著作権や著作者人格権の同一性保持権を侵害している音楽利用に関しては、著作権者や著作者が当該音楽の使用を差し止めることができます。こうして差し止め請求がなされてしまうと、たとえシーズンの途中であったとしても、スケーターはその音楽を使用することができなくなります。

また、第二のリスクは損害賠償請求です。著作権者や著作者は、権利を侵害している人に対して、無許諾利用によって被った損害の賠償請求を行うことができます。従って、もしスケーターの音楽利用が著作権侵害だと判断された場合、事後に著作権者から音楽使用料ないし損害賠償を請求される恐れがあります。福井弁護士はこの損害賠償請求について、「楽曲利用者の過失による侵害があった場合、基本的には実損害額として本来支払うべきであった使用料に相当する額が請求されることになるが、法的には侵害だったことも加味して損害額を算定してよいという明文が導入されたこともあり、実際にはそれ以上のかなり高い金額を請求される恐れがある」と説明しています。

いずれにせよ、著作権侵害が起こってしまうと、音楽著作権者とスケーターの双方が多大なる経済的および心理的ダメージを負うことになってしまいますので、注意しなければなりません。いまや著作権侵害の問題は、誰にでも起こり得るリスクとなっており、業界関係者の間で不安と動揺が広がっています。

以上が、現在フィギュア界が直面している音楽著作権問題の全容になります。

では、こうした著作権侵害の発生を未然に防ぐためにはどうしたらよいのでしょうか。次回のコラムでは、この点を解説していきたいと思います。

参考文献
・倉沢仁志「フィギュア中井亜美がフリーを著作権問題で変更「すごくショック」」『毎日新聞』2025年
7月5日記事
・骨董通り法律事務所編『エンタテイメント法実務〔第2版〕』弘文堂、2025年
・福井健策・二関辰郎『ライブイベント・ビジネスの著作権(第二版)』著作権情報センター、2023年
・福井健策『改訂版 著作権とは何か――文化と創造のゆくえ』集英社、2020年
・福井健策『18歳の著作権入門』筑摩書房、2015年
・町田樹『若きアスリートへの手紙――〈競技する身体〉の哲学』山と溪谷社、2022年
・渡辺拓海「1回につき12万円支払うケースも」『中日スポーツ』2025年6月2日記事
・「フィギュア音楽の著作権で混乱」『Deep Edge Plus』共同通信, 2025年5月17日記事
・「楽曲使用料が理由で『ライオンキング』使用を断念」『東スポWEB』2025年6月16日記事

著=町田 樹(國學院大學准教授)
協力=福井 健策(骨董通り法律事務所For the Arts代表弁護士)
   骨董通り法律事務所For the Arts代表弁護士。日本大学芸術学部客員教授。日本における著作権法とエンタテインメントの法務を牽引。
制作=J SPORTS

町田樹

國學院大學准教授。博士(スポーツ科学)。専門はスポーツ文化論、著作権法、文化経済学、舞踊論。J SPORTSにて「町田樹のスポーツアカデミア」を手がける。

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