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まもなくラストシーズンとなるジャパンラグビートップリーグが始まる。しかし、トヨタ自動車ヴェルブリッツの姫野和樹はそこにいない。ラグビー王国ニュージーランド(NZ)での挑戦を選択したからだ。同国南島ダニーデンを本拠地とするハイランダーズには、姫野と同じポジションにNZ代表オールブラックスの経験者らが並ぶ。加えて海外で生活するのは初めてのことだ。2019年ラグビーワールドカップ(RWC)の活躍で一躍人気者になった姫野は、なぜあえて険しい道を選んだのか。出発直前、胸の内を聞いた。
姫野和樹選手
――改めてNZ行きを決めた理由、ハイランダーズを選んだ理由を教えてください。
「自分の強み、弱みを理解したうえで決めました。パスなどのスキル、サポートの付き方などのスキルレベルを上げたくて、コンタクト後のオフロード、パスのスキルなどが上手いのはNZラグビーだし、彼らには自分には見えていないものが見えているのかもしれないと思ったのがきっかけです。さらに、日本代表のアシスタントコーチのトニー・ブラウンがヘッドコーチとして率いています。彼は僕の強みも弱みも把握しているので成長の手助けになってくれるのではないか。また、フミさん(田中史朗選手)もハイランダーズで活躍したことがあり、日本に馴染みのチームだということ。主にこの3つが理由です」
――いつ頃、決意したのですか。
「昨年の5月に話をいただいて悩みに悩みました。最終的にはNZに行く方が自分にとってもプラスになるし、日本ラグビー界にとって大きなものをたらすことができるではないかと考え、総合的に判断しました」
――日本ラグビー界にとって「大きなもの」とは何ですか。
「日本人選手がハイランダーズと契約をして活躍することによって、海外での日本人選手のイメージも変わるし、今後の日本ラグビー界を担う子供達にとっては夢や希望を感じられる。現役で活躍する選手達にも良い刺激になるでしょう。海外で活躍する選手が増えれば日本のラグビー界の層の厚さにつながるし、自分の活躍を見て奮起してもらえればと思いました」
インタビュー動画
姫野和樹選手ニュージーランド出発直前インタビュー|悩み抜いた末にラグビー王国へ
――ただ、ハイランダーズのFW第三列は、RWC2019のNZ代表シャノン・フリゼル(195cm、108kg、26歳)、NZ代表24キャップのリアム・スクワイア(196cm、113kg、29歳)などトップレベルの選手が多いです。競争は厳しいと思います。
「それは楽しみな面が大きいです。フリゼル、スクワイアの他にも、今後オールブラックスに入るのではないかと言われているマリノ・ミカエレ・トゥウ(192cm、113kg、23歳)がいます。でも、日本にいたら経験できないことだし、がむしゃらに彼らを追い抜こうと頑張るのは自分にとってプラスだと考えています」
――みんな姫野選手(187cm、112kg)よりもサイズが大きいですね。
「自分より大きな選手が普通にいるリーグで体をバチバチ当てることは、今の自分に必要なことです。RWC2019で強度の高い5試合を戦って、最後は満身創痍で自分のパフォーマンスを維持することができませんでした。フィジカリティーの高いリーグに飛び込むことは自分のタフネスにつながると思っています」
――流大選手とのインスタグラムでのトークライブで、「俺は厳しい環境に身を置かないとダメな奴」と話していましたね。
「それで成長してきましたから。もともとは失敗を恐れる人間でした。大学の時もいかに岩出雅之監督に怒られないようにするかを考えていました。でも、RWC2019で活躍できたのは、トヨタ自動車で1年目からキャプテンという立場になり、苦しんで、失敗して、それでも立ち上がって、その繰り返しで成長できたからです。RWCによってラグビーの価値が高まり、いまの日本でプレーすることは幸せです。ただ、それでいいのか? ここは自分にとって本当に成長できる場所なのか?と問いかけ、決断しました」
――以前、「常に一流であれ」と、中学時代のラグビー部の監督さんに言われたと話していましたね。「一流というのは、倒れてもすぐに起き上がることだ」と。
「その言葉に社会人の一年目も助けられたし、どんなに上手くいかない状況でも立ち上がろうと、ぶれない芯があったから成長できました。NZでも同じです。常に一流であり続ける。どんなに失敗しても立ち続ける。それがNZでの成長のキーだと思っています」
――ハイランダーズの本拠地のダニーデンのことは調べましたか。
「フミさんに聞きました。『なんも、ない』と言っていました(笑)。でも、美味しいシンガポール料理や韓国料理の店を教えてくれました」
――フランスでプレーする松島幸太朗選手に海外でのプレーについて、何かアドバイスを求めましたか。
「迷っているというメッセージを送ったら、『行けよ』とそっけない返信がありました(笑)」
――トヨタ自動車のコーチ陣には相談しましたか。
「スティーブ・ハンセン(ディレクターオブラグビー)、サイモン・クロン(ヘッドコーチ)は、残ってほしいという意見でした。キアラン・リード(NZ代表)、マイケル・フーパー(オーストラリア代表)という世界最高峰の選手がいて、彼らは僕と同じFW第三列であり、両国のキャプテンでもあった。一緒にプレーして学ぶべきだということです。ただし、最終的にどちらを選んでも、その考えを尊重するとも言ってくれました」
