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ラグビー コラム 2026年11月2日

【ハイライト動画あり】サクラフィフティーン、6連敗で今季の活動終える。ウェールズ相手に攻め手足りず

ラグビーレポート by 田村一博
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1週間前は0-17。それ以上の完敗だった。
10月31日に熊谷ラグビー場(埼玉)でおこなわれた女子日本代表×女子ウェールズ代表は、29-5でウェールズが勝利した。

サクラフィフティーンの勝利を目撃するために集まったファンは2,201人。しかし、赤×白のジャージーのトライシーンは1度だけ。5-19で迎えた後半、テンポを高めて相手を振り回したものの、追加点は奪えなかった。

今季、北川俊澄ヘッドコーチ体制が正式に発足して6戦目。1年目のシーズンはすべて敗れ、初勝利は来年に持ち越された。
この日9番のジャージーを着た津久井萌主将は女子日本代表歴代最多タイの53キャップとなるも、節目の試合を笑顔で終えることはできなかった。

サクラフィフティーンは前半7分、トライラインドロップアウトのキックをレシーブした相手に強烈なクラッシュを繰り返されて攻め込まれた後、最後は右に大きく展開されて先制トライを奪われる。コンバージョンキックも決められて0-7となるも、その7分後に反撃に出た。

リスタートのキックオフ後、サクラフィフティーンは相手の陣地で戦い続け、反則から、さらに敵陣深いエリアに攻め込んだ。
ラインアウトからトライラインに迫るのは得意の形だ。なかなか攻め切ることはできなかったが、最後は左ラインアウトからモールを組んで前進し、HO永岡萌がボールをインゴールに置いた。

ヨーロッパで戦った3戦で挙げた10トライすべてのトライスコアラーがフォワードだった(9月4日に福岡でおこなわれたフィジー戦の2トライもフォワード)。その強みはこの日も発揮された。

ラインアウトの獲得率は試合を重ねるごとに改善され、前戦ではモールで攻め切ることができなかったが、そこに進化は見られた。
ただ、この日もバックスでは得点できなかった。チャンスを作ることはできても仕留め切れない課題は今季最後まで修正できなかった。

キックの蹴り合いで優位に立てなかったことも響いた。徐々に自陣に迫られ、反則や接点でターンオーバーされることを機にピンチを作られた。
前半25分の失トライはラインアウトからモールを押し切られた。同39分にもラインアウトからモールでトライラインに迫られ、最後はショートサイドをSHセラン・ロックウッド→WTBエイミー・ウィリアムズのコンビで攻略された。

ラグビー WXVグローバルシリーズ 2026(10月31日)

【ハイライト】日本 vs. ウェールズ

描いていた勝利のプランと違ったのは、前半に相手を振り回せなかったことだろう。試合後、北川HCも「前半、思ったよりテンポが上がらなかった」と話した。
風上に立って始まった試合。キックでエリアを取りながら自分たちの高速展開に持ち込みたかったが、キックも含めたプレーの精度が足りず、狙い通りに相手を疲れさせることができなかった。

後半、テンポをより上げるために早めの選手交代を実行した。しかし、15分までに2トライを重ねられて5-29と差を開かれ、スコアはそのまま動くことはなかった。
ウェールズはスクラムで得たPKから速攻を仕掛けてフォワードがパワーで防御をこじ開け、2つめのトライは大きく展開してのものと、状況に応じたプレー選択をした。勝者のほうが勝ち方を知っていた。

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ウェールズの8番でゲームキャプテン、アレックス・カレンダーの闘争心剥き出しのプレーを見てほしい。ラフなところもあるが、ボールキャリー11、18タックルはチームトップ。チーム全体を前に出し、勇気づける姿勢に価値がある。勝利への執念が仲間たちを奮い立たせていた。

北川HCは終盤の約25分、テンポを高めて攻め続け、相手をくたくたにした時間帯を指して、「あれを80分続けられるようになろうとしている」と、あらためて話した。
そのためには、現在の代表活動期間だけでなく、年間プログラムの整備や、普段からの個々の意識改革が必要になる。現状の力で来春の再スタートを迎えたら、なかなか先には進めない。

テストマッチ6連敗を、ただの敗戦の記録で終わらせてはいけない。
モールという敵陣深いエリアでの武器は持っている。スキルレベルとフィジカリティーを高めるとともに必要なのは、得点の仕方、勝ち方の両方を深く知ることだ。

国内の15人制シーズンだけで身につけられるものではないかもしれない。負け続けた悔しさと体感が新しいうちに、次の手を打ちたい。

文:田村 一博

田村一博

前ラグビーマガジン編集長。鹿児島県立鹿児島中央高校→早稲田大学。早大GWラグビークラブでラグビーを始める。ポジションはHO。1989年、ベースボール・マガジン社に入社。ラグビーマガジン編集部に配属される。1993年から4年間の週刊ベースボール編集部勤務を経て、1997年からラグビーマガジン編集長に就く。2024年1月に退任し、現在は編集者、ライターとして活動。

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