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レフェリーなくしてゲームなし ~敬意がトップリーグを支える~
TJ・ペレナラはトップリーグの申し子だ。申し子。この場合は「時代に招かれて舞い降りた才能」の意味である。世界のどこのコンペティションより日本国内の最高峰リーグが活躍を約束する。そんな感じがする。オープンなスタイルをぶつけ合う環境がNTTドコモレッドハリケーンズの9番の経験や能力をいっそう引き出している。
サントリーサンゴリアスのボーデン・バレットは国際統括機関の選ぶ「ワールド・プレーヤー・オブ・ザ・イヤー」に2度輝いている。いざ来日、期待は裏切られなかった。「走る。投げる。蹴る」の選択を間違えない。もし自分が前へ出てタックルを浴びたほうがよりよいなら迷わずそうする。投げても蹴っても無難に試合を進められそうなのに。倒される途中、最後の最後までつなぐ機会をさぐるあたりは根っからニュージーランドのラグビー選手らしい。
ある若いファンが言った。「もしコロナでなくて例年のように許されるなら命がけでバレットのサインを手に入れます。解禁後の勝負の覚悟はできております」。みんなときめいている。
トヨタ自動車ヴェルブリッツのキアラン・リードのまさに一挙手一投足を凝視した知人がいる。かつての日本代表フランカーだ。宗像サニックスブルース戦の終了後に言った。
「ほら、大学の早稲田なんかの小さなフランカーがいつも低い姿勢で構えるイメージがあるでしょう。あれと同じでした。どんなにボールが遠くにあってもディフェンスに立つと自然に前傾している。つま先は必ず前を向く。もう染みついているんでしょうね」。
オールブラックスで127試合出場の世界の8番は珍しいことはなにもしない。転んだら起きて仲間のサポートに走り、異国のまじめな学生がそうするように低く構える。
トップリーグはいまのところ順調に進行している。現況にあってラグビーの公式戦が行なわれる。しかもそこにはワールドクラスの名手が並ぶ。「すべてがファイナル」という気持ちに変わりはない。ペレナラやバレットやリードやマークスやフーパーが眼前に躍動する幸福に浮かれる。なにもかも肯定したくなる。でも。
そう。万事に「でも」を忘れると危険だ。ひとつ気になる傾向がある。
レフェリーへの敬意が薄れている。キャプテンが判定に異を唱える語尾がきついのだ。「向こうのも見てよ」なんて言い方をけっこうな頻度で耳にする。解説者にはレフェリーのマイクの音声が放送よりも明瞭に聞こえるのでわかる。キャプテンならまだよい。そうでない者までしきりに疑問を口に出す。
どうやら若手というか気鋭のレフェリーに機会を与える方針がある。かたやチームの側にはスプリングボクスやオールブラックスの重鎮クラスが何人もいる。日本代表経験者も2年前のワールドカップで自信をつけて貫禄をたたえる。経験の浅いレフェリーに対して、さすがに露骨な批判はしないものの、少しばかりリスペクトの態度があやういのも事実だ。
ひとつの理由は想像できる。レフェリーとの意思疎通の名手、ペレナラの象徴する百戦錬磨の国際級が集う。判定がいささか影響を受けているのでは、押し切られているのでは、という疑心暗鬼がチームによってはなくもない。そこで負けじと強い「交渉」や「抗議」に踏み出してしまう。
レフェリーが「ソーリー」を繰り返す例もあった。あれはよくない。落球した選手が両手を合わせてペコペコ頭を下げるのと同じだ。かえって、まわりが不安になる。ピッチの上の「公用語」がイングリッシュに傾きつつあるのも不思議といえば不思議である。どうしても必要なところを除けば、おもに日本語でよいのでは。海外からのプロにとっては死活問題なので語学上達にもつながると思うのだが。
NTTコミュニケーションズシャイニングアークスのグレイグ・レイドローはレフェリーとの会話の達人とされてきた。スコットランド代表のSHとして計76キャップ獲得、うち39試合で主将。「百戦錬磨組」のひとりだ。トップリーグ開幕前にインタビューした。レフェリーとの会話について質問すると答えはこうだった。
「ゲームをポジティブに運ぶという姿勢をポジティブな態度で表わすだけ。難しくはありません。レフェリーを敬い、ともに働く意識を持つようにしています」。
ラグビーを存分にできる喜び。そこには「レフェリーなくしてゲームなし」の根源的な精神も含まれる。「レフェリーを敬う」のはキックオフの前提である。
レフェリーもまたプレーヤーを尊敬する。笛を唇に当てる資格の第1章だ。ワールドカップのファイナルと近所の少年少女のゲームにまったく等しく接する。どこであれそこにいる選手を敬い助けてストレスを取り除く。ほかの目的は不要だ。
「いばらず。こびず。しゃべり過ぎず」。3月20日の花園ラグビー場。トップチャレンジリーグの近鉄ライナーズとコカ・コーラレッドスパークスの対戦の笛はそうだった。
関西協会の滑川剛人レフェリーは大声を発せず、なお毅然としている。トヨタ自動車の現役SHという異色の存在ながら、その話題を忘れさせるような滑らかなレフェリングだった。「選手の気持ちをわかる」人が競技規則のままに淡々と吹いた。
1週間後。滑川レフェリーの姿は名古屋のパロマ瑞穂ラグビー場にあった。こんどはジャージィに「21」の背番号が貼られている。対サントリーの大接戦の後半20分に登場、落ち着いた攻守はチームでぐらつかせなかった。解説席でふたつ確信した。「レフェリーの経験はよい選手をもっとよくする」。それから「SH滑川は地球上のすべてのレフェリーを敬うだろう」と。
文:藤島 大
藤島 大
1961年生まれ。J SPORTSラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。 スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。 著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ)など。『 ラグビーマガジン 』『just RUGBY 』などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球にみる夢』放送中。
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