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【髙橋大輔選手スペシャルセレクション】モロゾフの胸で泣き、長光歌子コーチと抱き合いまた泣いた。「日本男子初の銀メダルを届けられたことが、本当に嬉しい」
フィギュアスケートレポート by J SPORTS 編集部成功の記憶。伝説のプログラムに、豪華なライバルたち。一人の名選手の、その長く豊かなキャリアの物語はまた、フィギュアスケートそのものの歴史の一部でもある。
昨年末の全日本選手権で、高橋大輔はシングルスケーターとしての人生を締めくくった。2002年世界ジュニア優勝、2010年世界選手権優勝、2012年グランプリファイナル優勝……と数々の「日本人初」記録を打ち立て、艶やかで熱っぽい表現力と、なにより「世界一のステップ」とで、世界中のファンを魅了し続けた。
もちろん高橋のフィギュアスケーターとしての挑戦は、いまだ終わってはいない。その逆だ。来る新シーズンからは、村元哉中と共に、アイスダンサーとして氷上で舞う!
この5月から8月にかけて、J SPORTSでは、髙橋大輔が出場した大会を厳選した「ISUフィギュアスケートアーカイブ」と「ISUグランプリファイナルハイライト」をお届けする。キャリアの新たな章へと進み行く、そんな勇敢で刺激的な元世界王者のチャレンジに、エールを贈るために。
2007年 世界選手権:ドラマチックなストレートラインステップ、母国開催で日本人男子初の銀
演技はいよいよ最終盤に突入し、金管楽器の音がクライマックスの到来を告げる。代々木の東京体育館は悲鳴のような歓声に包まれ、リンクの端に立つ高橋が、両腕をゆっくりと開き、天を仰ぐ。
そのシーンを、あの瞬間を、13年たっても、忘れられないファンは多いのではないだろうか。筆者はいまだに鳥肌が立つ。
「目標はメダル」。こう宣言して高橋大輔は2007年世界選手権に乗り込んだ。前季GPファイナルで日本男子として初の表彰台に上り(3位)、すでに世界トップの一員として認められていた。トリノ五輪は8位に泣いたものの、迎えた2006/07シーズンは「4回転」を取り戻した。GPファイナルは胃腸炎をはねのけ2位。つまり母国の観客の前で、初めての世界選メダルを手にする準備は、整っていた。
ショートは3位で折り返した。チャイコフスキーの『ヴァイオリン協奏曲』に乗せて、滑らかで流れるようなスケーティング。音楽がクレシェンドするに連れて、演技に込める熱もクレシェンドしていく。
迎えた翌日のフリー。最終グループは今でもため息がでるほどに豪華なメンバーが揃った。世界選2連覇中のステファン・ランビエール、後の五輪覇者エヴァン・ライサチェク、羽生結弦のインスピレーションの源ジョニー・ウィアー、トリノ銅メダリストのジェフリー・バトル、さらに同シーズンここまで無敵のブライアン・ジュベール。
中でも前日ジャンプのミスがたたり6位と出遅れたランビエールが、さすが、としか言いようのない好演技を実現させる。
「自己の証明を終えてしまった」といわゆる燃え尽き症候群に陥り、年頭の欧州選手権をキャンセルしたはずではなかったのか。しかしランビ、つまり宇野昌磨の現コーチは、長い葛藤と瞑想の果てに「未知の世界へ旅に出よう。自分自身のために、自分の喜びのために滑ろう」との考えに到達していた。しかも稀代のアーチストは、まったく新しい2つのプログラムと共に来日した。「スケーターとは、常に、なにか新しいものをもたらさねばならないのだよ」と。
こうして競技会で初披露されたフリーの『ポエタ』は、まさに芸術作品だった。フラメンコとフィギュアスケートの完全なる融合。濃密なトランジション。永遠に色褪せないであろうレジェンドプログラム。
続く22番滑走はジュベール。すでに世界の頂点に2度君臨したランビエールとは正反対に、フランスの「4回転王」は、絶望的なまでに初の世界タイトルを渇望していた。同シーズンはGPシリーズ2戦、GPファイナル、国内選、欧州選とすべてを勝ち取ってきた。欧州選直後に怪我もしたが、ジュベールの勢いは止まらない。
