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フィギュア スケート コラム 2025年1月30日

「フュージョンは極めて難しい創作技法」 | 町田樹のスポーツアカデミア【Archive:フィギュアスケート・ザ・マスターピース】フィギュアスケートにおけるフュージョンの可能性

フィギュアスケートレポート by J SPORTS 編集部
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フィギュアスケートにおけるフュージョンの可能性

フィギュアスケートにおけるフュージョンの可能性

今回のアカデミアはフィギュアスケートザマスターピースと題して、珠玉のプログラムが持つ奥深き魅力をじっくりと解説していきたいと思います。

現在、フィギュアスケートのシーズン真っ盛りで、白熱した競技会が至るところで開催されています。そうした競技会を見ていると、改めてスケーターたちが披露する演技のスタイルが実に色とりどりであることがわかります。あるスケーターはバレエのスタイル。あるスケーターはタンゴのスタイルで演技をしています。それ以外にもフラメンコやジャズ、ミュージカル、ヒップホップなどなど、様々なジャンルのスタイルがフィギュアスケートでは見られますよね。

この場合、スケーターはフィギュアスケートと何らかの舞踊ジャンルを掛け合わせてプログラムを創作し、演技をしているわけですが、こうしてジャンルとジャンルを融合させることをフュージョンと言います。今回はこのフィギュア界で多く見られるフュージョンという創作技法の可能性について探求していきたいと思います。

2つ以上の異なるジャンルを組み合わせて作品を創作するフュージョン

フュージョンとは何か?

フュージョンとは何か?

改めてフュージョンとは何かをご説明します。フュージョンとは、2つ以上の異なるジャンルを組み合わせて作品を創作することを言います。別名クロスオーバーとも言いますよね。
このフュージョンはもともと音楽用語らしく、ジャズとロックやクラシックなどの別のジャンルを組み合わせた音楽のことを言うようです。もちろん音楽だけではなく、美術や演劇、舞踊の世界でもフュージョンは見られます。そして今回テーマとなっているフィギュアスケートは、そもそもフュージョンによって生まれた文化だと言えるわけです。

私たちが馴染みある音楽と共に滑って踊るスケート。これは近代フィギュアスケートと言われるのですが、こちらを作ったのはニューヨーク出身のバレエマスターであるジャクソン・ヘインズという人物でした。彼が19世紀半ばにスケーティング技術とバレエやマズルカなどの舞踊様式を掛け合わせて踊って滑るフィギュアスケートの原型を誕生させたと史実では伝えられています。彼はそうした近代フィギュアスケートを作って、アメリカやウィーンをはじめとするヨーロッパ各地で斬新な、踊って滑るスケートをエキシビジョンで披露していたと伝えられています。

ここで注目したいのは、滑って踊るフィギュアスケート。すなわち近代フィギュアを開発したのが純粋なスケーターではなく、バレエダンサーであったということです。というのも、フィギュアスケートというのは、もともと氷上を巧みに滑り、スケートの軌跡で図形を描く文化であって、踊る文化ではなかったんですね。こちらに100年以上前のフィギュアスケートの教則本のページの一部を示したのですが、男性が滑り方や氷上に図形を描く描き方をレクチャーしている様子が説明されています。

近代フィギュアスケートの成り立ち

近代フィギュアスケートの成り立ち

今回、100年以上前のフィギュアスケートの教則本を用意しました。こういったスケートの教則本を見ても、どれも図形を描くような、滑って踊る方法については一切書かれていないわけです。このことが示すのは、フィギュアスケートとは踊るための文化ではなく、もともとは滑って図形を描くだけの文化だったということです。氷の上に図形を描くフィギュアスケートというものを踊りにしていくためには、図形を描くスケーティング技術と、何らかの舞踊ジャンル。踊りのために開発された文化を融合させる必要があるわけです。ヘインズは19世紀の半ばにフィギュアスケートとバレエやマズルカといった舞踊ジャンルを融合させて、滑って踊るスケート文化を成立させたのです。

