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ラグビー コラム 2020年7月7日

「ラグビーが恋しかった」ダン・カーター、本人が語るブルーズ入団の舞台裏

ラグビーレポート by 斉藤 健仁
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写真:ブルーズのユニフォームを着るダン・カーターとボーデン・バレット(左)

今年のスーパーラグビーは新型コロナウィルス感染拡大の影響により、リーグ戦は途中で終了。

その替わりに6月13日(土)、ニュージーランドカンファレンスの5チームで争う「スーパーラグビー2020 アオテアロア」がニュージーランド国内で開幕し、昨年までスーパーラグビー3連覇中のクルセイダーズと、調子を上げているブルーズ3連勝で首位争いを演じている。

そんな「アオテアロア」が開幕する前に、世界のラグビーシーンで注目を浴びたのが、今年までトップリーグの神戸製鋼コベルコスティーラーズでプレーしていた世界的SO(スタンドオフ)ダン・カーターのブルーズ入団だった。

オールブラックスキャップ112を誇るカーターは13年間、141試合をクルセイダーズでプレーし、2005年、2006年、2008年と3度栄冠に輝き、2004年と2006年にはスーパーラグビーの年間最優秀選手にも選出された。

さらに、スーパーラグビーの通算最多得点記録(1708点)を保持している、まさしくレジェンドだ。そんなカーターがクルセイダーズではなく、長年ライバルとして戦ってきたブルーズにどうして加入したのか。

カーターは2017年度にフランスのラシン92から神戸製鋼に入団すると、すぐに中心選手として君臨し、15年ぶりとなるトップリーグ優勝に大きく貢献し、年間最優秀選手にも選出。

そして、今年のトップリーグでも2連覇を狙う神戸製鋼を牽引していたが、トップリーグも新型コロナウィルス感染拡大の影響などにより2月末で中断し、そのままシーズンが終了し、ニュージーランドに帰国していた。

カーターは日本でのキャリアを終えて「私を迎え入れてくれた日本の皆さん、ラグビーファンの皆さん、神戸製鋼のファンと関係者の皆さん、私は日本で本当に素晴らしい時間を過ごすことができました。その1秒1秒すべてが良い思い出です」と笑顔を見せた。

連覇のかかったシーズンで、しかもトップリーグで首位争い演じていたが「今年で神戸製鋼を去ることはシーズン前から決まっていました」。

「ただ、トップリーグ2連覇というのが目標でしたし、最後の年を優勝という良い形で終えたいと思っていたので、このような形でシーズンが終わってしまったことは非常に残念な気持ちでいっぱい」と悔しそうに話した。

カーターと一緒に神戸製鋼でプレーしていた元オールブラックスSH(スクラムハーフ)アンディー・エリスが現役引退を発表したこともあり、「カーターも引退か?」と予想されたり、はたまたアメリカ移籍の噂もあったりした。

しかし、ロックダウンの中で、SOカーターは自分の将来を早急には決めることはなかった。「どのような形で次のステージに向かうか、とても悩みました」。

「世界のラグビーがどうなっていくかもわからなかったので、これからラグビーとどう関わっていくか自分でもわからない状態でした。『引退』か『続けるか』は考えていませんでした。『家族との時間を大切にしよう』ということだけ考えていました」と話した。

そんな状況の中、徐々にニュージーランドでは新型コロナィルスの感染者が減っていき、ロックダウンが解除され「アオテアロア」が開催されると決まった。

そんな頃、ブルーズのレオン・マグドナルドHC(ヘッドコーチ)からカーターに誘いがあった。日本のヤマハ発動機や近鉄にも在籍し、主にCTB(センター)として活躍したマクドナルドとカーターは、オールブラックスでプレーした間柄であり、カーターが尊敬していた選手のひとりだった。

ロックダウン中は「ラグビーが恋しかった」とも話したカーターは、自らも考えて、家族とも話し合ってから、すぐにマクドナルドHCに「YES」と返事し、翌日には練習に参加していたという。

サラリーは200万円ほどと報道されおり、カーターにとってお金の問題ではなかったことがよくわかる。現在、カーターの住んでいるオークランドの家から練習場までは数分の距離だったことが彼の選択を後押ししたようだ。