ショートでは、これまた名ナンバー中の名ナンバー『007 ダイ・アナザー・デイ』を、スピード感満載で滑りきった。フリーは「ものすごく冷静に計算を働かせた」。前夜まったく眠れず(ホテルの隣室がペア優勝の中国組で、夜通しお祝いしていたからだそう)、朝の公式練習は壊滅的。だから「常に攻める、という僕の姿勢には反するけど」……3本予定していた4回転ジャンプを、1本に減らした。結果は吉とでた。クリーンにプログラムを滑り切り、演技終了前からガッツポーズが何度も飛び出したほど。「まるでホームのような気分だった。だから、お客さんたちに、喜びの気持ちを体で伝えたかったんだ」と振り返る。
2つの神演技が続いた。会場は興奮に沸いた。しかしこの日、最高の演技を成功させ、最高に観客を熱狂させるのは、高橋大輔なのだ。
プログラムはご存知、『オペラ座の怪人』。師事して2年目のニコライ・モロゾフが振り付けた、ストーリー性の高い4分半。時にロマンチックに、時に切なく。ファントムの苦悩や悲しみが、高橋の肢体を通して鮮やかに表現される。演技後半に立て続けに組み込まれた5つのジャンプ要素が、緊迫感を否が応でも高めていく。そして前述のストレートラインステップへ。会場内のボルテージは最高潮に達し、スタンディングオベーションはいつまでも鳴り止まなかった。
ラストでマスクを剥ぎ取り、素顔に戻った高橋の瞳には、涙があふれていた。リンクを出た直後に、モロゾフの胸で声を上げて泣き、得点と順位が出た時点で、長光歌子コーチと抱き合いまた泣いた。
ジュベールが逃げ切りで念願の初タイトルを獲得し、フランス男子として42年ぶりの世界王者となった。ランビエールはSP6位から一気に3位へとジャンプアップ。一方ショートを2位で終えながら、最終滑走バトルは6位へ後退。ただし同じフリーのプログラムを、1年後のヨーテボリでほぼ完璧に演じ切り、世界チャンピオンに輝いている。
日本の織田信成はショート14位から7位まで巻き返した。またこの2006/07シーズンに急速に台頭したトマシュ・ベルネルが、勢いそのまま、爽やかに4位に飛び込んでいる。ちなみに15歳のハビエル・フェルナンデスと19歳のセルゲイ・ボロノフにとっては、この東京大会が、生まれて初めての世界選手権体験だった。
そしてフリーで堂々1位の得点を叩き出した高橋大輔は、ついに念願の表彰台に上った。自身にとって初めての世界選メダルはまた、1977年の佐野稔、2002年・2003年の本田武史の銅メダルを上回り、日本男子シングルにとって初めての世界選手権銀メダルでもあった。
「自分を信じて、今までやって来たことを信じてやろう、と思って滑りました。日本で、日本男子初の銀メダルを届けられたことが、本当に嬉しい。これをステップに、次は1位を目指したいという気持ちが、さらにまた強くなりました」
2008年 四大陸選手権:革命的プログラム、初のISU選手権大会制覇
ショート・フリーともに質の高い演技を披露し、特にフリーでは、ISU公認の国際大会で自身初めて2つの4回転ジャンプを成功させた。当時としては歴代最高得点のトータル264.11ポイントをマーク。圧倒的な強さで、高橋大輔は自身にとって初のISU選手権大会タイトルを手に入れた。
ただし、この2007/2008シーズンの高橋の「真の」功績は、おそらく得点や4回転の数ではない。本当に語るべきは、高橋とモロゾフがフィギュアスケート界にもたらした、衝撃的で革命的なプログラム。そう、いまだ伝説のプログラムとして語り継がれる、『白鳥の湖〜ヒップホップバージョン』である!
いまでこそヒップホップやテクノ、ハウスを取り入れるプログラムも増えてきたが、当時は斬新すぎるほどのアイディアだった。シーズン初戦の初披露の機会を、少々不安な気持ちで待ったファンや関係者も多かったに違いない。
もちろん賭けは大成功。フィギュアスケート特有のシームレスな動きに、相反するヒップホップの速くシャープなビートをたくみに混ぜ合わせることで、素敵にポジティブな化学反応が生まれた。ヒップホップの本場、アメリカでのGP大会で、「サイバースワン」は高い評価を得た。「今季最注目プログラム」とさえ絶賛された。
なにより高橋本人のダンス能力がすごい。マンハッタンで2ヶ月間特訓した成果だという。上半身と下半身がそれぞれ縦ノリと横ノリを自由自在に使い分けるわ、小刻みに速いステップを繰り出すわ。スケートリンクをクラブの乗りに完璧に包み込んでしまうのだ。
文:J SPORTS 編集部
J SPORTS 編集部
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