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【日本ラグビーを支えるスペシャリスト】ラグビー選手を救い、蘇らせる「ゴッドハンド」 アスレチックトレーナー佐藤義人さん
村上晃一ラグビーコラム by 村上 晃一佐藤義人さん
アスリートから絶大な支持を得るアスレチックトレーナー佐藤義人さん(44歳)は、負傷者を短期間で復帰させ「ゴッドハンド」とも呼ばれる。京都の鍼灸院で一般の診療をしながら、スポーツチーム、選手のサポートを続け、ラグビートップリーグで4季ぶりの優勝を飾ったパナソニック ワイルドナイツの歓喜のフィールドにも佐藤さんの姿があった。堀江翔太、松田力也、山沢拓也らと個人契約し、独自の動作解析から導かれた手法でパフォーマンスを向上させてきた。多忙を極める佐藤さんに、トレーナーになった経緯やラグビー選手との関わり、いかにしてオリジナルの治療法を確立したのかなど多岐にわたって伺った。
佐藤義人さん
──パナソニックが優勝を決めたフィールドにいらっしゃいましたね。
「はい、帯同していました。僕がパナソニックに関わり始めたのは、2016年からです。決勝戦でサントリーサンゴリアスに負け、次のシーズンも決勝でサントリーに負けました。2016-2017シーズンはパナソニックがメインでしたが、実はサントリーにもスポットで関わっていました。決勝戦のとき、サントリーのスタッフから『あれ?佐藤さん、ウェアが違うんじゃないですか?』なんて、いじられたくらいで(笑)。2018-2019シーズンはパナソニックに深く関われなかったのですが、堀江翔太、松田力也らのトレーニングメニュー、リハビリメニューを作っていました。そんな経緯があって、勝ってほしいと願っていたので優勝した時は選手と一緒に涙しましたね」
──主軸の選手では他に誰のトレーニングメニューを組んでいたのですか。
「布巻峻介、山沢拓也ですね。他にも怪我をした選手のリハビリメニューを組んでいました。坂手淳史は足の怪我をしてからは、つきっきりで診ていました。主軸になる選手が怪我をしたとき、次の試合にどうやって間に合わせるか、なんとかするのが僕の役割なので、そういうときは個人契約をしていない選手でも診ます」
佐藤義人さん
──決勝戦で見事なプレースキックを決めた松田力也選手が、佐藤さんとプレースキックのフォームを作り上げたと聞きました。
「今の松田力也君のキックの蹴り方は僕が作り込んだフォームです。プレースキックの精度は彼の課題でした。そこが上がってくれば世界で戦える選手になることができます。相談を受けて、昨シーズンから動作分析をして、なぜミスが起こるのか、右に逸れたケース、左に逸れたケースを分析しました。すると、左手の使い方、右ひじの曲げ伸ばしなど上半身の使い方が影響していました。その方程式を見つけて、彼自身が画像を見なくても試合の中で修正できるようにしました。それをこのシーズンを通してずっとやってきました」
──それは、アスレチックトレーナーの仕事の範囲を超えている気がしますが(笑)。
「ラグビー選手でもありませんしね(笑)。僕の治療、トレーニングは動作を分析することを前提にしています。たとえば、ある選手が怪我をしたとき、走り方、蹴り方、タックルの仕方ほか、いろいろな動作のどこかに必ず問題点があります。それを洗い出すと、なぜ怪我をするのか、なぜパフォーマンスが伸びないのかが分かります。それを分析して、治療とトレーニングに落とし込みます。その結果、キックやランニングフォーム、タックル、スクラムの組み方などを教えることになるのです。僕はラグビーの経験はないので、体の構造からの視点で、どういう動作をすれば効率の良い動きができるかという情報を選手に落とし込むという形です」
──動作解析はご自身で身に着けたことですか。
「日々の選手との関わりの中で研究、分析し、いろんな選手との会話のなかで紐解いていきました」
──トレーナーになったのは、交通事故で怪我をされたのがきっかけだったようですね。
「僕はサッカーをしていて、高校1年生のときにJリーグが開幕し、プロを目指す夢ができました。そんな時、自転車で練習に向かっているときに事故に遭い、膝の骨折、靭帯損傷という怪我を負いました。高校2年生の重要な一年間を棒に振り、復帰しましたが、体のバランスが崩れていたので、いろいろな怪我が数珠つなぎのように起きました。人生で初めて大きな挫折を経験したわけです。怪我は自分の責任でもあり、どこにもぶつけようのない悔しさがありました。この気持ちは経験した人にしかわからない。同じように怪我で夢をあきらめなくてはいけなくなった人を手助けできないかと考えました。それが今の仕事につながっています」
──最初からトレーナーになろうとしたのですか。
「最初は整形外科の医師になろうと考えました。親にも相談して高校卒業後、医学部専門の予備校に通いました。当時、人の死とは何を持って死とするのかということがよく議論されていて、僕も脳死、心臓死、臓器移植などたくさんの本を読みました。東洋医学の本も読み、西洋医学にしかできないこともあれば、東洋医学の良さもあることを知りました。僕は壊れたものをただ治すのではなく、寄り添いながら一緒に治していきたいという思いが強かったのです。それで医学部志望から鍼灸にシフトしました。スポーツに関わりたいという気持ちがずっとあったので、今、この場にいさせてもらえるのはありがたいことだと思っています」
