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【日本ラグビーを支えるスペシャリスト】2013年から日本代表の体作りを担当 ラグビーに魅せられたS&Cコーチ太田千尋さん
村上晃一ラグビーコラム by 村上 晃一太田千尋さん
ボールを投げ、蹴り、持って走り、ぶつかりあう。格闘技的要素の強いラグビーは、器用さを兼ね備えた屈強な肉体が必要になる。その体作りを担当するのが、S&C(ストレングス&コンディショニング)コーチだ。太田千尋さん(41歳)はクボタスピアーズ、慶應義塾大学ラグビー部などでの経験を経て、2013年より日本代表のアシスタントS&Cコーチを務めている。ラグビーに限らず、スポーツ界で今や欠かせない存在のS&Cコーチとはどんな仕事なのか。初歩的な知識から、太田さんが日本代表のスタッフになった経緯、ラグビー選手に必要な身体能力など、多岐にわたってお話を伺った。
太田千尋さん
──S&Cコーチになった経緯からお伺いしたいのですが。
「僕はラグビーをしたことがなくて、高校までは野球をしていました。掛布雅之さんが卒業された市立習志野高校です。プロ野球選手を目指していたのですが、実力が足りませんでした。それでもプロの世界に入りたくて、審判かトレーナーを考えたのですが、メジャーの審判の資格を取ろうと思ったら身長の規定があったんです。それで、トレーナーになろうと思ってアメリカに行きました」
──アメリカのどこで勉強されたのですか。
「アラバマ州立大学で学ぼうと思って、付属の英語学校に入学しました。そこで、たまたま国際武道大学の研究生の方に出会いました。日本でもトレーナーの勉強はできるし、国際武道大学にアスレチックトレーナーの第一人者の山本利春先生がいるということをうかがって、帰国して国際武道大学に入学しました。入学当初から学生トレーナーとして活動し、大学院を卒業して、クボタスピアーズのコンディショニングコーチになることができました。ここから、S&Cコーチの道に進むことになりました」
──S&Cコーチと、アスレチックトレーナー(AT)の違いを教えていただけますか。
「S&Cコーチは、大まかにいうと筋力、持久力、スピード、アジリティ(敏捷性)、これらをラグビーの競技特性に合わせて強化します。ATは、怪我をした選手の応急処置、リハビリテーション、怪我の予防をより専門にする仕事です。分かりやすく言えば、ゼロからプラスに上げるのがS&Cコーチで、マイナスになったものをゼロに戻すのがATです。ただ、ラグビーの場合は、S&CコーチとATが一緒になって選手のコンディショニングをサポートし、お互いに意見を出し合いながら選手のハイパフォーマンスにつなげています」
──S&Cの資格はあるのでしょうか。
「代表的な資格がアメリカのもので、ナショナル・ストレングス・アンド・コンディショニング協会(NSCA)という団体があり、ストレングス&コンディショニング・スペシャリストという資格があります。日本では、日本トレーニング指導者協会(JATI)があり、トレーニング指導者の資格があります。僕はその上級トレーニング指導者という資格を持っています。また、World rugbyのHPからS&C Level1 Level2という学習システムもありますので是非参考にしてください」
──日本代表の仕事をするようになった経緯を教えてください。
「2013年から日本代表S&Cコーチのジョン・プライヤーさん、村上貴弘さんをサポートすることになりました。当時、慶應義塾大学ラグビー部のヘッドS&Cコーチを務めていたのですが、縁あってお手伝いすることになり、一週間の前半は日本代表で、後半は慶應という繰り返しでした」
──いまも複数のチームを担当されているのですか。
「慶應は僕の会社のほうでサポートしていまして、僕自身は日本代表をメインでやっています。今まで関わったスポーツは、バレーボール、柔道、野球などを少しありますが、20年間ラグビーがメインです」
──大学の頃にラグビーに魅了されたそうですね。
「そうなんです。最初にサポートしたのが国体の千葉県の高校代表チームでした。野球とは違う魅力がありました。ラグビーは体を張り、命がけでボールをつなぐようなところがありますよね。それが衝撃的で、どっぷりハマりました」
──S&Cコーチのやりがいは、どんなところにありますか。
「ラグビーは、選手と一緒にトレーニングを組み立て、ハードワークをサポートすると結果につながる競技だと思います。結果は勝つだけではなく、強くコンタクトができたり、ケガを予防できたり選手が描くパフォーマンスを発揮できた時にやりがいを実感します。しかし、ずっと同じことをしていたら選手の体も慣れてくるので、常に新しいことにチャレンジする立場でもあります」
太田千尋さん
──日本代表の練習を見ていると、バーベルのプレート(重り)を持って走るなど、いろんな負荷をかけていますよね。
「ラグビーの体の使い方を養うために、いろんな方向から負荷をかけています。競技力が上がるほどスキルスピードが速く、精度も高くなります。また、どこから負荷がかかっても安定してランニングテクニックを崩さず、いかに速いパスをキャッチして、速いパスができるか。あとはタックルに低く速く入れるかどうか。そういったところが日本代表の目指すべきところです」
──腕と足が違う動きをするようなことですか。