19世紀半ばにヘインズが近代フィギュアスケートを開発して以降、フィギュア界では様々なフュージョンが試みられるようになりました。

例えば、1930年代頃からアメリカを中心にアイスショー文化が盛り上がってきます。当初、アメリカではハリウッドやニューヨークを中心に様々なアイスショーカンパニーが設立されました。そうしたアイスショーでは、舞踊やエンタメの領域から演出家、振り付け家を招聘してアイスショーを制作していました。フィギュアスケートの領域においてフュージョンが普及した背景には、アイスショー文化の影響が大きいということです。

1930-80年代におけるフュージョン

1930-80年代におけるフュージョン

もうひとつ注目すべきは、イギリスの伝説的なスケーターであるジョン・カリーという人物の活動です。彼は1976年のインスブルック冬季オリンピックを制した、本当に有名なスケーターなのですが、彼も様々な舞踊振り付け家と共同・コラボレーションをして、バレエやタンゴ、あるいはポストモダンダンスと言われるジャンルで横断的な作品を制作して、最終的にはフィギュアスケートを芸術の域に高めた人物と賞賛されるようになりました。こうして、近代フィギュアの黎明以降、フィギュア界では様々なフュージョンが試みられるようになったというわけです。

そして、それは今も変わりません。フュージョンの代表作品を列挙してみました。ステファン・ランビエール。スイスのスケーターですけれども、彼がフラメンコの名手とされるアントニオ・ナハーロさんとコラボレーションをして、フラメンコのフィギュアスケート作品を作っています。

また、プリンスアイスワールドでは作シーズンからミュージカル演出家の菅野こうめいさんを招聘して、スケートとミュージカルを融合させた新しいアイスショーを制作しています。山本草太さんはカメレオンというジャズのフュージョン作品踊ったことがありますし、鈴木明子さんはリベルタンゴ。タンゴとスケートをフュージョンさせたプログラムを滑っていたりします。

フュージョンを成功させる2つの条件

フュージョン成功の条件

フュージョン成功の条件

今では廃止されてしまったのですが、アイスダンスのパターンダンスにはラテン、ルンバ、ワルツ、フォックストロット。様々な舞踊ジャンルの様式をベースにして作られたエッジワーク、ステップワークがあるわけです。

これは印象深いんですけれども、2010年代にファンタジーオンアイスという日本で有名なアイスショーがありました。そちらに出演させていただいた時に、共演者にゲブ・マニキャンというスケーターがいたんです。彼は今年パリオリンピックで導入されたブレーキンのダンサーでもありまして、氷の上で滑りながらブレイクダンスをするという斬新な演目で注目を集めていました。このように、現代においても多様なフュージョンプログラムが見られるわけです。私もプロ時代にはバレエとフィギュアのフュージョン作品を数多く振り付けてきました。私なりに研究者と振り付け家の両立場で探求してきて思うことは、フュージョンを行う時、ここに示した2つのポイントを絶対に外してはならないということです。

その2つのポイントは何かというと、まずひとつ目ですが、融合させるジャンルの本質や要素、スタイルをしっかりと理解するということ。そして、ポイント2。本質やスタイルを損なわないように融合させる。この2つがフュージョンを成功させる条件だと私は考えています。つまり、フィギュアスケートと他の舞踊ジャンルをフュージョンさせる場合、前提としてフィギュアスケートの本質やスタイルを保持しなければならないということですね。

フュージョンは極めて難しい創作技法

では、フィギュアスケートの本質やスタイルとはなんでしょうか。ずばり、ターンやステップ、ジャンプやスピンのことを言います。

ターンのメジャーなものは6種類。ステップも6種類。ジャンプにもアクセルやトウループといった様々なものがあり、スピンにもキャメルスピン、シットスピン。バリエーションがあるわけです。このうちとりわけ大事なのがターンやステップです。つまり、フィギュアスケートにとってターンやステップというのは、いわばボキャブラリーなんですね。文章が単語と単語を連ねて作られるように、フィギュアにとっての単語というのが、ステップになるわけです。だから、どんなに氷上を優雅に巧みに滑っていたとしても、こうしたターンやステップを使わずに滑った場合、それはもはやフィギュアスケートとは言えないということです。

こうしたジャンルの本質や要素、スタイルを理解しないままにフュージョンを行うと、2つのジャンルが相殺されて中途半端な表現になってしまい創作活動は失敗してしまいます。

