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よきラグビーの練習には「喜怒哀楽」がある。たとえば放課後の90分の部活動の時間に喜びと怒りがあり、哀しみや楽しさもそこにまぶされる。
理にかなった攻守に従って、きれいにメニューをこなしても本物の力はなかなかつかない。ドリルの品評会のようなトレーニングは、しばしばコーチの自己満足(わたしはこんなに最新の練習法を知っている)にとどまる。
試合中も似ている。勝負なので「哀」は不要かもしれぬ。それでも一瞬の悲哀なら奮起の伏線となる。喜び、怒り、その他もろもろ、ともかく「心が大きく動く」。一喜一憂のことではない。深いところの「喜」と「怒」と「哀」と「楽」。すると集団に生命力が宿る。これが対戦チームにはいやなのだ。
吠えた。あの柱の人が。ファンのてのひらを湿らす接戦の続くリーグワン。先の第3節、東京サントリーサンゴリアスの右のプロップ、垣永真之介である。対トヨタヴェルブリッツの後半17分過ぎのスクラム、鋭いヒットで反則を奪った。
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後半開始に登場の背番号18は、人間じゃないみたいな仕草で厚い胸を叩きながら実に人間らしく感情をあらわにした。「吠える」について、一昨年の暮れ、本人の言葉を聞いた。
「雄叫びをあげてチームを鼓舞して元気づける。みんなができることじゃない。できることをやって生き延びていこう、みたいな感じです」
そのことを「隙間産業」とも称した。戦略的といえば戦略的。されど見せかけの興奮などすぐにばれる。気持ちのありようにウソはない。ないので仲間は燃える。ついでに観客や視聴者の胸にも熱は流れる。そういえば、敵陣に顔を向けて大声を発しては礼を欠くので、くるんと振り返り、自陣をめがける。そんな心配りも33歳の日本代表経験者は忘れない。
翌日。リーグワン第3節のこちらは三重ホンダヒートがクボタスピアーズ船橋・東京ベイと本拠地の鈴鹿でぶつかり、27-32の接戦を演じた。トライの数は4対4であった。
直後。J SPORTSの中継カメラがすかさず姿をとらえた。いま映像で見返してもヒートの背番号1の表情をうまく描写できない。うれしいのに哀しそう。満足なのかそうでないのか、つかまえられない。息すら吐いていないのでは。サンゴリアスの「吠える人」とはまるで雰囲気が異なる。あちらが祭りの午後の商店街なら、こちらは夜中の寺の庭だ。
一見すれば「喜怒哀楽」は封じられている。では、よろしくないのか。いや、してやったりの直後の無表情とは実は雄弁である。「あまりに静か」ということは「大いに叫ぶ」にも等しい。ぐらつかぬ感情は、あえて解き放つそれと同じく対峙する者への圧力となる。
ザ・クワイエット・マン、静かなる男、鶴川達彦は、もっと評価されてよいヒーローである。当日の実況がこう伝えた。「2019年の入団以来、欠場は3ゲームのみ」。哲人の風貌の奥に鉄人がのぞいた。目立つ代表歴はなく、されどクラブには欠かせない。いわゆる「選手のための選手」だろう。怪力の印象こそないもののタフで、辛抱強く、対応力に長ける。
大学1年で早明戦に交替出場している。赤黒ジャージィの背番号は22。ポジションはなんとCTBであった。2年でFW3列へ転向。3年からスクラム最前列へ。達者なパスはバックス時代に培った。
ちなみに出身高校をつい「桐蔭学園」と書いたり話しそうになる。正確には「桐蔭中等教育学校」。あの常なる全国トップ級と同じ敷地にある関連校である。校名は似ていてもとても強豪ではありえぬ。大学へも一般の受験で進んだ。
東福岡高校時代に花園で大暴れの生粋のプロップ、カキナガ、吠える。県予選敗退の遅れてきた1番、ツルカワ、ただただ無音。くるんと回って両者の着地点は重なる。自信を、恐怖を、胸中の闘志を、咆哮あるいは沈黙で覆う。スクラムを押し合う相手にわが心理への侵入を許さない。
昨年12月21日。リーグワン開幕。開始17分過ぎ。埼玉パナソニックワイルドナイツは東京サントリーサンゴリアスからスクラムの反則を得る。
そのとき。左プロップ、稲垣啓太は野太くうなった。もちろん笑いはしない。能面の底に血潮どくどく。迫力がある。
同24分。こんどはサンゴリアスがセットピースでP獲得。右プロップの細木康太郎が師匠筋の垣永真之介よろしく吠えに吠えた。あんまり吠えて目の前のレフェリーの存在は視界に消えて、つい肩がぶつかった。帝京大学主将時代、破壊的スクラムで対戦校の青春を悔し涙に終わらせた24歳の押す力は確かだ。
感情の爆発。感情の制御。いずれもスポーツにおける大切な要素である。それらの中間をフラフラすると負ける。吠えて正しい。笑わずにうなって正しい。そして鶴川達彦の形容難儀の静寂もまた正しく、あの形相を言葉でいかに表現するか、しばらく語彙の探索に努めよう。いま思いついたのは「難手術を無事に終えた瞬間の心臓外科医のような」。ダメだ。長くてありきたり。組み直します。
文:藤島 大
藤島 大
1961年生まれ。J SPORTSラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。 スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。 著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ)など。『 ラグビーマガジン 』『just RUGBY 』などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球にみる夢』放送中。
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