佐藤義人さん
──ラグビーに関わったのは、いつからですか。
「もともとは大阪の枚方市で治療院をしていましたので、東海大仰星、御所工業(現・御所実業)、京都成章などの高校の選手を診ていました。立川理道(クボタスピアーズ)が天理大学4年生とき、大学選手権前に腰を痛めて小松節夫監督と一緒にやってきました。それがハルとの出会いです。ラグビーの日本代表に関わったのは2014年です。エディー・ジョーンズヘッドコーチ率いる日本代表のヘッドトレーナーだった井澤秀典さんと、アスレチックトレーナーの研修で一緒になったことがあります。その時、井澤さんの治療をしたら印象に残ったようで、僕の治療院に見学に来てくださったんです。それから数か月後、日本代表のメディカルを手伝ってほしという話をいただきました」
──どんなことを求められたのですか。
「たとえば、ラグビーワールドカップ(RWC)の期間中に全治3週間の怪我をした選手が出たら、帰国させてバックアップの選手を呼び寄せることになります。でも、エディーさんは選んだメンバーで最後まで戦い抜きたかった。怪我をした選手を治せるスペシャリストを呼んでほしいというのが井澤さんへの依頼だったようです。そこから代表選手、トップリーガーを診るようになりました」
──実際に2015年のRWC期間中に負傷者を短期間で治したことはあったのですか。
「一つは大会前の堀江翔太の首ですね。手の指から腕にかけて麻痺が出て、手術はしましたが、RWCイヤーの4月の時点でも握力が戻らず、ラグビーができない状況でした。そこで、僕のメニューで徹底的に治すことになったのが彼との出会いでした。大変でしたけど、麻痺もなくなり、大会には間に合いました。RWC期間中はスコットランド戦でアマナキ・レレイ・マフィが前年に大怪我をしたのと同じ股関節を痛めました。車いすの状態だったのですが、次のサモア戦のメンバー入りするためには5日で治さないといけませんでした。堀江もスコットランド戦で足首を捻挫してしまって、本人は無理だと思うような状況でした。結局、2人ともサモア戦でプレーできました」
佐藤義人さん
──なぜ、選手自身も無理だと思っているものを治せるのですか。
「大きな受傷すると、安静にするのが通常のセオリーです。安静にすれば体を回復させるシステムが働きます。しかし、最大限には引き出されません。安静にすると体がトラブルのあった箇所を使わなくていいのだと認識をして休息に入ってしまうんです。体が全力で治しにかかるところにエネルギーを注げば、人間の体は治すシステムを持っています。骨格の位置、筋肉の位置を常時良いポジションにキープし、良い使い方をさせる。すると回復するシステムが良い回転をし始めるんです。それが通常より早く治る仕組みです」
──それは人の体を触っているうちに、分かってきたことなのですか。
「体の見方を教えてもらった師匠がいます。1+1=2、2×2=4というような、ゆるぎない部分が人の体の構造にもあります。その構造を真に理解した上で、どんな治療法を選択するかということになるのですが、一般常識を勉強したあと、師匠の視点を初めて目の当たりにしたときはショックを受けました。通常ではそのタイミングでは治らないはずの怪我が治ったのを見て、今までの常識を疑問視するようになりました」
──師匠がいらっしゃるんですね。
「学生の頃に出会ったのですが、九州にいらっしゃったので年に2回くらいしか行けなかったんです。そこで学んだことをメモして、そこから自分で研究しました。文献もないし、教科書もないので、何かヒントになるものはないか、本屋さんめぐりをして、読んで、チェックしてということを繰り返し、自分なりのオリジナルの理論を作っていきました」
──ラグビー選手と接して感じる特徴的なことはありますか。
「中学生、高校生、大学生、トップリーグとカテゴリーに分けて見ると、中学生はナチュラルな筋肉、高校はヘビーなウェイトトレーニングをするチームもあれば、ナチュラルな体作りをするチームもある。大学生は、より重いウェイトトレーングで体を大きくしますね。そうなったときに、もともと持っていたスピード、しなやかさを失っていく選手が実は多いです。大学に入って怪我が増える選手もいます。体を鍛えるためのトレーニングが体のゆがみを増やしているケースが多いのは、ウェイトトレーニングをする前の体が作れていないということなんです。怪我で悩んでいる選手は、根本の問題を解決しないまま、ハードワークをしているケースがあります」
──しかし、ラグビーに怪我はつきものですよね。
「良くないのは怪我がつながってしまう選手です。バランスが崩れた中で、1年、2年とプレーし、ボロが出てくるのが20歳代後半から30歳代です。堀江翔太が好例で、30歳でいったんダメになりましたが、トレーニングの方法を変えて、今は逆にパフォーマンスが年々上がっています」
