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凄まじい意地を見せたイリヤ・マリニンが金色の栄冠を掴む「楽しい経験。すごく心地よかった」 | 全米フィギュアスケート選手権2024 男子シングル レビュー
フィギュアスケートレポート by J SPORTS 編集部全米フィギュアスケート選手権 男子シングル
圧倒的な大差で、余裕の全米選手権2連覇。イリヤ・マリニンは大会史上最多の19.55点差でショートプログラムを折り返すと、トータルではその差をさらに29.85点にまでのばした。SP108.57点、FS185.78点、総合294.35点を手に、金色の栄光を勝ち取った。
「望んでいたように出来たわけではなかったですが、楽しい経験でした。ステップを踏むたびに観客のみなさんが反応してくれたことが、すごく心地よかったんです」
「クワッド・ゴッド」マリニンは、世界中を唖然とさせたGPファイナルほどの、クレイジーな成功を収めたわけではなかった。昨年末の北京では、史上初めてSPで4回転アクセルを組み込み、フリースケーティングでは4回転×6本の構成で挑んでいる(1本転倒)。
一方で今回のナショナルSPでは、アクセルは3回転を1つ飛んだだけ。もちろん3Aは、9人のジャッジのうち4人が出来栄え点GOE+5、残り5人が+4をつけるというずば抜けた評価。また4回転2本の難構成には変わりなく、完璧にさらりと実行した。
FSで4本「しか」4回転を実践できず、コンビネーションも1つしか入れられなかったのは、マリニンにとってはちょっとした異変だったかもしれない。
すでにトレードマークとなった冒頭の4回転アクセルは、きれいに着氷した。続く4回転ルッツも悠々と決めた。ところが続くループが、2回転に抜けてしまう。慌てず4回転サルコーはきっちりこなしたものの、プログラム後半に再びジャンプが乱れた。4回転ルッツからのコンビネーション予定が、ルッツの転倒でシングルジャンプとなり、つまり繰り返し違反も取られた。さらに4回転トーループからのコンビネーションも、1本目が2回転にとどまった上に、やはり2本目をつけられなかった。
しかしマリニンは、チャンピオンとしての凄まじい意地を見せた。演技最後のジャンプ要素で……今シーズン普段なら3回転ルッツ+3回転アクセルのジャンプシークエンスでまとめてきたところを、3本目に3回転トーループを力づくでねじ込んだ。
「一番の問題はスケート靴でした。今日だけでなく、この1週間、僕を大いに悩ませてきました。今大会に乗り込んできた時点では、自分がちゃんと演技できるかどうかすら確信が持てなかったほどです」
複数のミスや転倒にも関わらず、マリニン本人は「がっかりはしていない」と胸を張る。スケート靴の問題を上手く乗り越えられたことが誇らしいし、なにより「ジャンプ以外」の部分に対する評価に手応えを感じからだ。
19歳の伸び盛りは、今季は特に、表現力の強化に勢力的に取り組んできた。努力は演技構成点(PCS)に直に反映された。1年前の全米ではSPでは3項目のうち1つが、FSでは構成力、演技力、スケート技術の3項目すべてが10点満点中8点台だったが、2024年大会はSP、FSともにオール9点台にアップ。しかもノーミスだったSPでは、あのジェイソン・ブラウンを上回ったほど!
