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後半20分と15秒。スコアは22-13。勝っている側がささいな失敗をする。さりげなく蹴った楕円球がラインの外へそのまま出た。いわゆる「ダイレクトタッチ」。この瞬間、テレビ画面を見つめる世界中のラグビー好きは思った。
「あっ。負けているほうが最後は勝つ」
ほら直後にトライ。あたりまえのように追い上げ、追い越し、クルセイダーズがスーパーラグビーの「アオテアロア」を制した。闘争心をたぎらせるハイランダーズを憎らしいほど冷徹に退けた。おしまいのスコアは32-22。強いというか懐が深い。疲労の蓄積する時間帯に意識の高い選手たちが体を張って好機をつくった。古今東西に違わぬ覇者の姿だ。これで4年連続のタイトル獲得である。
ここまでの優勝直後、スコット・ロバートソンHC(ヘッドコーチ)は芝の上でブレイクダンスを披露してきた。でも今回は行なわなかった。両脚は地面を離れない。なぜ? 本人が答えている。
「われわれは知っている。リバプールがどうなったかを」(AFP)
サッカーのプレミアリーグ、リバプールは7戦を残して優勝を決めた。すると次の試合のマンチェスター・シティーに0-4の大敗を喫した。クルセイダーズは次節に敵地オークランドでブルーズとぶつかる。大昔からの好敵手の対決である。「まだビッグゲームが先にある」(NZヘラルド紙)。王座を守った夜も「夜間外出禁止令=門限」は設けられた。
本稿執筆時に対ブルーズの結果はわからない。いずれにせよ緩んだゲームにはならないだろう。ラグビーらしく「トロフィーのかからぬ名勝負」を観戦できるかもしれない。そして、それはクルセイダーズの「クルセイダーズ」としての最後の試合となる可能性もなくはない。
あらためてクルセイダーズのクルセイダーとは。一般に「十字軍」を意味する。中世のキリスト教諸国によりイスラム教からの聖地奪還のため派遣された。昨年まではクルセイダーズのジャージィのロゴは「剣をふりかざす戦士」だった。同年3月、本拠地のクライストチャーチで過激な排外思想を抱く者によるモスク襲撃事件が発生、それを機に従来のイメージを廃し、マオリのモチーフへと変更された。
しかしラグビー界で長く親しまれるチーム名は現時点では残されている。昨年の11月、最高経営責任者は「クルセイダー」をもうひとつの語義である「改革運動者」と解釈して「社会の進歩と包摂(=だれも排除しない)のための改革はチーム名にふさわしい」と説明してみせた。苦しいといえば苦しい。
現在の「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命を軽視するな)」運動の拡大は、米国のスポーツの伝統的チーム名の存続に影響を与えている。NFLのワシントン・レッドスキンズはすでに変更を発表した。MLBのクリーブランド・インディアンスも同様だ。いずれも先住民族と関連している。NFLのカンザスシティー・チーフスもまた先住民族の「チーフ=族長」を想起させるが、由来は、ある市長の愛称とされる。ただし、なぜ、そんなニックネームで呼ばれるようになったかについて「族長」は無関係ではない。
イングランドのラグビー、プレミアシップのエクセター・チーフスは本年7月末、クラブの声明を発表した。「チーフスという名称は1900年代初頭からこの地域との長い歴史を有している。ロゴの使用には深い敬意が払われてきた。理事会はクラブのマスコット『ビッグ・チーフ』は不適切と考えてリタイアさせた」(概略)。名称を残す決定をめぐっては安堵とともに失望の声も少なくない。
ではニュージーランドのチーフスはどうか。こちらは本拠であるワイカト地域のマオリにちなんでいる。伝統的な武器であるコティアテを握るチーフ(族長)がロゴに描かれる。ワイカトのチーフスが先住民文化を尊重してきた事実は国内外に認められており名称変更の動きは広がってはいない。それでもマオリの画一的なイメージを無自覚に上書きしているという批判がスポーツ倫理研究の立場から唱えられたりもする。
クルセイダーズはクルセイダーズのまま、次の、あるいは次の次のシーズンを迎えられるか。米国発のムーブメントの波はニュージーランド南島まで届くような気がする。
以下、余談。30数年前、スポーツニッポン新聞東京本社に知られざるラグビーのチームが存在した。その名はジャッカル。「弱軽」と書いた。もうひとつ好きなチーム名を。アイスホッケーの苫小牧B級所属の「食道園キングス」。ジュッと肉のタレの焦げる音とリンクの冷気が脳内で混然となる。チャーミングだ。20年前、かの氷都、苫小牧で試合を見た。白鳥アリーナの観客席。そこで女性ファンの忘れられない叫びを聞いた。「潰せ」。一拍あって「パパ」。視線の先に苫小牧市役所チームのユニフォームがあった。胸には「Office」。あれもよかった。
文:藤島 大
藤島 大
1961年生まれ。J SPORTSラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。 スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。 著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ)など。『 ラグビーマガジン 』『just RUGBY 』などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球にみる夢』放送中。
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