フュージョンを成功へと導くためには、フィギュアスケートはもちろんのこと、そこに掛け合わせるもう一方のジャンルのスタイルにも精通していかなければいけません。つまり、フィギュアスケートと何かしらの舞踊ジャンルのバイリンガルでなければフュージョンを行うことはできないということです。

例えば、バレエと掛け合わせるのであれば、バレエにも熟知していかなければいけないし、フラメンコと掛け合わせるのであれば、フラメンコを踊れなければ、やはり正しいフュージョンを行うことができないわけです。そういうスタイルを理解しないままにフュージョンを行うと、例えばエセバレエとかエセフラメンコ。なんちゃってバレエみたいな形で、クオリティの低い、正しくないフュージョン作品になってしまうわけです。

フィギュアスケートの本質に関わるスタイル

フィギュアスケートの本質に関わるスタイル

ですから、フィギュアスケートとはまた別のジャンル。両方のバイリンガルでなければいけないというわけで、フュージョンとは本来とても難しい創作技法になるわけです。そうしたハードルを乗り越えて、互いのジャンルの本質やスタイルを損なわないように融合させることができたとすれば、そのフュージョンは両ジャンルの利点が相乗されたり、新たな表現様式を開拓できたりするような有意義な創作活動になるわけです。

ここまでのことをまとめてみましょう。フィギュアスケートが音楽とともに滑って踊るスケートである限り、フュージョンは必須の創作技法であるということ。そして、ジャンルとジャンルの魅力、利点みたいなものを相乗させるような正しいフュージョンを行うことができれば、フィギュアスケートの表現様式だとか芸術性というものを一気に開拓できる可能性をフュージョンは秘めています。

その一方で、フュージョンというのは掛け合わせる2つのジャンルに精通していなければならないため、極めて難しい創作技法になるということです。

珠玉のフュージョン作品「ドン・キホーテ:バジルの輝き」を解説

町田樹《ドン・キホーテ:バジルの輝き》

町田樹《ドン・キホーテ:バジルの輝き》

ここまでのフュージョンのお話を踏まえた上で、実際に珠玉のフュージョン作品を解説していきたいと思います。

最初に取り上げるのは、私、町田樹が2017年に演じた「ドン・キホーテ:バジルの輝き」という作品を取り上げたいと思います。珠玉のフュージョン作品と言っておきながら、自分の作品を最初に出すというのはおこがましいんですけれども、私なりに誠心誠意作った作品で、自信がありますので、ご紹介をさせていただきたいと思います。

この「ドン・キホーテ:バジルの輝き」という作品は、私がプリンスアイスワールド2017年で発表したプログラムです。フィギュアスケートとクラシックバレエのフュージョン作品。ドン・キホーテは、そもそもクラシックバレエの作品にあります。

セルバンテスという作家が書いた長編小説ドン・キホーテという作品がありますけれども、これを元にして作られたバレエ作品です。この作品からインスピレーションを受けてフィギュアスケート作品にしました。

このバレエのドン・キホーテという作品はスペインが舞台なんですけれども、スペインに生きる床屋の青年バジルと宿屋の娘キトリという少女。この2人の恋物語が描かれているわけですけれども、私はバジルという青年に光を当てて、バジルの人間性や心情みたいなものを氷上で表現しようと振り付けを試みました。

この作品は当然フィギュアスケートとバレエをフュージョンさせて作ったものなんですけれども、バレエのスタイルをフィギュアスケートに取り込む上で、意識したポイントが4つあります。

ひとつは、ポールドブラと呼ばれるバレエ特有の腕の動かし方。そして2つ目が、アン・ドゥオールもしくはターンアウトと呼ばれる関節を外旋させて動かす体の使い方。3つ目が、バレエ特有のステップ。これパって言うんですけれども、このステップ。そして4つ目が、バレエ作品のドン・キホーテの作品形式や振り付けの構造。

これをフィギュアに取り込んでいきました。これら4つのバレエのスタイルを応用して「ドン・キホーテ:バジルの輝き」という作品は作られています。

文:J SPORTS編集部

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