――それでも揺らがなかったんですね。
「正直、悩みました。でも、どっちを選んでも後悔すると思うんです。日本に残っても、ハイランダーズに行っておけば良かったと思うだろうし、ハイランダーズに行けば、フーパーとやりたかったなと思う。総合的に見て、行った方がいいという判断をしたということです」
――英語は勉強していますか。
「英会話教室に通い、高校時代の英語の先生に教えてもらっています。僕が高校3年生の時に赴任してきて、ラグビー部の顧問になった英語の先生がいらっしゃって、その縁で社会人の一年目からお世話になっています。これまで愛知にいる時間が少なかったのですが、コロナ禍で時間ができたので毎週のように先生の所に通っています」
――コロナ禍でラグビーができないことで、いろいろ考える時間はあったと思います。何か考え方に変化はありましたか。
「自分のラグビーへの愛情、ラグビーへの熱がさらに深まったと思います。やっぱりラグビーがめっちゃ好きなんだと自覚しましたし、早くラグビーがしたい。モチベーションは高く保てていると思います」
姫野和樹選手
――日本からどんなものを持って行きますか。
「一番たくさん持っていくのは入浴剤です。僕はお湯につかっていないと疲れが取れないので。お味噌汁やふりかけも持って行きます。チームのクラブハウスでは食事は出ないようなので、困ったらフミさんお薦めのお店に行きます」
――これを持って行かないと僕はダメ、という物はありますか。
「PS4(プレイステーション)ですね。息抜きでゲームをしたいので。あと、本を数冊買って行きます。ダニーデンに大学時代の友人がいるのですが、何を持って行けばいいかを質問したら、日本語の本は持ってきた方がいいとアドバイスしてくれました」
――海外で生活するのは初めてなのですね。
「初めてなんですよ。自炊はしたことがありますけど、日本とは事情が違いますし、定食屋さんもないだろうし、大変そうだなって思いますね」
――ハイランダーズでプレーするのが楽しみな選手は誰ですか。
「アーロン・スミス(NZ代表SH)のパスを受けるのは楽しみですね。あのパスにどれくらい合わせて走りこめるか。あと、フリゼルは同い年なので、NZ代表と日本代表で切磋琢磨するのも楽しそうです」
――NZに到着したら、まず2週間の隔離生活があるようですね。
「隔離施設で2週間過ごします。出発前の72時間以内のPCR検査の陰性の証明書も必要です」
――スーパーラグビーは2月26日に開幕します。なぜ、このぎりぎりの時期の出発になったのですか。
「ビザの発給に時間がかかり、隔離施設の予約がなかなか取れなくてこの時期になりました。チームに合流するのが開幕週なんです。ぶっつけ本番というか、死ぬ気で頑張らないといけないと思っています」
――どのくらいの時期には出場したいと思っていますか。
「3試合目(3月14日、対ブルーズ)には出たいですけどね。体の調子次第だと思います。日本では体を仕上げていますが、試合から遠ざかっているので、そこが不安要素です」
――日本のトップリーグのことは気になりますか。
「気になりますね。トヨタ自動車のことも気になるし、たくさんの良い選手がトップリーグに参加してきているので、どこが勝つか分からないですよね」
――6月には日本代表がブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズと戦うことが決まっていますね。
「ライオンズと試合をするのは、ラグビー選手として名誉だし、試合に出たいと思います。ただ、あまり気にしないようにしています。僕自身も余裕がないし、まずは自分自身を高めることに強くフォーカスしたいです。高めることができれば自ずと日本代表に必要な人材になるでしょうし、ライオンズ戦も出場できると思います」
――その先の目標は、2023年のRWCフランス大会になりますね。
「2023年に向かっては、ベスト4、優勝という目標にスタンダードを引き上げなければいけないと思っています。そうすれば個人の能力も上がっていくし、日本ラグビー全体の底上げにもつながると思います」
――流選手とのトークで、出発前に鰻と焼肉を食べたいと話していましたね。
「はい、食べたいものはすべて食べて行きます。鰻、ラーメンを食べて、焼肉は飛行機に乗る直前、食べながら乗るくらいで味を忘れないようにしたいです(笑)」
明るく爽やかな語り口はいつも通り。日常生活には少し不安を感じつつ、タフな環境に身を置くことを楽しみにしているようだった。日本でもNZでも、自分が成長できる場がありながら、一歩踏み出した決断に日本にラグビーを引っ張る選手としての自負を感じた。挑戦は1シーズンの予定で、日本代表活動が始まれば合流する可能性が高い。コロナ禍で先の見えない状況の中、姫野和樹は自らを高めることに集中し、何度でも立ち上がる覚悟を決めている。
文:村上 晃一
村上 晃一
ラグビージャーナリスト。京都府立鴨沂高校→大阪体育大学。現役時代のポジションは、CTB/FB。86年度、西日本学生代表として東西対抗に出場。87年4月ベースボール・マガジン社入社、ラグビーマガジン編集部に勤務。90年6月より97年2月まで同誌編集長。出版局を経て98年6月退社し、フリーランスの編集者、記者として活動。
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