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これは政治のリーダー論ではない。ラグビーのコーチングの話である。
「家を出るな。カネならすぐに届ける」 「思い切り前へ出ろ。あとのことは気にしなくてよい」 そう最初に言い切ったほうが勝てる。 「個人のスタッツを気にするな。自分のことなんてどうでもいい。120回のタックルで80回成功するほうが50回で4回だけのミスよりも上なのだ」 昨年のワールドカップ決勝の前、南アフリカ代表スプリングボクスのラッシー・エラスマスHC(ヘッドコーチ)のミーティングにおける言葉である。この2月、みずから映像を公開した。 「完璧なディフェンスなんてない。いいんだよ。抜かれるところがひとつなら」 こちらは日本代表の元監督、宿澤広朗の38歳のころの一言だ。1989年5月28日。東京・秩父宮ラグビー場。就任初戦の対スコットランドに勝利した。28-24。トライ数は5対1だった。 2006年6月、突然の死去。勤務先のメガバンクで頭取候補とされた人は、代表の指揮を始めた当時すでに国内でも旧式とされており、もとより世界の潮流では異色の「マーク・トゥー・マークで一直線に飛び出す日本流シャローディフェンス」を採用した。 本人の説明は明快だった。 「ルールを突き詰めれば『こうあるべき』方法は定まる。でもジャパンは『こうするべき』で戦うしかない」 前提としてメンバーの構成がある。トンガから大東文化大学への留学経験者など2名程度を除くメンバーの大半は日本に生まれ育った。どうしても強国とは体格に差がある。だから大きな穴をあけないように外へ追い込む「あるべき」防御法では「どっちにしろゲインされる。裏に大きなスペースができても前に出るしかないんだよ」。 こうも話した。 「ジャパンはノックオンするような攻撃をしないと、なかなか世界のトップ国からトライを奪えない」 浅い攻撃ラインで防御に接近、タックルを浴びる前後の「点」で突破を図る。そこしかないタイミングでサポート、パチーンとはまると一気に裏へ出る。ちょっと両者の呼吸がずれたり想像外の長い腕にからまれると落球だ。 あるべきラグビーなら「フィフティ・フィフティのパスをするな」。しかし「そうするべき」。それは投げやりなのではなくて、いまそこにある状況や環境から逃げずに勝負を仕掛ける覚悟だった。ルールの適用の違いで、現在よりも攻撃側がフェイズ(この用語はまだ流布していなかった)を確実に積み重ねるのが難しかったことも背景にはある。 ラインアウトのリフティングは認められていなかった。身長にひどく劣るジャパンの泣きどころ。新任の宿澤監督はセレクションで対応する。 「スクラムだけ強い人間を選ぶ」 スクラム。ラインアウト。モールとラック。すべてに劣ると勝機はほぼ消える。「三要素でいちばん対抗できるのはスクラム」と踏んだ。かくして京都産業大学の無名の右プロップであった田倉政憲をまさに大抜擢する。左には走力よりも押し合いの実力者、のちのトップリーグ・チェアマン、太田治を3年ぶり呼び戻した。 スコットランド戦。なんと自軍投入のスクラムは前後半2本ずつしかなかった。皮肉にも不利を見越したラインアウトから2トライをたたみかけた。ここは勝負論の深さだろう。焦点を絞り切って準備すると、チーム力そのものが上がるので、予想と異なる事態にも対応できる。 言い切る。割り切る。「切る」を支えるのは、他者の感情を「切らず」に理解する力だ。そうでないと選手は置いていかれたようで心に火がつかない。 そこで思い浮かぶのが現在の神戸製鋼コベルコスティーラーズである。2018年度、トップリーグ制覇。かつてのオールプラックスの名アシスタントコーチ、ウェイン・スミスを総監督に迎え、さっそく結果を出した。 ウェイン・スミスは「鉄の会社であること」に興味を示した。「自分たちは何者か」を重視したのである。関係者によると、この国際ラグビーの有名人は、スーパースターのダン・カーターをともない、古いOBの集まりに顔を出したそうだ。1988年度からの日本選手権7連覇以前、神戸製鋼のラグビーがまだ広く知られていない時代の人たちもそこにいた。みんな遠くへ去ってしまったようなチームを「自分たち」と感じた。 コベルコスティーラーズは、他者と感情を分かち合うことが人間と集団を動かすと知る統率者を得て、チームからクラブ、クラブから会社の従業員や家族を巻き込む共同体となろうとした。好成績の核のひとつである。共感には想像力も含まれる。ラグビー史上の名指導者、カーウィン・ジェイムスは、ウェールズの熱烈な民族主義者であった。1971年のブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズの指揮を託されると、アングロサクソンとケルト、アイルランド共和国と英国の北アイルランド、あるいはオックスフォード大学の卒業生と炭鉱労働者などなど異なる背景を抱く選手たちに最初に語った。
「わたしはアイルランド人がイングランド人のふり、あるいはイングランド人がケルト人のふりすることを、あるいはスコットランド人がスコットランド人でなくなることを望まない。きみたちアイルランド人はフィールド外では至高の観念論者、そしてフィールドではキルケニーキャッツ(たがいに尻尾だけになるまで闘ったと言われる猫)のような闘士でなければならない。イングランド人は毅然としてただほかに優越しなければならない。そしてきみたちウェールズ人はきみたち自身のうぬぼれの強い、残忍なやり方で、トリプルクラウンの熱望者でなければならない」(『ラグビーの世界史』白水社) トリプルクラウンとは「イングランド、スコットランド、アイルランドより上位」という意味である。 カーウィン・ジェイムスの率いるライオンズは「存分に自分を表現する」オープンで即興的なスタイルで、史上初めて敵地のオールブラックスに勝ち越した。共感しながら、そのときの優先順位を考え、力のある言葉とともにすぐに実行する。よく勝つ指導者の条件である。藤島 大
1961年生まれ。J SPORTSラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。 スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。 著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ)など。『 ラグビーマガジン 』『just RUGBY 』などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球にみる夢』放送中。
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