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初のベルギー人覇者として名を刻んだルナ・ヘンドリックス「もっと良い演技ができたはずだけど最高にハッピー!」 | ISU欧州フィギュアスケート選手権2024 女子シングル レビュー
フィギュアスケートレポート by J SPORTS 編集部ルナ・ヘンドリックス
1年前につかみそこねたタイトルを、ついに手に入れた。大本命としての重圧を跳ね除けようと必死だった昨大会とは対象的に、今年は心の底から演技を楽しめた。2024年1月、ベルギー人としては史上初めて、ルナ・ヘンドリックス(ベルギー)がヨーロッパ選手権チャンピオンになった。
「今までで一番楽しめた大会でした。普段なら、ジャンプをすべて飛び終えた後にようやく楽しめるのですが、今日は3回転3回転(冒頭のコンビネーションジャンプ)の直後からリラックスできました。もっと良い演技ができたはずだとも分かっています。でも最高にハッピーです」
ショートプログラムは自信を持って臨んだ。大会に向けて十分すぎるほどの調整を積めたことは分かっていたし、参加全33選手の中で誰よりも難しいプログラムを用意した自負もあった。SPで必須とされる3つのジャンプ要素のうち、コンビネーションジャンプを基礎点が1.1倍となる後半に予定していたのは、今大会女子シングルでは唯一ヘンドリックスだけ。しかも3回転+3回転のコンビネーションの中でも基礎点が高い、ルッツ+トーループの組み合わせ。単純に全エレメントの基礎点だけなら最大33.01点に達する。世界選手権2連覇中の坂本花織でも、基礎点のパーソナルベストは32.95点だ。
本人曰く「リスキー」でもあった。同じ構成を用いて2シーズン目だが、昨ユーロSPでは1本目のルッツが回転不足に、2本目のトーループは2回転にすっぽ抜けた。今季はここまで大きなミスなく乗り越えてきたものの、ひときわ大きな緊張に、足を絡め取られてしまわぬとも限らなかった。
「いかにもルナらしい」としか表現のしようのない、ダイナミックで、パワフルで、コケティッシュかつ健康的で、とことんダンサブルで……とにかくゴージャスなプログラムは、大きな3回転フリップから走り出した。続く2回転アクセルも、長い手足が映えるトレードマークの両手タノポジションで、美しく決めた。そして演技後半に差し掛かり、例のコンビネーションジャンプへ。
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「危険が大きいことは十分に分かっていました。年齢的にも、より難しくなっています。だから着地できて、本当に嬉しかった」
ルッツに「q」マーク(4分の1回転不足)はついたけれど、GOE(出来栄え点)のわずかな減点など、全体から見れば些細に過ぎなかった。ステップシークエンスと3つのスピンは当然のようにレベル4の評価で、ひとつのこらず全参加者中トップのGOEを得た。特に締めのビールマンスピンは、ほぼオール+5の美品。74.66点という高得点を叩き出し、ヘンドリックスは待望の首位でSPを折り返した。
「大会はまだ終わってはいません。今日の得点と順位にはもちろん満足していますが、土曜日には、新しい戦いが始まります。あらゆることが起こりえます。だから集中し続けなければなりません。もちろん、同時に、楽しまなくてもなりませんけど」
記者会見で打ち明けたところによると、ヘンドリックスはフリースケーティングの前夜はよく眠れなかったそうだ。「1時間おきに目が覚めた」ほどで、頭と身体をすっきりさせるために、この日ばかりは嫌いなコーヒーを口にした。ただ緊張や疲れに、完全に飲み込まれはしなかった。昨年、メンタルコーチの下で、「自分がフィギュアスケートを続ける意味」と「喜び」を思い出した。コーチである兄ヨリクを始めとする「チーム」が、自分に寄り添ってくれていることも知っていた。
