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イタリアとロシアのテストマッチの解説をした。ワールドカップ前の「ウォームアップ試合」の位置づけである。サン・ベネデット・デル・トロントという人口5万に満たぬ土地で行われ、ホームのイタリアが85-15と圧倒した。日本時間深夜の中継、昼にロシア、旧ソ連のラグビーについて少し調べた。
最近、邦訳された『ラグビーの世界史』(白水社)が頼りになる。英国の研究者であるトニー・コリンズの著。個人的に「解説」を書いたので宣伝めいてはいけないと思うのだが、史料と検証に裏打ちされたラグビーの通史はやはりありがたい。さっそく巻末の事項索引で「ソビエト連邦」からたどる。いきなり興味深い記述が見つかった。
ボルシェヴィキがラグビーを高く評価していた。「ボ」で始まる響き、世界史好きを除けば若い人には初耳だろうか。ある年齢層にはいくらかなじみがある。詳しくわからなくても聞いたことならある。かのレーニン、ロシア革命の主要人物の率いた党派である。ソビエト共産党の前身だ。
1930年。ボルシェヴィキの教育人民委員がラグビーをこう表した。
「紳士的な戦闘」
革命家は英国の富裕な学校で親しまれた競技に共感していた。6年後にモスクワでリーグ戦が始まる。ただし、その3年後、戦争によって「閉鎖」され、復活は戦後、1950年代を待たなくてはならなかった。
イタリアの昔のラグビー事情も知りたい。同書は、ファシストもまたラグビーに引き寄せられた事実を記している。1928年、ベニート・ムッソリーニ率いるファシスト政権は『ラグビーのゲーム』なる手引書を出版した。スポーツを「イデオロギーの媒体」とする意図が背景にあった。1929年、ロンドンのタイムズ紙の記事に「(ファシスト党書記ら推進者は)このスポーツが、英国におけるように、アマチュア選手に厳密に限られていることに気づいた。アマチュア選手はスポーツマンシップの正しい精神においてプレイすると信じることができる」とあった。結局、1934、38年、サッカーの代表がワールドカップ優勝という大成功を収めて「ファシストは次第にラグビーへの関心を失っていく」。
本稿筆者がかつて集めたいくつかの資料によれば、ファシストたちは、ラグビー人が簡単に体制の政治的宣伝の道具にならないと察知、楕円球への興味をなくした。2007年のタイムズ紙には、東京大学でも教えた作家、リチャード・ビアードがこう寄稿している。「あの時代、イタリアでサッカーをしないことが、そもそも反抗的な証である」。そうだ! と、膝を打ちたくなる。ちなみにビアードには『MUDDIED OAFS』というラグビーにちなんだノンフィクション作品があり名著とされる。辞書を引き引きなのに英語が端正と伝わる。表紙も美しい。
キューバ革命のチェ・ゲバラは、母国のアルゼンチンでラグビーに励んだ。バックス全般をこなした。気性は激しかった。ブエノスアイレスの名門クラブ、サン・イシドロ、カトリック系私立学校が母体のイポラなどに在籍、持病の喘息と戦いながらよく走り、よく倒した。裕福な家の息子が南米の貧困を目で確かめ、人生の方向を決定づけた「モーターサイクルの旅」の同行者、ラグビー仲間のアルベルト・グラナードは後年、チェことエルネスト・ゲバラの父の証言を明かしている。
「エルネストは、ラグビーから学んだチームスピリット、規律、敵への敬意を忘れることはなかった」(デイリー・テレグラフ紙)。
革命家にもファシストにも、もちろん、どちらでもない人々にとっても、ラグビーはただのスポーツや身体活動ではなかった。少なくとも、ないかのごとく映った。他の競技への優位性を述べたいわけではない。事実としてラグビーの構造に「人生」は投影されている。そんな気がする。ワールドカップ開幕が迫り、白状すると、どこが優勝するか、ジャパンはどこまで勝ち進むのか、よりも、ラグビーの深さはここに具現されるだろうか、きっとされる、というようなことばかり考えてしまう。
当コラム欄のタイトルである『be rugby』は、フランスの社会学者、ダニエル・プティエの著書『ラグビー』(文庫クセジュ)に紹介されている別の研究者(A・スーテール)の言葉から引いた。「ラグビーであること」の解釈は「プレーしているからというだけで、ある個人がラグビーなのではなく、日常的にラグビーを生きているからこそラグビーなのである」。以下、概略。チームという共同体へ帰属する。証明として、恐怖や苦痛にあらがい、みずからの身体を捧げる。そこまでするのだからうまくいかなくてはならない。そのためには仲間との相互性、選手と選手を結ぶ「完璧な信頼」が求められる。それは個人と個人のあいだに強い連帯感情がない限り不可能である…。
学者のように言語化はできないが、ラグビー部員であった者、ある者、ラグビー観戦を深く愛する者なら、わかる。ラグビーは痛くてこわくて、ひとりでは絶対にできない。いや、ひとりずつの集まりでもできない。だから「人生」が関係してくるのだ。オールブラックスやイングランドやジャパンでなくとも、ナミビアもカナダもロシアも「見つめるに値する」理由である。異なる文化の異なる個性がラグビーの共同体を形成する。不要なチームはひとつもない。無視できる人間もひとりもいない。
前掲の書にはこんな言葉も紹介されている。
「ラグビー、人生の学校」
かつてフランスの協会の標語のひとつであったらしい。校則でなく連帯で営まれる学校。
文:藤島 大
藤島 大
1961年生まれ。J SPORTSラグビー解説者。都立秋川高校、早稲田大学でラグビー部に所属。都立国立高校、早稲田大学でコーチも務めた。 スポーツニッポン新聞社を経て、92年に独立。第1回からラグビーのW杯をすべて取材。 著書に『熱狂のアルカディア』(文藝春秋)、『人類のためだ。』(鉄筆)、『知と熱』『序列を超えて。』『ラグビーって、いいもんだね。』(鉄筆文庫)近著は『事実を集めて「嘘」を書く』(エクスナレッジ)など。『 ラグビーマガジン 』『just RUGBY 』などに連載。ラジオNIKKEIで毎月第一月曜に『藤島大の楕円球にみる夢』放送中。
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