「自分が若い選手の良い手本になるし、ニュージーランドのラグビーに戻るチャンスだと思った。僕の子どもたちが学校に通い、家族が現在住んでいる街で練習できるなんて、とてもワクワクする。ブルーズの若い選手に僕自身の経験を共有できるのも素晴らしい」。

また、マクドナルドHCは「ブルーズには(ボーデン・)バレット、(オテレ・)ブラックという素晴らしい10番がいて、カーターは2人や他の若いBKに力を貸してくれるだろう。それに、彼が試合に出る状態になれば、CTBやFB(フルバック)でもプレーできるユーティリティー選手になってくれるはずだ。

お金ではなく、彼の心、ダンのラグビーがしたいという意思がそう(ブルーズへ加入)させた。彼の自宅からクラブはほんの数分だし、こんな完璧にことが運んで興奮している」と話した。指揮官はSO起用にこだわることなく、ユーティリティーBK(バックス)のひとりとして考えているようだ。

さすがのカーターもすぐに2015年以来のスーパーラグビーでのプレーということはなかった。「自分がセレクション対象になるには3~4週間かかる」と自ら分析しているとおり、開幕戦ではタナ・ウマガ アシスタントコーチとともにウォーターボーイも務めていた。

「私がオールブラックスだったころのキャプテンのウマガと一緒にできたことが嬉しかった。選手たちとコミュニケーションが取れたことも楽しかった」(SOカーター)

開幕戦から観客を収容しての試合になったことに関して、SOカーターは「世界で最初にニュージーランドがラグビーを再開させたことは誇らしい。観客を入れられたことは国民全体がコロナウィルスに対して努力した結果です。ニュージーランドにとってラグビーは欠かせないものだと実感しました」と声を弾ませた。

また、来年からサントリーサンゴリアスでプレーすることが決まったオールブラックスのSO/FBバレットとカーターの共演は、きっと世界中のファンが望んでいるはずだ。

カーターも「バレットはすでに必要なスキルは兼ね揃えているので、正直言って私から教えることはあまりないでしょう。オールブラックスでは3~4年プレーしましたが、代表以外では 同じチームでプレーしたことがないので、一緒にプレーできることがとても楽しみ」と心待ちにしている。

そんな、希代の司令塔カーターは「アオアテロア」の大会後、はどんな未来予想図を描いているのか。「今の時間を楽しんでいるというのが正直な答えになります」。

「今の自分にできること、今の自分自身にフォーカスしているところですし、今まであまり長い時間一緒に過ごせなかった家族との時間を楽しんでいる。だから今後の目標についてはわからないですし、これからのラグビー界の動向をしっかりと見極めつつ、今を楽しんでいこうと思います」と言うにとどまった。

ブルーズが開幕から3連勝と好調な中、トレーニングを重ねていったSOカーターは7月4日(土)、クライストチャーチの故郷・サウスブリッジで10番をつけて、久しぶりにニュージーランドでプレーした。

「4ヶ月プレーできなくて、4週間かけて準備してきた。実際に人と一緒にプレーするのは、トレーニングするのとはまったく違って、本当に気持ち良かった」と声を弾ませた。

「アオアテロア」は7月11日(土)の第5節、ともに3連勝中のクルセイダーズとブルーズが激突とするという前半戦の大一番を迎える。

その勝敗もさることながら、SOカーターが古巣との対決にブルーズのジャージーを着て出場するか。ニュージーランドだけでなく世界中のラグビー関係者、ファンの注目を大いに集めることは間違いない。

文:斉藤健仁

斉藤健仁

斉藤 健仁

スポーツライター。1975年生まれ、千葉県柏市育ち。ラグビーと欧州サッカーを中心に取材・執筆。エディー・ジャパン全試合を現地で取材!ラグビー専門WEBマガジン「Rugby Japan 365」「高校生スポーツ」の記者も務める。学生時代に水泳、サッカー、テニス、ラグビー、スカッシュを経験。「エディー・ジョーンズ 4年間の軌跡」(ベースボール・マガジン社)、「ラグビー日本代表1301日間の回顧録」(カンゼン)など著書多数。≫Twitterアカウント

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