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将棋とラグビー ~藤井聡太の師の言葉から~
将棋の取材をした。対局を追ったわけではない。スポーツ総合誌『ナンバー』の特集記事を書くために藤井聡太の師匠の話を聞いた。ラグビーのコーチングにおいても大切な言葉があった。
「自分の将棋に興味を持つ。それがいちばん大切なのです」
18歳で二冠の藤井聡太の師、杉本昌隆八段はそう述べた。いわく。「指導者の影響が強すぎると思考停止が起こる」。それがいちばんまずい。きっとラグビーも同じだ。
「自分のラグビーに興味を持つ」。教わるより前に、あるいは教わりながら、そして教わったあとに具体的な「自分のプレー」に関心を抱く。
そんなことは当たり前のようだが、自身のパスを、タックルを、キックを、スクラムでの肩の位置を、キックオフにおける跳び方や腕の角度を、具体的な「絵」として認識、そのつどそのつど分析する現役選手は少ない。
ひとりでできないスポーツだから、ひとりでうまくなる者が笑う。チームのスタッフの提供するデータや映像に頼らず、あくまでも自分ならではの視点でチェックを繰り返して地力は培われる。
技術にとどまらず、たとえばゲームの進め方について、絶えず検証する。チームが劣勢の時間帯に「自分」にできることは何か。ミスはなぜ起きたのか。自分のラグビーを好きにならないと、ラグビーそのものも好きになれない。好きだから、深く「興味を持つ」から、よくないところもよくわかる。自分のラグビーに興味を持つ人間がたくさんいるチームは強い。
杉本昌隆八段は言った。
「よく誤解されるのですが、プロに弟子入りすると、技術について師匠から頻繁に教わって、それを実行して強くなるかというと、そうではありません。自分で見つけることのほうが大事なのです」
ラグビーはどうか。教える側(コーチ)は自信を持ってスキルを授ける。反復をうながして身体化させる。そうでないとそこにいる意味はない。では選手は? まず素直に耳を傾けて、いっぺん、その通りにする。多くの場合、うまく運ぶだろう。
そのうえで「なぜコーチはこの方法を信じて教えるのか」について考えてみる。教える側の理屈を知る。そこから「もしかしたら別の方法もあるかもしれない」とさらに考察を深める。自分で正解を見つける。まじめな選手と優れた選手のここが境界のひとつだ。
杉本昌隆八段は、14歳でプロ棋士となった弟子、藤井聡太を長く見てきた。そこで聞いてみた。
ラグビーのようなスポーツの場合、幼少期や少年時代の際立つ才能が、ある年齢、たとえば高校生になると「うまい」や「速い」とは別の要素、例としては「痛みをおそれない」だとか「パニックに陥らない」という能力を備えた同世代が現れて、突出できなくなる場合もあります。これ、将棋にはあてはまりませんか?
「スポーツとは異なり、将棋は現役の寿命が極端に長い。14歳からプロならば60年現役ということもありえます。この先、(藤井聡太にも)いろいろなことがあるでしょう。生涯のライバルとなる人がいずれ現れるかもしれない。ただ、瞬発力、一局の将棋に対する手の見え方、ひらめきで上回る才能は簡単には出てこないと思う」
将棋には奨励会というプロ養成機関がある。同世代にもうひとりの天才がいれば、きっと、その網にすくわれる。才気よりも負けにくさで勝負する粘りの伏兵もその中にいる。
「だから藤井君をおびやかす才能ならすでに活躍している。もし、どこかにいるとすれば、まだプロをめざしていない小学生」
将棋はラグビーとは違う。身体がダイレクトには勝負に介在しないので「早熟すなわち王者」もありうる。盤上という世界では才能は年齢を超えて才能である。
ラグビーの14歳は28歳に勝てない。身体と脳が離れないからだ。そして18歳で競技を始めても日本代表になれる。
本年5月に42歳での引退発表、東芝ブレイブルーパスの大野均さんは、福島の日本大学工学部に入学後にラグビーと出合い、ワールドカップで南アフリカ代表を破り、ジャパンのキャップ数を「98」まで積み上げた。頑健な身体、もっと頑健な精神、謙虚な態度は東北リーグの初心者を国際舞台へと導いた。
昨年のワールドカップのジャパンのスタンドオフ、田村優は中学ではサッカー部員、國學院栃木高校で楕円球に転じ、深いゲーム理解の求められるポジションにあって地位をつかんだ。
将棋は14歳で世に出て70歳でも一線にとどまれる。ただし18歳で始めてプロにはなれない。ラグビーならなれる。15歳で競技歴を開始して、きっと6歳のころにはすでに上手だったはずの強豪国の同じ背番号10と渡り合える。
ラグビーと将棋は異なる。しかし、どちらも、自分の将棋(ラグビー)に興味を持ち、自分で答えを見つける者が上達する。
最後に温故知新について。藤井聡太二冠の将棋は「現代の感覚と異なる昭和の考え方を受け継いでいる」(杉本八段)。この8月の王位戦では「昭和15年(1940年)に広く知られるようになった『土居矢倉』という囲い」を用いた。合理を求めて淘汰された古い戦型が人工知能の時代にそれを使いこなす若者によってむしろ見直された。
そこでまたラグビーを思う。大昔の戦法や技術に「いまの合理」を突き抜ける可能性はあるはずだと。「クロスキック(タッチライン近くのウイングが中央にパントを折り返し、起点付近に残る選手が直進して追う)」や「ヒールアウト(ラックの球を足で後ろに軽く転がしハーフが動きながらさばく)」はいかがだろうか。
藤島 大
1961年生まれ。J SPORTSラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。 スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。 著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ)など。『 ラグビーマガジン 』『just RUGBY 』などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球にみる夢』放送中。
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