「そうです。足は速く走る動きで、上半身はキャッチ、パス、コンタクトの動きをします。いろんな方向から負荷がかかっても体を安定させ、上半身は自由自在に扱える。そういう動きを身に着けられるようにしています」
──2015年、2019年の日本代表でS&Cコーチに求められるものは変わりましたか。
「ラグビーの原理原則は変わりません。僕らがよく言うのは、『究極のアスリートを作ろう』ということです。大きくて、速くて、俊敏で、しかも動き続けられるようにしたい。なかでもサイモン・ジョーンズS&Cコーチと日本代表でフォーカスしていたのは加速力です。一歩目の速さ、スピードチェンジ、キックのトランジションでいかに相手より早くポジショニングできる能力を高めるために、加速力を向上させるトレーニングをしていました」
──松島幸太朗選手、福岡堅樹選手が早いのは分かるのですが、それほど速くないと思っていた選手たちもスピードが上がったように感じました。
「加速力も高まったし、速いスピードを維持できる力が、2017年から2019年にかけて全体的に向上していました」
──2023年に向かっての準備は始まっているのですか。
「コロナ禍で集まってトレーニングできなかったのですが、こういう基準でフィジカルを鍛えましょうというのは伝えていますし、トップリーグが終わった日本代表候補選手からメニューを提示して準備してきました」
──それは2023年で勝つためのメニューなのですね。
「原理原則は変わりませんが、いま持っているものをベースアップするということです。2015年から2019年の大会で、ボールインプレータイム(ボールが動いている時間の合計)が増えています。トップリーグは(80分の中で)33分~34分くらいです。2019年RWCの日本代表戦は約39分40秒で、それがスタンダードです。プレーの強さ、激しさを下げずにプラス20%くらい動き続けられるかが重要になりますね」
──2023年は、イングランド、アルゼンチンという強豪と同じプールになりました。決まったときは何を感じましたか。
「イングランドのヘッドコーチがエディーさんですから、超インターナショナルレベルの選手がハードワークすることは目に見えています。それを超えるハードワークができるフィジカルが必要です。アルゼンチンは個々が強く、堅いイメージです。基礎的な筋力も含めてしっかり準備することが必要です」
──サンウルブズでもS&Cコーチを務めていましたが、スーパーラグビーのトップクラスの選手と、日本人選手の違いを感じることはありましたか。
「サンウルブズにもスーパーラグビーの経験豊富な選手がいましたが、背中の筋力がすごく強いです。ここは意識すべきところです。また、疲労回復の方法など選手自身が自分の体のことをよく分かっていると感じました。日本人選手もそのレベルは上がっていると思いますが、もっともっと向上できるように一緒にやっていきたいです」
──背中の筋力というのは、ラグビーのどのプレーに生きるのですか。
「クボタにいたとき、簡単な調査ですがいろんな体力項目とコーチがセレクトするタックルやコンタクトの強い選手の関係性を調べた時に、主に背筋力(体重当りのクリーン)大きなタイヤをロープで引くタイムが関係がありました。あくまでも一例ですが、外国人選手や代表選手の体力を見ていると意味がありそうだと思っています」
──タックルの強い選手は背筋力が強いということですね。
「そうです。ぶつかるときは体を支えないといけません。押す力だけでなく、引く力、それを一瞬で伝えるパワーと土台となる下半身も含めて体幹が固められて強い力を発揮できます。コンタクトしたあとに相手を引きつける力などにも影響していると思います」
──日本代表選手の中で背筋力が強いのは誰ですか。
「姫野和樹選手がむちゃくちゃ強いです。ベンチプレスの逆のベンチローという種目があり、ベンチにうつぶせになり置いてあるバーベルを胸に向かって引き上げるのですが、姫野選手は体重の1.6-7倍を挙げていました。今まで見たことのない強さです。その筋力がスーパーラグビーのハイランダーズで活躍した土台になっているのかと思います。外国人選手も、70kg、80kgを担いで懸垂が出来ますし、(ラグビーにおいて)背筋力は重要です。高校生、大学生も加速力、そして背中とお尻は鍛えてほしいです。シンプルに、懸垂をするときに胸を張って背中を寄せてできるようになってほしいですね」
──太田さんは、2023年大会にどんな目標を持っていますか。
「決勝トーナメントでいかに勝つかというチャレンジはチームと同じです。どう勝つかということでいえば、次大会は海外で戦います。フィジカルスタンダードを上げることはもちろん、環境が変わる中、いかに高いパフォーマンスを発揮し続けられるような環境を作ることができるか。特に睡眠については何かできないか考えています。疲労が溜まり睡眠の質が低下するとリカバリーも遅れます。何かプラスアルファのサポートをしたいと思っています」
文:村上 晃一
村上 晃一
ラグビージャーナリスト。京都府立鴨沂高校→大阪体育大学。現役時代のポジションは、CTB/FB。86年度、西日本学生代表として東西対抗に出場。87年4月ベースボール・マガジン社入社、ラグビーマガジン編集部に勤務。90年6月より97年2月まで同誌編集長。出版局を経て98年6月退社し、フリーランスの編集者、記者として活動。
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