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ラグビー コラム 2026年9月24日

【ハイライト動画あり】日本代表、パシフィックネーションズカップ優勝。FWが力強くプレーし、連覇中だったフィジーに競り勝つ

ラグビーレポート by 田村一博
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2大会続けて目の前で逃してきたタイトルを手に入れた。
キャプテンとして仲間を鼓舞し続けたSH齋藤直人は、「過去2年勝てていない大会でしっかりタイトルを取れたというのは、この若いチームにとって本当に自信につながると思います」と話した。

9月19日におこなわれたパシフィックネーションズカップ2026の決勝で、日本代表がフィジー代表に20-15と勝利した。
秩父宮ラグビー場のスタンドを埋めた1万7421人のファンは最後まで競る展開の末の優勝に、選手たちへ大きな声援を送っていた。

開始7分にFBサム・グリーンのPGで先制する試合展開も、スコアはすぐにひっくり返った。11分、フィジーのCTBビリミ・バカタワにトライライン前の防御を突き破られる。相手のフィジカリティーの強さをあらためて実感するシーンだった。

高速アタックで自分たちのスタイルを示したい日本と、強いランナーが開けた穴を一気に広げたいフィジー。両チームのカラーに違いがある中、頂点への道を引き寄せる働きを見せたのが日本のフォワードだった。

この試合の両チームの反則数は、日本が5でフィジーが15、その中には白いジャージーの大男たちがスクラムでコラプシングとされることは少なくなく、モールでも日本の前進が相手を苦しめた。フィジーにはイエローカードが提示された。

日本のこの試合のトライは3つだった。
エディー・ジョーンズ ヘッドコーチ(以下、HC)がウエット、そしてスリッピーなピッチの状況を踏まえ「コンディションが非常に難しかったと思います。ボールがとても滑りやすかったです。そのため、今週はずっとアタック面で良い準備をしてきたのですが、アタックを機能させることができませんでした」と振り返ったように、思っていたような攻撃を遂行できたわけではなかった。

しかし、その中で状況に応じたプレーを選択できたのがチームの成長と言っていいだろう。

前半22分にHO原田衛が挙げたトライはモールを押してのもの。相手反則から深く入り込んでつかんだチャンスをスコアに変えた。
2つ目のトライは10-12で迎えた後半18分。フィジーボールのスクラムに圧力をかけて反則を誘う。そのPK機に再びスクラムを選択して攻め、最後はFLベン・ガンターがインゴールに飛び込んだ。

アサヒスーパードライ パシフィックネーションズカップ 2026 決勝(9月19日)

【ハイライト】日本 vs. フィジー

フィジーも粘り、PGで15-15と追いつくも、後半32分に決勝点を挙げた。
ここも始まりは相手の反則から。PK後のラインアウトからモールで圧力をかけておいて、途中出場のCTBサミソニ・トゥアがディフェンダー間を走ってトライラインの向こうにボールを置く。ファイナルスコアの20-15を刻んだ。

プレーヤー・オブ・ザ・マッチ(以下、POTM)にはFLガンターが選ばれた。
ボールキャリーの強さはフィジーにも負けておらず、何度も相手ディフェンスを下げた。守ってもボールキャリアーを押し込むタックルで仲間に勇気を与えた。選出には多くの人も納得しただろう。

齋藤主将は「セットピースで相手をドミネートしてくれたことが大きかった」と、ボール保持に大きく貢献したフォワード全員への感謝の言葉を口にした。
描いたプランを実現できなくとも勝てたのは、ボールを保持する時間が長かったのが理由だ。この日の日本は、ポゼッション、テリトリーとも相手を大きく上回り、勝つ確率を高めた。

3番のジャージーを着て、スクラムでのプッシュ、ボールキャリーと、相手に何度もインパクトを与えた竹内柊平は、この大会での過去を振り返り、「悔しい思いをしてきました。良い準備をして臨んでも、結果が返ってこないようなことが続いていましたが、やっと勝てて最高です」とビッグスマイルを見せた。

「もちろん自分たちの時間じゃない時間もありました。しかし、自分たちがやってきたプロセスを信じて、それが結果となって返ってきた。勝ったことというより、やってきたことの結果が出たことがめちゃくちゃ嬉しいです」

ワールドカップまで約1年。なかなか勝てなかった相手に勝ったことで、成長速度が高まることを期待したい。
まずは10月24日のフィジーとの再戦でも勝利し、11月に欧州で戦うネーションズチャンピオンシップに勢いよく乗り込むのが理想だ。

文: 田村 一博

田村一博

前ラグビーマガジン編集長。鹿児島県立鹿児島中央高校→早稲田大学。早大GWラグビークラブでラグビーを始める。ポジションはHO。1989年、ベースボール・マガジン社に入社。ラグビーマガジン編集部に配属される。1993年から4年間の週刊ベースボール編集部勤務を経て、1997年からラグビーマガジン編集長に就く。2024年1月に退任し、現在は編集者、ライターとして活動。

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