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モーター スポーツ コラム 2024年5月27日

フリー走行での地道な努力~牧野任祐がSF初優勝を手繰り寄せた瞬間~

モータースポーツコラム by 吉田 知弘
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悲願のスーパーフォーミュラ初優勝を果たした牧野任祐

2ヶ月ぶりの開催となった2024全日本スーパーフォーミュラ選手権。シーズン第2戦の舞台は九州・大分県にあるオートポリスだ。ここ数年は戦略勝負になることが多く、さまざまなドラマが生まれるラウンドとして知られるが、今年も多くのファンの心に刻まれる1戦となった。

まずは予選で魅せたのは、今季初めてスーパーフォーミュラに参戦する岩佐歩夢(TEAM MUGEN)だ。予選Q1から接戦のタイムアタック合戦が続く中、Q2ではライバルを0.3秒以上引き離す1分26秒632をマークし、初のポールポジションに輝いた。

スーパーフォーミュラ初PPを獲得した岩佐歩夢

2025年にはF1に乗ると宣言して、スーパーフォーミュラに挑戦している岩佐。しっかりと準備をして臨んだはずの開幕戦は、予選11位、決勝9位と不本意な結果に終わってしまった。4月のF1日本グランプリではフリープラクティス1出走を果たして大きな注目を集めたものの、本人の中は「SF開幕戦での敗戦」がとにかく悔しかった様子。時間があれば15号車担当の小池智彦エンジニアとミーティングし、開幕戦で良くなかった部分の振り返りと第2戦オートポリスに向けた準備を行ってきた。それが功を奏し、Q2で見事なトップタイム。2番手から7番手まで、わずか0.150秒以内にひしめく接戦のなか、岩佐だけが群を抜いて速かったということで『今週は岩佐が強いのではないか?』という雰囲気が漂い始める。

一夜明けた19日(日)の決勝日。朝のフリー走行2回目では主にロングランのセッティング確認を各車が行っていたが、ここでも速さをみせたのが岩佐。セッショントップタイムであることはもちろん、ロングランのペースも1分31秒台で安定していた。

岩佐への注目が大きくなっていく一方だったが、その影で逆転に向けてコツコツと準備を進めていたのが、2番グリッドの牧野任祐(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)だ。彼はフリー走行2回目の間、ホームストレートを通過するたびに、通常の走行ラインとは違うピットウォール側のラインを通っていた。

オートポリスは、1コーナー(ナカヤマ精密コーナー)に対して、ポールポジションのグリッドがイン側にあるレイアウトとなっている。それでも、通常の走行ラインはギリギリまでイン側(奇数グリッド列側)を走って、コーナー手前でアウト側に寄っていくという流れになる。

牧野任祐(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)

そのため、他のサーキットと同様に奇数グリッド列側がメインの走行ラインとなってグリップ力も上がる一方、偶数列側のラインは誰も通らないため路面が埃っぽい。これで決勝スタートを迎えるとスタートダッシュに差が生じる可能性もある。そこに目をつけた牧野は、ひたすら2番グリッドを通るラインで走り続け、決勝レースに備えた。それがスタートで結果となって現れた。

ポールポジションの岩佐は動き出しの反応は良かったものの、そこからホイールスピンがあり加速が鈍った。その一方で牧野はしっかりとダッシュを決めて岩佐に並ぶと、オーバーテイクシステムでパワーアップして、ホールショットを奪ったのだ。

スタートで前に立てたことがひとつのターニングポイントだったと語る牧野。そこから着実に後続との差を広げていくが、真後ろを走る岩佐と10周目にピットインしてアンダーカットを狙う山本尚貴(PONOS NAKAJIMA RACING)とのギャップを見ながらの走行。24周目にピットインを決断した。

「前にさえ出られれば絶対こっちに分があるということは分かっていました。それも含めて本当に良いタイミングでピットに呼んでもらえたと思います」と牧野。僅差ではあったが山本の前に復帰し、トップを死守。そこからフレッシュタイヤの利点を活かし、一気にギャップを広げていった。

終盤、2番手に浮上した岩佐がペースを上げて追ってくるが「セーフティカーのリスクもあったのでタイヤをセーブしていました」と、牧野も冷静に対応。最後まで確実にトップの座を守り抜き、悲願のトップチェッカーを受けた。

参戦6年目で掴んだ初勝利に、ウイニングランでは大号泣しながら「アレックスが勝って、都史樹が勝って、仁嶺も勝って、格之進も勝って……」と、過去に勝利していったチームメイトの名前を挙げた牧野。レース直後にも関わらず、それだけドライバーたちの名前が鮮明に出てくるほど、彼にとっては苦い思い出だった。

牧野はレース後喜びを爆発させた

2019年7月14日、雨の富士スピードウェイ。力強い走りでレースを制したのはアレックス・パロウだった。この時、牧野は10位。初ポールポジションは自身の方が先で注目度も高かったが、1勝目を先に奪ったのはチームメイトだった。

2020年12月6日、冬の鈴鹿サーキット。この年はコロナ禍に伴うスケジュール変更で、いつもより遅い鈴鹿ラウンドで、この時では珍しいダブルヘッダースケジュールとなった。その2戦目でチャンピオンを争うライバルがトラブルで脱落するなか、トップに立った大湯都史樹が涙の初優勝。この時、チームメイトだった牧野は8位に終わった。しかも、この直後に牧野は髄膜炎を発症し、翌年のシーズン中盤まで欠場を余儀なくされた。

その髄膜炎から復帰2戦目のレースとなったのが、2021年6月20日のスポーツランドSUGO。このレースを制したのが、同時期にヨーロッパでレースをしていた経験のある福住仁嶺だ。この時の牧野は力強い走りをみせるも5位にとどまり、チームメイトである福住の初優勝を祝福した。

そして、牧野が語る「一番辛かった瞬間」だという2023年10月29日。シーズン最終戦を制したのは、当時ルーキードライバーでだった太田格之進だ。この年の第6戦富士で自身2度目のポールポジションを獲得するも、決勝ではリアム・ローソンに逆転負けを喫し、悔しい2位フィニッシュ。“次こそは”と臨んだ第7戦もてぎでは、スタート直後のアクシデントに巻き込まれ、宙を舞う大クラッシュを喫した。幸い大きな怪我はなかったものの、マシンは全損状態でモノコックを交換して最終大会に臨むこととなり、手探り状態のなかで10位フィニッシュ。ちなみに前日の第8戦も太田にスタートで逆転され、4位と表彰台を逃した。この時も太田を祝福するコメントをしつつも、その表情は悔しさに満ち溢れていた。

「とにかく落ち込むだけ落ち込みました。でも、次のレースが来ると色々と考えないといけないことも出てくるので、そこで切り替えないといけなくなります。それまで自分から何かをするわけではなく、ひたすら落ち込みました」

その辛さ、悔しさ、もどしかしさが、パルクフェルメで流した大粒の涙に詰まっていたのかもしれない。

文:吉田 知弘

吉田 知弘

吉田 知弘

幼少の頃から父親の影響でF1をはじめ国内外のモータースポーツに興味を持ち始め、その魅力を多くの人に伝えるべく、モータースポーツジャーナリストになることを決断。大学卒業後から執筆活動をスタートし、2011年からレース現場での取材を開始。現在ではスーパーGT、スーパーフォーミュラ、スーパー耐久、全日本F3選手権など国内レースを中心に年間20戦以上を現地取材。webメディアを中心にニュース記事やインタビュー記事、コラム等を掲載している。日本モータースポーツ記者会会員。石川県出身 1984年生まれ

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