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フィギュア スケート コラム 2025年8月26日

「第1回 著作権とは何か?」 町田樹のスポーツアカデミア #19コラム【徹底解剖 フィギュアスケートの音楽著作権問題】

町田樹のスポーツアカデミア by 町田樹
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はじめに

 

今、フィギュアスケート(以降、「フィギュア」と略称)の分野では、競技を根底から揺るがす重大な問題が起こっています。実は、数年前よりフィギュア界では音楽著作権に関する問題が頻繁に発生するようになってしまい、選手が演技で使用する楽曲の変更を余儀なくされたり、高額な楽曲使用料を請求されたりするケースが相次ぐようになりました。音楽なくしては成立しないフィギュアスケートにとって、こうした事態はまさに死活問題であり、業界関係者に不安と動揺が広がっています。

そこで今回のスポーツアカデミアでは、フィギュアと著作権の関係についての法学研究に取り組む町田樹准教授(國學院大學)と、国内における著作権法の法務と研究を牽引する福井健策弁護士(骨董通り法律事務所For the Arts)が協働して、この問題を解決へと導くための方策や著作権の正しい扱い方を検討していきたいと思います。

なお、このコラムでは以下の通り、全5回に分けてフィギュア界が直面する音楽著作権問題について取り上げます。著作権について詳しくない方でも理解できるように、著作権とは何かという基礎知識から順を追って丁寧に説明していきます。

図1 「徹底解剖フィギュアスケートの音楽著作権問題」トピックス一覧

音楽の利用が必要不可欠な文化は、フィギュアだけではありません。例えば、新体操やブレイキンなどのアーティスティックスポーツに加え、バレエや社交ダンス、ストリート系ダンスなどのダンスの分野でも、同じような音楽著作権問題が起こり得ます。この記事は、フィギュア界はもちろんのこと、その他のアーティスティックスポーツやダンスの分野においても共通する内容になっていますので、広く音楽を身体で表現するすべての方々に参考にしていただけますと幸いです。

第1回 著作権とは何か?

■著作権とは何か?
いまや「著作権」は誰にとっても耳馴染みのある言葉になっていますが、その実態を知っている人はそう多くはないでしょう。したがって本題に入る前に、まずは「著作権」とは何かを解説したいと思います。

著作権とは、簡潔に表すと「自分が創作した著作物を、自分のものとしたうえで、その著作物の用途を決めることができる権利」です。日本の著作権法第10条には、どのようなものが著作物に該当するかが例示されており、文学や美術、音楽、舞踊、映画、写真などが挙げられています。著作権という権利が認められていることによって、これらの作者は自らが創作した著作物をどこでどのように利用するかを独占的に決定できるわけです。よって、著作権は「著作物(=作品)という情報の占有権」(福井健策)だとも言われています。

このように説明すると、おそらく多くの人は「著作権」という名のある一つの権利が作者に与えられているのだと思われるのではないでしょうか。ここで図2をご覧ください。

図2 著作権と著作者人格権の内容

実は、図2に列挙されている権利の全てが著作権には含まれています。一見すると、たくさん権利の種類があって複雑そうに見えるかもしれませんが、内実はそこまで難しくはありません。試しに、いくつか権利を確認してみましょう。例えば、「複製権」は読んで字のごとく、著作物の複製ができる権利です。「上演権」や「演奏権」は脚本を上演したり、音楽を演奏したりすることができる権利です。図1のうち、「公衆送信権」は字面を見ただけでは意味が読み取れませんが、著作物をインターネット上で公開することができる権利のことを指します。その他の権利についても、図2に一つひとつ権利の名前と内容を整理していますので、確認してみてください。このように、著作権と一口に言っても、著作物の利用形態に応じて設定された種々さまざまな権利で構成されています。この用途に応じて細かく分かれた一つひとつの権利のことを、「支分権」と言います。つまり、著作権とは複数の支分権で構成された「権利の束」なのです。

基本的にこれらの著作権は、著作物の作者に帰属しています。ただし、著作権は相続したり、譲渡したりすることのできる「財産権」であるため、場合によっては作者以外の人や組織(法人)が権利者となっていることもあります。つまり、必ずしも「作者=著作権者」であるとは限らない、ということです。

なお、著作権は作者の死後70年間という長い期間保護される権利で、作者亡き後は遺族や関係会社が継承していることが多いです。例えば、言わずと知れたクラシック音楽の名曲であるモーリス・ラヴェルの《ボレロ》は、今年になってようやく著作権が切れたと言えば、著作権の保護期間がいかに長いかを実感することができるのではないでしょうか。ちなみに、著作権の保護期間が満了した作品は、「パブリックドメイン」と言って、誰もが許可なく自由に利用することができるようになります。

■作者の人格を保護する著作者人格権
一方で著作権の中には、「著作者人格権」といって、作者の元から絶対に離れない権利もあります。図2の下段に示しているとおり、この著作者人格権は、3つの権利で構成されています。とりわけ既存の著作物を利用する上で重要になるのは、「氏名表示権」と「同一性保持権」です。

作者は時に自らが創作した作品を「我が子」や「自分の分身」と言い表したりしますが、それほどまでに著作物には作者の精魂が込められています。そのように大切な著作物が、誰の手によって創作されたかわからない形で公表されていたり、作り手の思いもよらぬ形で改変されていたりしたら、作者の人格や尊厳が傷ついてしまいます。このように著作物と作者の人格は分かち難く結びついているという観点から、日本の著作権法では著作者人格権が認められています。したがって、たとえ著作権が作者以外の人や組織に譲渡されたとしても、作者の人格を保護するための著作者人格権は「一身専属権」として、作者に帰属し続けることになります。

