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【レビュー:ISU世界フィギュアスケート選手権2021 女子シングル】 ロシアが4回転と3A武器に表彰台を独占 日本は五輪3枠を奪還
フィギュアスケートレポート by 野口 美恵坂本花織(左)、紀平梨花(中)、宮原知子(右)
ストックホルムに吹いたロシア旋風は、あまりにも強烈だった。日本の紀平梨花、坂本花織、宮原知子がいかに表彰台に食い込むかが期待されていたが、ロシア女子の底力は予想以上。日本女子は五輪の最大3枠を確保したものの、来季に向けて多くを学ぶ試合となった。
ロシアの3人は、それぞれ全く異なるドラマを展開した。まず金メダルの最有力候補のアンナ・シェルバコワ(16)にとっては、かつてない重圧との戦いとなる一戦だった。昨季はエテリ・トゥトベリーゼコーチのもとで“3人娘”の1人として、世界の表彰台を席巻。ところが今季、アリョーナ・コストルナヤとアレクサンドラ・トゥルソワは、ロシアの英雄エフゲニー・プルシェンコのもとへ移籍し、唯一残留したシェルバコワが門下の期待を一身に背負うことになってしまったのだ。
アンナ・シェルバコワ
首位で迎えたフリーで、異変があった。鉄壁と思われた冒頭の4回転フリップで転倒。いつもは2本目も4回転フリップにするがとっさに回避し、そのあとの演技は必死にくらいつくような表情で、明らかにいつもの彼女ではなかった。
「私が望んでいたスタートではなく、すべてのエレメンツを戦い抜き、満足いく演技ではありませんでした。でも目標だった1位になり、サポートしてくれた皆さんに感謝しています」
そしてプルシェンコのもとに移籍した「4回転の申し子」トゥルソワは、変革を求められる苦しいシーズン。ショートではトリプルアクセルを回避し、その弱気が影響したのか、彼女にとっては簡単な3回転ルッツでミスが出て、まさかの12位発進となってしまう。しかし本領を発揮したのはフリー。5本の4回転のうち2本を降り、基礎点の高さを生かしてフリー首位、総合217.20点で3位と、9人ごぼう抜きの快進撃をみせた。
「ショートのあと、私の両親は何度も、私の犬や猫を電話越しに見せてくれて励ましてくれましたし、コーチ達皆さんも私が気持ちを取り直せるようサポートしてくれました。4回転を減らそうなんて、どんな事があっても考えませんでした」
エリザベータ・トゥクタミシェワ
そして誰よりもファンの涙を誘ったのは、24歳のエリザベータ・トゥクタミシェワではないだろうか。2015年の世界女王の実力者だが、ジャンプの高度化と低年齢化の波のなか、層の厚いロシア女子のなかで苦杯をなめてきた。しかし今季はトリプルアクセルが絶好調で、これまで指摘されてきた滑りやスピンなどの弱点も改善。今季に強い想いを賭けていることが伝わってきた。ショートはトリプルアクセルを成功させて3位発進。そしてフリーも、1本目のトリプルアクセルをオーバーターンで耐えると、2本目は成功。軽やかで宙に浮くような軽快な飛躍だった。総合220.46点をマークし、残り2人の滑走を残して首位に。メダル確定が分かると、思わず目頭を押さえた。
「2015年に優勝した時の映像を何度も見て、自分に自信を持ち続け、結果に表れていなくても着実に私は進化しているのだと言い聞かせてきた6年でした。24歳でもメダルを獲れることを証明できて嬉しいですし、そして五輪のプレシーズンに2位になるなんて本当にワクワクしています」
14年ソチ五輪、18年平昌五輪は、代表選考から漏れ、涙を呑んだ。27歳で迎える北京五輪に向けて奇跡のドラマを起こそうとしている。
ロシア勢へ最も近づいたのは、紀平だった。ショートでトリプルアクセルを成功させ、演技後は小さくガッツポーズ。79.08点での2位発進を決めた。
「応援してくださる皆さんに恩返しをしたいという気持ちでジャンプしに行きました」
フリーでは4回転サルコウの国際大会初成功が期待されていたが、フリー当日朝の公式練習後、「感覚が合っていない」と判断し、回避。トリプルアクセル2本で戦う決断になったが、1本目が2回転半になり、2本目は転倒。フリーは9位、総合205.70点での7位で、メダルに届かなかった。
「試合の瞬間、時間帯に、リンクの氷と自分の感覚をマッチさせ切れませんでした。ミスの理由は分かっています。来季はもっと高いレベルの構成で練習して、本番はちょっとレベルを落としても戦えるくらいの余裕が持てる状態に仕上げていきたいと思います」
日本の最高位は坂本だった。今季はNHK杯でパーフェクトの演技をみせて初優勝。大技はなくとも、ジャンプのダイナミックさで得点を稼げる選手へと成長してきた。ところがショートではルッツジャンプでエッジエラーの判定をさせるなど点を落とし、6位発進。フリーもルッツでエラー判定があるなど、いつもの勢いが出し切れず、総合207.80点で6位となった。
「今季はショートでも3回転ルッツを入れる挑戦をしてきたのですが、エラーを取られると影響が大きいのを痛感しました。また練習し直したいです」
また宮原にとっては、来季への課題を持ち帰る一戦となった。ここ数年「自分に自信を持つこと」をテーマに、カナダや米国で独り暮らしをし、自己改革に努めてきた。しかしショートはミスが重なり、16位発進。フリーも5本のミスがあり、総合172.30点で19位と、順位を落とした。
「技術的には話にならない演技でした。フリーでは、ショートよりは冷静になり自分と向き合えたけれど、行動には結びつきませんでした。もっと自信を持てるようメンタル面をトレーニングしていきたいです」
また米国女王のブレイディ・テネルは、現地入り後にスケート靴が壊れるというトラブルがあり、9位に。一方、ここ2年怪我に苦しんできたカレン・チェン(米国)は好演技で4位と復活を見せ、来季の五輪代争レースが熾烈なものになることを予感させた。
来季はいよいよ北京五輪シーズン。それぞれが宿題を持ち帰る一戦となった。
文:野口美恵
野口 美恵
元毎日新聞記者。自身のフィギュアスケート経験を生かし、ルールや技術、選手心理に詳しい記事を執筆している。日本オリンピック委員会広報としてバンクーバーオリンピックに帯同。ソチ、平昌オリンピックを取材した。主な著書に『羽生結弦 王者のメソッド』『チームブライアン』シリーズ、『伊藤みどりトリプルアクセルの先へ』など。自身はアダルトスケーターとして樋口豊氏に師事。11年国際アダルト競技会ブロンズⅠ部門優勝、20年冬季マスターゲームズ・シルバー部門11位。
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