──今年のパナソニックで、佐藤さんのトレーニングでパフォーマンスが上がってきた選手はいましたか。
「松田力也以外では、山沢拓也、布巻峻介です。布巻君はシーズンを通して試合に出続け、いつも苦しむ首も含めて大きなトラブルなくプレーできました。山沢君は大学時代の膝の怪我を抱えていましたが、今シーズンはそれも問題なかったですね。彼のトレーニングメニューも作り、プレースキックのフォームも一緒に作り上げました。彼には軸足が入る角度の最適なデータを出しました。やっとフォームが固まったのは決勝戦の前日でした」
──佐藤さんは「マジックハンド」と言われますが、手から何か出ているわけではなくて、理論なのですね。
「手から出ているのは、手汗くらいです(笑)。でも、見る視点が少し違うのかもしれませんね」
──亜脱臼した選手の肩が、佐藤さんの治療ですっと上がるようになった動画を拝見しました。あれは肩を触って何を動かしているのですか。
「筋肉にも正しい位置があります。肩はデリケートな関節で、360度、いろんな筋肉がついています。その1個でも稼働しないとミスマッチが起きてぶつかります。そのときのダメージでどこかの筋肉が損傷して機能が止まるのです。いくらリハビリをしても、筋肉がいい位置にないと動いてくれません。それをどう見つけて動かすかなんです」
──お話を聞いていると、西洋と東洋の医学への理解があるのは大きい気がします。
「トップチームになればドクターやスポーツトレーナーの皆さんと協力してやっていかなくてはいけない。ある意味、僕のやり方もドクターに納得してもらわないといけないし、説明できなければいけない。西洋医学を理解した上で僕のやり方を伝えないと、訳の分からないことを言っている変な奴だと思われてしまいますからね(笑)」
──普段は京都の治療院にいらっしゃるのですか。
「はい。一般の人から、お年寄り、スポーツ選手まで毎朝9時から夜遅くまで診ています」
──選手たちが個人的にも訪れているようですね。
「そうなんです。ラグビー選手がオフシーズンになると5、6人かたまって来るのですが、今の治療院は十畳ほどしかなくて、密な状況でやらなくてはいけないんです。これまでは、チームの垣根も競技の垣根も超えてみんなで励まし合っていたのですが、コロナ禍では密になることはよくないので、マンツーマンか、多くても同じチームで2名までにして実施することになります。治療院の隣に広い庭があるので、現在、治療所兼トレーニングができる施設を作っています。選手達には施設ができるのを待ってもらっています」
──お弟子さんはいらっしゃるのですか。
「勉強に来ている子が何人かいます。僕も人を育てていく年齢になってきました。日本のスポーツ界のために、少しでもプラスになるように頑張らないといけないと思っています」
──今後の目標を聞かせてください。
「今年から神戸のファストジャイロという女子チームを見させてもらうことになりました。チームを持つ早駒運輸の方から熱い思いを聞かせていただいて、すごく楽しみにしています。女子ラグビーは男子より大きな怪我が多いです。体の組織上弱い部分もあるのですが、気持ちでプレーしてしまうところもありますね。僕がやってきたことを伝えることができれば、怪我も確実に減ると思いますし、女子ラグビーだからこそやらなくてはいけないトレーニングもあります。男子と同じトレーニングでは良い体は作れません。そのあたりを作り上げる良いきっかけになると思いますし、良いものを提供できるように頑張りたいです」
──パナソニック、日本代表についてはいかがですか。
「新リーグでも注目されるチームだと思いますし、そこでもいい仕事をしていきたいです。そして、堀江翔太、松田力也など日本代表選手のパフォーマンスが今まで以上に上がり、2023年のRWCで活躍して、さらに強い日本代表になるように、力になれたらという思いが強いです」
寸暇を縫ってのインタビューだったが、佐藤さんは明るく、元気にスペシャリストとしての仕事について語ってくださった。動作分析からの治療というのは、目から鱗の話だった。京都市木津川市に治療院を構えたのは、実家のあった大阪府枚方市から近いということもあるが、都会が苦手で、田舎で人が少ないところをあえて選んだからだという。根底には、本当に困っている人を手助けしたいという思いがある。だから、月一度の予約日の30分で翌月の予約が埋まる現状には戸惑っているそうだ。ますます活躍の場を広げる佐藤さん、その「ゴッドハンド」で多くの選手たちのパフォーマンスが上がっていくのが楽しみだ。
文:村上 晃一
村上 晃一
ラグビージャーナリスト。京都府立鴨沂高校→大阪体育大学。現役時代のポジションは、CTB/FB。86年度、西日本学生代表として東西対抗に出場。87年4月ベースボール・マガジン社入社、ラグビーマガジン編集部に勤務。90年6月より97年2月まで同誌編集長。出版局を経て98年6月退社し、フリーランスの編集者、記者として活動。
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