いわゆる「セカンドマーク」の底上げも成功させたマリニンは、FSでも2位以下を10点以上突き放す高得点を叩き出した。さすがにネイサン・チェンが2019年に記録したFS45.04点差、トータル58.21点差という超人級の記録を塗り替えることはなかったけれどーー楽しみは来季以降にとっておこうーー、全米チャンピオンとして揺らぎない地位を打ち立てた。
金メダル争いが、実質的にマリニン1人で執り行われたのだとしたら、他の3つの色を巡っては、4選手が接戦を繰り広げた。SPを終えた時点で2位マキシム・ナウモフ、3位ジェイソン・ブラウン、4位アンドリュー・トルガシェフ、5位カムデン・プルキネンまでが、わずか1.82点差で並んでいた。
「接戦……これこそ観客のみなさんが待ち望んでいたものなんです!」(プルキネン)
4人全員が、それぞれに、自分らしい演技でアリーナを魅了した。たとえばSP、FSともに現代風の音楽と哲学的なテーマを選んだトルガシェフは、その瑞々しい感性と卓越したスケーティング力とで、氷上に独特な世界を作り上げた。
右足首の手術から2シーズンかけて昨季復活を果たしたトルガシェフは、昨年秋に背中を故障し、いまだ「回復中」。SPはノーミスで滑り切ったが、FSでは予定していた冒頭の4回転が2回転となり、その後も複数のジャンプで着地が乱れた。FSだけなら7位で、トータル5位で大会を終えている。
最終的な銅メダルのプルキネンと、ピューターメダルのナウモフは、奇遇にも、揃ってFSに「トスカ」を選んだ。同じ曲だからこそ、2人の個性の違いが際立った。前者のプログラムは骨太で重々しく、濃厚な色香が放たれ、後者の演技は繊細かつドラマチックで、エレメンツを重ねるたびにどんどん熱を帯びていく。
しかも両者ともに、完璧な4回転からプログラムを滑り出した(プルキネンはトーループ、ナウモフはサルコウ)。ただプルキネンは3A+1Eu+2Sを予定していたコンビネーションで、最後に1回転しかつけられなかったことを悔しがるし、ナウモフは後半の3回転アクセルの転倒が得点に響いた。
「サルコウに関しては少し腹を立てています。あれさえ上手く出来ていれば、もう少し良かったのに……と。でも全体的には自分の滑りに満足していますし、ついに表彰台に上がることができて本当に嬉しいです」(プルキネン)
「ほんの小さなミスが失点につながってしまいましたが、挑戦したことには満足しています。もしも挑戦していたらどうなっていただろう……と悩むよりも、挑戦して失敗したほうがずっといい」(ナウモフ)
たしかに1.17点差で、プルキネンは銀メダルを逃した。それでも6度目の全米挑戦で、23歳にして、ついに初めてのメダルを手に入れた。また足首粉砕骨折からの完全復活を昨大会4位でアピールしたナウモフは、ほんの1.83点差で銅には届かなかったが、2年連続の4位ピューターメダルを心から楽しんだ。
そして13回目の全米選手権を、ジェイソン・ブラウンは満面の笑みで締めくくった。9個目のメダルと共に。
「これは本当にスペシャルな勝利です。観客のみなさんは素晴らしく、彼らの応援やエネルギーが大きな助けとなりました」
ブラウンがSP・FSをフルに戦うのは今季わずか2大会目にして、2ヶ月ぶりだった。ただ勢力的にショー出演を行う29歳の大ベテランにとって、この競技スケジュールは、もはや特別なものではない。昨季もほぼぶっつけ本番でナショナルに臨み、やはり銀メダルを持ち帰っている。
今年も極めて完成度の高い2作品を、我々の前で披露した。SPの新プログラム「アディオス」では、静と動、柔らかさと鋭さ、繊細さと大胆さを見事に両立させた。冒頭の3回転アクセルで転倒があったが、その後は全てが流れるように進んだ。特筆するまでもなく、スピンとステップはすべてがレベル4の判定で、演技後半のスコアにはひたすらGOE+4と+5が並んだ。
3位で折り返したFSでは、前シーズンと同じ「見果てぬ夢」の再演となった。うっとりするような4分半。残念ながらジャンプで2度着氷が乱れ、さらにはアクセルがすっぽ抜けて1回転と、決して思い通りとは行かなかった。
技術点だけならFSでは全体の6位に過ぎない。対するPCSは文句なしのトップ。SPでは転倒があったせいでPCS上限が9.5点に抑えられ、一番手の座をマリニンに譲ったが、FSでは3項目全てで堂々首位に君臨した(スケーティング技術はマリニンとタイ)。FS全体では2位の得点をマークし、最終的に総合2位に浮上した。
ちなみに2年前のナショナルを最後に、ジェイソンは公式戦で4回転を飛んでいない。今大会参加17選手中、4回転をトライしなかった選手は4人。もちろん完全なる4回転抜きで、「クワッド・ゴッド」マリニンとの差をFSでたったの約10点に抑えられた選手は、ジェイソンただ1人しかいない。
10年連続出場の28歳ジミー・マは、SPは9位と出遅れながら、まるで情熱を体中から放出するような渾身のFSで、最終的に6位と盛り返した。またウクライナからアメリカ籍に移して5年目のヤロスラフ・パニオットは、過去3シーズンはエルヴィス・プレスリーでノリノリだったが、今年はSPプリンス・FSクイーンでやはりノリノリ。SP12位がたたって全体では7位に留まったが、FSだけなら5位の好パフォーマンスだった。樋渡知樹はSP・FSともに3回転アクセルに苦しめられ8位終了。遠藤悟空は初出場の昨大会より順位を大幅に上げ、10位に食い込んだ。
今大会の結果を受け、3月に開催される世界選手権代表にはマリニン、ブラウン、カムデンの3選手が選ばれている。
文:J SPORTS編集部
J SPORTS 編集部
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