そしてFS冒頭の3回転ルッツ+3回転トーループを、今度こそ完璧に着氷すると、ヘンドリックスは完全に解放された。コレオシークエンスでは鮮やかなスピードでリンクを駆け巡り、しなやかな猫のように、ステップシークエンスを踊りまくった。
本人も認める通り、たしかに完璧ではなかったかもしれない。ジャンプは5つ目までは成功したが、最終2つのジャンプ要素でミスがあった。うち1つは回転不足が取られたため、得点にも大きく影響した。FS138.59点は、パーソナルベストの145.53点には遠く及ばず、トータルでもパーソナルベストより8.03点も低い213.25点にとどまった。
それでもSPに続きFSでもきっちり首位に立ち、ヘンドリックスは金メダルを射落とした。133年もの長き伝統を紡いできたヨーロッパ選手権の歴史に、初めてのベルギー人覇者として、その名を刻んだ。
国土も人口も日本の10分の1以下という西欧の小国で、フィギュアスケートの認知度は高くない。今年のナショナル選手権参加者は、シニアだけに限れば、男女合わせてたったの3人(ヘンドリックスは欠場)。ただヘンドリックスの昨ユーロ銀メダル、さらには世界選2大会連続メダルが引き金となり、子どもたちの間で急激に競技人気が高まっているのだとか。ベーシック・ノービスから始まる各年代別選手権に目を移せば、昨年のエントリー72人から、今季は99人に激増している。
今大会の後は、間違いなく、さらに人気が拡大する。だってベルギーは史上初めて、表彰台に同時に2選手を送り込んだ。ヘンドリックスの隣で、ニナ・ピンザローネ(ベルギー)が、銅メダルに輝いた!
「ルナと一緒に、ベルギーのために、こんなに大きな大会を戦えたことが本当に嬉しいです。長い間、世界のトップクラスに、ベルギーからたった1人のスケーターしかいませんでした。でも、今は、2人です。もしかしたら、この先はもっと増えるかもしれません。私もその一部を担えていることを誇らしく思います」
シニア転向の昨シーズン、初出場ユーロで5位、さらには世界選11位と目を見張る成績を並べたピンザローネは、あっという間に「世界トップ」の仲間入りを果たした。今季初めてのグランプリシリーズで2大会ともに表彰台に駆け上がり、GPファイナル進出も果たした(4位)。新生ベルギーチャンピオンとして乗り込んだ今回の欧州選手権では、すでにメダルもほぼ確実視されていた。
ピンザローネ本人は、余計なプレッシャーを遮断し、順位やメダルについてはできるだけ考えないようにしていたという。むしろ得点の向上を目標に掲げていた。
その意味でもSPは大成功だった。ノーミス、オールレベル4の見事な完成度で、今季だけで3度目のパーソナルベスト更新を果たした。演技構成点(PCS)にいたっては、GPフランスから国際大会4回連続でPBを塗り替えた。1年前に比べれば、約3点ものアップだ。69.70点は、全体で上から2番目の得点でもあった。
「最高にハッピーです。ただベストを尽くし、シーズンベストを更新することが最大の目標でしたから。それを達成できたことに、本当に満足しています」
FSでは小さなフラストレーションも残る。11月上旬に記録したPB133.06点に、ほんのわずか0.47点及ばなかったからだ。あのときはノーミスだったが、ステップシークエンスがレベル3だった。今回の演技直後はノーミス&オールレベル4のパーフェクトを誰もが信じたが、スコア表には、4つのジャンプに「q」がついていた。ちなみに今大会のFSで、回転不足やエッジ違反をひとつも取られなかった選手は、24人中ただ1人しかいない。その選手(23位ネッラ・ペルコネン)に関しては、そもそも3つのジャンプが1回転にとどまり、いずれもGOEマイナスがついている。
