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ラグビー コラム 2026年10月5日

【ハイライト動画あり】自分たちの強みにフォーカスして勝ち切った同志社大。立命館大も最後まで攻めたが届かず。

ラグビーレポート by 田村一博
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自分たちの強みはどこなのか。
試合への準備期間中に両校とも考えた。
その成果をピッチで実践できた方が勝利を手にした。

10月4日に天理親里競技場でおこなわれた関西大学リーグ、同志社大学×立命館大学は、40-31で前者が勝利した。立ち上がりの時間帯に2トライを重ね、先行したことが勝因となった。
その結果、同志社大は今季の成績を2勝1敗とした。立命館大は3戦目も勝てず、まだ勝利していない。

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同志社大の立ち上がりの勢いはフォワードが作った。体のサイズアップとパワーアップに力を注いできた成果が出た。

先制トライは8分にFB上嶋友也が挙げたものだったが、相手のゴール前へ侵入する流れはFWが作った。特にHO荒川駿主将が見せた強いボールキャリーが勢いを生み、相手の反則も誘った。
トライラインを背にした立命館大の粘りになかなかスコアできなかったが、最後はバックスで崩した。

前半15分の2つ目のトライは1桁の背番号でフィニッシュした。自陣でのラインアウトでボールを手にした後、たくさんのパスとランで攻め込む。ラックから出たボールを受けたLO中谷陸人が大きく前進し、サポートした6番の山﨑周平が7番の前川竜之介につないで加点した。

立命館大も一方的にやられたわけでなく、前半24分にはラインアウトからモールを押し切り、38分には70秒攻め続け、9フェーズ、20パスを重ねて攻め抜いた。
後半も9分にモールからトライを挙げ、最大14点あった点差を2点に詰めた(同志社大21点、立命館大19点)。

しかし、そのあとの時間帯を制して同志社大が勝利をつかんだ。2つのトライを重ねた。
後半15分に奪ったものは、相手反則で得たPKで敵陣に入り込み、ラインアウトからモールを押し込んだ(トライスコアラーはHO荒川主将)。

同21分のトライもラインアウトから挙げたものだったが、ここではFB上嶋の好判断を見てほしい。
中盤で立命館大が攻めていたボールをターンオーバー。その時、立命館大の全員が攻め上がっている状況を背番号15は見逃さず、相手を後走させる大きなキックを蹴り込む。立命館大が左に蹴り出した地点でのラインアウトから攻めた。

ラグビー 関西大学リーグ 2026(10月4日)

【ショートハイライト】同志社大学 vs. 立命館大学

直後のモールを簡単に押し切れたわけではなかったが、この試合のプレーヤー・オブ・ザ・マッチに選ばれた1番、李星河の気が利いていた。
途中までモールに加わっていた李は右端で倒れ、一度フォワードの固まりから離れると、すぐにはモールに戻らなかった。その位置で立ち上がる。自分の前に誰もいない。パスを呼び、ボールを受けてインゴールに飛び込んだ。33-19とした。

その後もお互いに攻め合い、トライを追加(同志社大1、立命館大2)するもやがて時間はなくなり、リードする側が入れ替わることはなかった。
最後の最後までボールを動かし、フルタイム直前にもトライを挙げた立命館大。チームを率いる𠮷川大智主将は、「前半の入りで受けてしまった。ディフェンスの1歩目、アタックの1歩目というところをすごくこだわってこの1週間やってきましたが、そこをうまくやれなかった」と話した。

勝った同志社大のHO荒川主将はこの試合に向けた日々について、「自分たちがどこを強みとしているのか、チーム全員で再認識するミーティングも開きました」と話した。

「相手の時間帯になった時、自分たちの強みはどこなのか、流れを引き戻すために自分たちがもっとも流れに乗れるプレー選択は何なのか、ということを明確にしました。戦術どうこうではなく、このチームが始まったときからやってきた接点など、もう一度原点に立ち返ろう、と」

そんな時間を経たから「トライを取られたあともバラバラになることがなかった」ようだ。
だから、スコアで迫られても攻め返した。「敵陣奥深く入って継続したらトライを取れる力はある、というのはみんな分かっていたので、焦ることなく、相手を敵陣に閉じ込めることを実行できたと思います」。

近畿大学に逆転で惜敗(24-26)した前戦で出た課題を修正して得た勝利に、荒川主将は「チームにモメンタムが戻ってきたかな、と思います」と表情が明るかった。

文: 田村 一博

田村一博

前ラグビーマガジン編集長。鹿児島県立鹿児島中央高校→早稲田大学。早大GWラグビークラブでラグビーを始める。ポジションはHO。1989年、ベースボール・マガジン社に入社。ラグビーマガジン編集部に配属される。1993年から4年間の週刊ベースボール編集部勤務を経て、1997年からラグビーマガジン編集長に就く。2024年1月に退任し、現在は編集者、ライターとして活動。

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