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格闘技とボールゲームの要素をあわせ持ち、1チーム最大15名という大人数で戦うラグビーは究極のチームスポーツとして多くの人々に愛されている。肉体を鍛え上げてぶつかりあい、知恵と工夫をこらして得点する。チームがひとつになって勝利を目指すプロセスは仲間意識が生まれやすく、生涯の友を得ることのできるスポーツでもある。そんなラグビーを世界中の人々に楽しんでもらいたい。ラグビーの魅力を知る人々はそう願っている。
一方でラグビーは怪我のリスクが高い競技だ。選手の安全をいかに守るかは世界に普及をする上での最重要課題となっている。世界のラグビーを統括する団体「ワールドラグビー(WR)」も危険なプレーを極力なくすため、ルール改正を行い、安全な用具を推奨するなど努力を続けている。近年、特に力を入れているのが脳震盪(のうしんとう)の対策だ。
筆者は1980年代に高校、大学でラグビー部に所属していた。当時は脳震盪でもプレーを続けたことが武勇伝のように語られていた。断片的に記憶がない経験を笑いながら語り合うこともあった。それが危険なことであるという認識が薄かったからだ。実際には脳震盪は死に至る危険性があり、頭痛やめまいなどの後遺症が残る可能性が高い。英国では最近、元代表選手たちが「対策が不十分のために脳にダメージを受けて障害が出た」と、WRに対して集団訴訟を起こした事例もある。
現在では国代表同士のテストマッチや日本最高峰のジャパンラグビーリーグワンなどエリートラグビーでも脳振盪には細心の注意を払っている。症状がある選手は、「最低12日間は休養しなければならない」というWRの規定もある。その後、医師の診断をあおぎながら段階的に復帰するのだが、18歳以下のプレーヤーについてはさらに長期間の安静期間と段階的な競技復帰への道筋を定めている。対策は練られているが、それでもラグビーを危険と感じる人は多い。
2024年12月上旬、筆者はラグビー王国ニュージーランドで子供から大人までがラグビーを楽しむクラブを取材した。小学生の父親が言っていた。「最近はラグビーをする子供が減る傾向にあります。脳震盪の危険も要因の一つで、バスケットボールなど脳震盪のリスクの少ないスポーツに流れているのです」。ラグビー王国ですらこの現状である。脳震盪を防ぐ対策は喫緊の課題なのだ。
日本では19歳未満(国内高専・高校生以下)の選手にヘッドキャップ(ヘッドギア)の着用を義務付けている。WRが認証したものを着用するが、WRの公式サイトでヘッドギアついて確認すると「ヘッドギアが保護を目的としているのは切り傷、擦り傷」、「この規格に準じたヘッドギアは衝撃を緩和する特性を持つが、外傷性脳損傷や頭蓋骨骨折から保護することを目的としていない」とある。つまり、多くの選手が着用しているヘッドギアは外傷から頭部を保護するもので、脳震盪を防ぐ目的では使用されていないのだ。
マーク・ガンリー代表
WRも手をこまねいているわけではない。この機能を進化させ、脳震盪を予防するヘッドギアの研究・開発が行われている。次世代型ヘッドギアのメーカーN-PROのマーク・ガンリー代表は10年前、アイルランド共和国でこの会社を立ち上げた。プロラグビー選手で、現在はアイルランド代表のスクラムコーチを務めるジョン・フォガティ(John Fogarty)氏からラグビーにおける脳震盪の深刻な状況を聞いたからだ。
マークさんは生物理学博士で臨床研究員である妻・サンドラさんの助けを借りて安全なヘッドギアの素材開発に着手。振動制御や衝撃吸収に用いられる素材を採用して試作品を作り実験を繰り返した。そして、既存の製品に比べて衝撃を最大で75%軽減するヘッドギアを作るに至った。これらの研究結果は、2018年、権威あるBMJ(英国医学協会)の医学誌にも研究論文として発表された。WRは選手の怪我を抑制する可能性が見いだせる製品に対して特別な試験プロセスを設けており、N-PROのヘッドギアは「トライアル認証」を受け、日本国内の大会でも正式に使用できる。リーグワンでも複数の選手が着用し活躍している。
マークさんによると、ラグビーだけではなく、オーストラリアのラグビーリーグ(13人制ラグビー)、オーストラリアンルールズ(オージーボール)、その他、サッカーの選手たちも愛用しているという。N-PROはその後もWRと共同で実証実験を続けており、2023年9月からは、アイルランドのラグビー選手300名(16歳以上)を対象に、着用、未着用のグループに分けてデータ収集中だ。
マークさんが選手たちの安全を守ろうと立ち上がったのは、ラグビーを愛しているからにほかならない。自身も20歳までラグビーを楽しみ、2人の息子も楕円球を追いかけている。「ラグビーをすることで友達が増え、コミュニケーション能力が高まり、体力もつけることができる。子供の成長につながる素晴らしいスポーツです」。アイルランドでは18歳以下のヘッドギアの着用は義務付けられていないが、日本ラグビー協会はいち早く高校生以下の着用を義務づけた。その姿勢をリスペクトするからこそ、マークさんは日本でも科学的に立証された方法で脳震盪から選手を守る意識が高まってほしいと考えている。
すでに日本各地のラグビースクールで着用する子供たちがいる。「頭部のフィット感が抜群で、守られている感じがすごい」、「タックルに入っても衝撃が吸収されている感じがする」、「値段に見合う価値があると思う」などの声が寄せられている。ラグビーは激しくぶつかり合う競技だからこそ、筋肉の鎧をまとい、柔軟性を高め、怪我を少なくするトレーニングが必要不可欠だ。ただ、脳は筋肉だけでは守れない。次世代型ヘッドギアによって、一人でも多くの子供たちがラグビーを安全に楽しみ、豊かな人生を送ることが、ラグビーの普及にもつながるはずだ。マークさんは、今後は医療器具として認められることを目指し、さらに多くの人々に愛用される未来を描いている。
文:村上 晃一
村上 晃一
ラグビージャーナリスト。京都府立鴨沂高校→大阪体育大学。現役時代のポジションは、CTB/FB。86年度、西日本学生代表として東西対抗に出場。87年4月ベースボール・マガジン社入社、ラグビーマガジン編集部に勤務。90年6月より97年2月まで同誌編集長。出版局を経て98年6月退社し、フリーランスの編集者、記者として活動。
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