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フランスで子どものラグビーの練習を見た。ナントの土曜。日本代表のトレーニング場の隣で小学生の低学年と思われる女の子や男の子が走り回っている。
横一列での走りながらのパス。ボールが芝の上に落ちるとコーチが「腕立て伏せ3回」を命じる。というか、もう慣れていて、みな、自然に始める。あー、自由と平等と博愛の国でもそうなんだ。と、まず思い、よく目を凝らすと、失敗をした組だけでなく、そこにいる全員が地面に肘を曲げているのに驚いた、というほどではないが、感心した。
小さな子が落球したからといって全体に「罰」を与えるなんて。ここが、たとえば東京や秋田や佐賀だったら、したり顔の評論家が「こういうところが日本のスポーツ界はダメなんです」と唱えそうだ。
だから少し安心した。フランスだってそうじゃないか。仲間の失敗をチームのしくじりと考えてみる。それもスポーツだ。それがラグビーである。
よくよく観察すると、子どもたちは楽しそうに腕立て伏せをしている。3回が規則。ただし、そんなに真剣に取り組む者はおらず、きゃっきゃっと軽ーく顔を地面に近づけては離す。そこをとがめる指導者はいない。このあたりの加減がよい。
個の国、フランスは、ラグビーでも全体の罰をとことん嫌悪する。あるいは同調の国、日本はそいつが大好きだ。というような「偏見」は、冗談の範囲なら、スポーツ観戦の喜びである。しかし、ことワールドカップのような最高度の勝負の場では、各国それぞれの代表らしい古来の匂いは残るものの、どこも総じてスキのない準備を積み上げている。
ラグビーワールドカップ2023 特集ページ
伝統的に浮かれた表現を嫌うフランスのル・モンド紙がこう書いた。
「アルゼンチンと日本はここにきて意欲と活気を試合に注ぎ込み、このワールドカップにおいて最も息を呑むスペクタクルな試合をやってのけた」
ジャパンはアルゼンチンのごとくたくましく、アルゼンチンはジャパンのように緻密だった。わずかな差を分けたのは、ハイパントの処理やラインアウト、リスタートの争奪に顕著な高さ、バックスの個の速さである。
ジャパンとしては「意図的でない」というか「能動的でない」キックのあとの対応が悔やまれる。タッチの外に出すとモールがこわい。そこでプランBとしてノータッチに切り替える。正しい。しかし、心より望んだ選択とはちょっと違う。さまざまな状況でわずかであれ圧を感じて蹴り返すと、そこから厳しい反攻にさらされた。
なんて解説すれば、もっともらしいが、ほぼ後知恵である。圧があるゆえに蹴り返すのは間違いではないのだから。しっかり対策を施し、大接戦となり、そこでのミクロの領域(心より望んだキックでなくとも心より望んだように完璧なチェイスやサポートを続ける)の未達が残された。
経験(スプリングボクスやオールブラックスとの対戦回数)で上回れぬ立場には、重箱の隅の精度が求められるのだ。天井を突き抜けるのはかくも厳しい。
「日本のラグビー、全力を尽くして、出し切って、この結果なんで。世界の壁を感じました」
リーチマイケルの終了後の発言は実感である。
姫野和樹とジェイミー・ジョセフの日本代表は、アルゼンチンとならほぼ同格、すなわち白星が番狂わせではない位置へたどり着き、ちょうどスコアの分の実力差で負けた。前回より成績は後退したが、サンウルブスの消滅やパンデミックの影響(2000年は活動なし)の重さを考慮するなら、歴史の退歩ではなかった。
この原稿はマルセイユの駅前ホテルで書いている。きのうの夕方、目の前のロータリーをぼんやり歩いていたら、アルゼンチンとの準々決勝に臨むウェールズ代表がバスに乗り込む場面に遭遇した。連中、さして大きく映らない。ヒメノやリーチやイナガキのほうが強そうだ。そこでもういっぺん思った。惜しい。惜しかったなあ。
かつてのアイルランドは「ハイパントの雨嵐。猛烈な闘争心で強国に襲いかかり、でも自分たちがリードするとどうしてよいかわからなくなる」なんてジョークの対象にされた。愛されてはいた。しかし、おそれられはしなかった。
2023年の緑のジャージィは様変わりしている。攻守の方法やスキルを細部の細部まで突き詰め、獰猛な巨獣がちゃんと吠えて暴れながら、科学者みたいに理を貫く。対スコットランド、決して悪くはない相手の満々の気迫を正確なスキルがあっという間に消火した。
「このアイルランドのラグビーなら、これからの5年、10年、世界を支配できるだろう」(スコットランドのグレガー・タウンゼントHC)
新時代到来を阻む最初の矢はオールブラックスである。10月14日。サンドニの午後9時。日本時間では翌午前4時。「パニックの押しつけ合い」というスポーツが始まる。
フランスも充実している。昔、1970年ごろ、ウェールズの不世出の天才スタンドオフ、バリー・ジョンはレ・ブルーの料理法をこんな内容の言葉で表わした。
「連中はソースをつくると素晴らしいシェフだ。しかしジャガイモの皮むきには向かない。だからパントを上げて下働きをさせる」
いまのフランスは違う。皮をむくどころか土に苗を植えて生産する。うっとりとするソースをこしらえるが、レトルトの濃縮ブイヨンでも味を整えてみせる。10月15日、こちらも午後9時(日本時間16日午前4時)。スプリングボクスは無骨な屋外バーベキューのごとき肉弾戦を仕掛けて、厨房ごと破壊しにかかるだろう。
文:藤島 大
藤島 大
1961年生まれ。J SPORTSラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。 スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。 著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ)など。『 ラグビーマガジン 』『just RUGBY 』などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球にみる夢』放送中。
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