やはりPCSは今季3度目の自己更新。「スパルタクス」を壮大に美しく演じ上げ、3つの評価ポイントのうち「コンポーネント」では初めて8点台に上がった。ジャッジに自分の表現世界を理解・認知してもらうことこそが、得点アップの正攻法……フィギュアスケートをいまだよく知らない地元メディアに対して常々こう説明してきたピンザローネは、高く堅固な土台を確実に築きつつある。
トータルでは、初めて200点を超える202.29点――もちろんPB――を記録。SP2位から一つ順位は下げたものの、17歳のピンザローネが、自身にとって初めての欧州表彰台乗りを実現させた。
こんなベルギーの2人の間にしなやかに滑り込み、銀メダルをさらい取ったのが、アナスタシア・グバノワ(ジョージア)だった。1年前に高いポテンシャルを解き放ち、ジョージア人として史上初の欧州チャンピオンに上り詰めた21歳は、再びユーロの舞台でアルカイックスマイルを浮かべた。
「演技を終えた瞬間、私の心をこんな想いが満たしました。私はすべてをやり遂げたんだ、すべてを捧げ、自分の持てるすべてを氷の上で出し尽くしたんだ……と。良いスコアが出るだろうと確信できましたし、幸せでした」
シーズン序盤は、プログラムを2本安定して揃えることに苦しんだ。GPフランス大会ではSP2位でスタートしながら、最終的に6位陥落。一方のNHK杯はジャンプに苦しみSP10位と出遅れたが、FSだけなら4位と盛り返した。また演技終盤のスピンやステップでレベルを大きく落とすことが続き、得点が伸び悩んだ。
今回のSPでも、やはり最後の2要素(ステップシークエンスとレイバックスピン)はレベル3にとどまった。それを除けばすべてが予定通り。「心を落ち着けて、やるべきことをやるだけ」と自分に言い聞かせてきたというグバノワは、68.96点の3位で大会を好発進させた。
FSもまた会心の演技だった。終わってみればジャンプで2つ「q」マークがつき、最後のスピンがまたしてもレベル3止まりも、その柔らかく繊細なプログラムの流れが一切乱れることはなかった。やり切った。演技を終えた瞬間、グバノワはそんな満ち足りた表情を見せた。
「氷とは滑りやすいもので、常に計画通りにいくものではありません。シーズン序盤はたしかにそれほど良くはありませんでしたが、それほど悪くもなかったんです。ここでは自分を立て直し、自分にできることを100%披露しなければなりませんでした。最も大切なのは、精神的に集中し、ただ自分の仕事をすることなんです」
FS137.56点で2年シーズンぶりPBを更新し、トータルでも2年ぶりに200点超え。堂々自己最高の206.52点を記録した。SPから一つ順位を上げ、納得の2位でグバノワは大会を終えた。
昨大会で初登場3位銅メダルに輝いた17歳キミー・レポンド(スイス)は、シーズン序盤の怪我の影響か、今回は7位にとどまった。代わりに同じスイスの19歳リヴィア・カイザーが、PBを2本揃えて4位。母国メディアは「チョコレートメダル!」と、新たな好成績を喜んだ。
フランスからは初出場ロリーヌ・シルドが5位に、イタリアからは同じく初参戦セリーナ・ジョスが6位に食い込む大健闘。フランス女子にとっては2019年以来ぶりのトップ5入りで、イタリア女子にとっては2018年カロリーナ・コストナー銅メダル以来の最高順位だった。
一方でSP5位で折り返したオルガ・ミクティナ(オーストリア)は、最終的に8位後退。FSでは2本予定していた2回転アクセルがいずれも1回転にとどまるなど、ジャンプに苦しんだ。
また一昨季5位、昨大会4位と、本来であれば表彰台争いも期待されていたエカテリーナ・クラコワ(ポーランド)は、まさかのSP落ち。本人としては手応えのある演技が出来たはずだが、ジャンプにエッジエラーやダウングレードの判定。またその他エレメンツではレベルの取りこぼしも多かった。FS進出には、わずか0.51点足りなかった。
文:J SPORTS編集部
J SPORTS 編集部
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