■準創作行為を保護する著作隣接権
また、フィギュアの音楽利用に関する著作権問題を考える上では、もう一つ忘れてはならない権利があります。それが「著作隣接権」です。

著作隣接権とは、著作物を創作するわけではないのだけれど、それに準ずるような貢献をする人や組織を保護するための権利です。音楽を演奏したり、振付を踊ったりする「実演家」や、音を収録してCDなどの原盤をつくる「レコード製作者」、コンテンツを放送したり、配信したりする「放送事業者」ないし「有線放送事業者」が、この著作隣接権を有しています。

例えば、楽譜は作曲家が創作した音楽著作物です。しかしこの楽譜という著作物は、演奏家が演奏しなければ、私たちの耳に届くことはありません。演奏家は楽譜を分析し、深く解釈してどのように演奏するか熟考します。そして自らが修練してきた演奏技術を駆使して、楽譜を聴こえる形にするわけです。ところがこうした演奏家の営為は著作物を生み出しているわけではありませんので、著作権では保護されないのです。そこで日本の著作権法は、著作権とは別にこうした準創作行為を保護するための著作隣接権を設けています。

この著作隣接権も複数の支分権で構成された権利の束となっています。ここでそれらの支分権を整理した図3をご覧ください。実演を録音したり、録画したりすることができる「録音権」や「録画権」をはじめ、それらの録音・録画物を動画投稿サイト等のインターネットプラットフォーム上にアップロードして誰もが閲覧できるような状態にする「送信可能化権」など、さまざまな支分権で構成されていることがわかると思います。ただし先に挙げた著作隣接権を有する実演家、レコード製作者、放送事業者、有線放送事業者が、すべての支分権の恩恵を受けるわけではありません。図3にチャート形式で示している通り、支分権ごとに対象となる権利者が異なります。ちなみに、図3の各種支分権のうち、商業用レコードに関わる実演家とレコード製作者の権利については、まとめて「原盤権」と呼称されることがあります(狭義ではレコード製作者の権利だけで、原盤権と呼びます)。

図3 著作隣接権の内容

また実演家には別途に実演家人格権が認められています。この実演家の人格権も、著作者人格権と同じように「氏名表示権」と「同一性保持権」で構成されています。ただし、実演家の同一性保持権は「名誉や声望を害する改変を受けない権利」とされており、「作者の意に反する改変を受けない権利」として定義された著作者の同一性保持権より、権利の内容が若干狭くなっています。実演家は、たとえ自らの意に反する形で実演を改変されたとしても、それが名誉や声望を傷つけるものでない限り、同一性保持権を主張することはできないということです。

■著作権を理解すれば他者の著作物を利用できる可能性がひらける
さて、これまで著作権と著作隣接権について解説してきました。図1と図2にそれぞれ支分権をまとめましたが、私たちが「著作権」と一口に呼んでいる権利が、いかに細分化されているかがお分かりいただけたのではないでしょうか。こうした著作権の中身をよく理解せぬまま、他者が創作した著作物を利用すると、知らず知らずのうちに著作権を侵害してしまいかねないので注意が必要です。しかし逆に言えば、著作権という制度をよく理解しておけば、他者の著作物を適切かつ安全に利用できる可能性がひらけるということでもあります。

では、実際に他者の著作物を利用することを想定してみましょう。著作物や実演の利用形態に応じて各種支分権が設けられているわけですから、著作物をどこでどのように利用するかが分かれば、許諾を得るべき権利も明らかにすることができます。

例えば、あるイベントで他者の音楽著作物を編曲して演奏する場合は、まず第一に、当該音楽著作物の著作権者から図1に記載の演奏権と翻案権の許諾を得る必要があります。その上で、編曲はその音楽を作曲した音楽家の意に反しないような形で行い、なおかつその音楽家の氏名をイベントの広告やパンフレットに記載するなどして、著作者人格権である同一性保持権と氏名表示権を遵守します。

このように適切に権利者や著作者から許諾を得ることができれば、他者の著作物を正当に利用することができるのです。なお、こうして許諾を得て著作物を利用できるようにすることを「権利処理」あるいは「クリアランス」と言います。

この第1回の記事では、著作権に関する専門用語が登場しました。これらは次回以降の記事でも重要なキーワードになりますので、図4に整理しておきます。用語の意味がわかなくなった時に立ち返ってみてください。

第2回は、今回の内容を踏まえた上で、フィギュア界が直面する音楽著作権問題の経緯について解説します。

図4 著作権に関する重要用語集

参考文献
・骨董通り法律事務所編『エンタテイメント法実務〔第2版〕』弘文堂、2025年
・福井健策・二関辰郎『ライブイベント・ビジネスの著作権(第二版)』著作権情報センター、2023年
・福井健策『改訂版 著作権とは何か――文化と創造のゆくえ』集英社、2020年
・福井健策『18歳の著作権入門』筑摩書房、2015年
・町田樹『若きアスリートへの手紙――〈競技する身体〉の哲学』山と溪谷社、2022年

著=町田 樹(國學院大學准教授)
協力=福井 健策(骨董通り法律事務所For the Arts代表弁護士)
   骨董通り法律事務所For the Arts代表弁護士。日本大学芸術学部客員教授。日本における著作権法とエンタテインメントの法務を牽引。
制作=J SPORTS

町田樹

國學院大學准教授。博士(スポーツ科学)。専門はスポーツ文化論、著作権法、文化経済学、舞踊論。J SPORTSにて「町田樹のスポーツアカデミア」を手がける。

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