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2023“SF鈴鹿決戦”チャンピオン候補2|野尻智紀 ~3連覇という大偉業への挑戦「僕も“日本一速い男”と呼ばれたい」~
モータースポーツコラム by 吉田 知弘野尻智紀(TEAM MUGEN)
今年は大混戦のチャンピオン争いに注目が集まる2023全日本スーパーフォーミュラ選手権。いよいよ10月28日・29日に鈴鹿サーキットで最終大会が行なわれる。
前回からチャンピオン候補となるドライバーたちをピックアップしているが、第2回目となる今回は、ランキング3番手で逆転王座、そして前身のフォーミュラ・ニッポンを含め、スーパーフォーミュラでは前人未踏となる3年連続ドライバーズチャンピオン獲得を狙う野尻智紀(TEAM MUGEN)に焦点を当てる。
【第1回:宮田莉朋 ~遠回りしながらも、自信を深めてきた日々~】
https://news.jsports.co.jp/motorsports/article/20190310226022/
ここ数年でスーパーフォーミュラをはじめ、国内モータースポーツを観始めたという人にとっては「野尻智紀=安定して強く、速いドライバー」という印象が定着しているだろうが、昔から他を圧倒するパフォーマンスを見せていたというわけではない。国内の頂点に立つまでに、数多くの苦労を経験してきたドライバーでもある。
昨季SF連覇を達成した野尻。
野尻がスーパーフォーミュラにデビューを果たしたのは2014年。DOCOMO TEAM DANDELION RACINGからの参戦だった。この年は、車体がダラーラ『SF14』に切り替わり、エンジンも2リッター直列4気筒ターボエンジンが導入されるなど、国内トップフォーミュラの歴史のなかでも、大きな変化を迎えた1年だった。
この年も、ホンダとトヨタの2メーカーがエンジン供給を行なっていたが、この年は非常に大きな差が生まれ、開幕前のテストではトヨタ勢が上位を独占。ホンダ陣営はラップタイムでトップから2秒も引き離される事態となった。
淡々と戦うトヨタ勢に対し、悲壮感が漂っていたホンダ勢。その勢力図はシーズンが開幕しても変わらず、トヨタエンジンを搭載するチームとドライバーで毎回表彰台を独占。ホンダ陣営は、ようやくポイント圏内(当時は8位以内)に1台入るという戦いを強いられていた。
その中で、陣営全体で改善に取り組み、ライバルとの差を縮めていったホンダ。第6戦SUGOでは山本尚貴がポールポジションを奪い、野尻が2番手に入り、このシーズンでは初めてホンダ勢がフロントロー(予選最前列グリッド)を独占した。
決勝では、スタートで出遅れた山本を抜き去ってトップに浮上した野尻。ピットストップの関係で途中ライバルにその座を明け渡したが、残り4周で再び首位に返り咲き、ルーキーイヤーで初優勝を飾った。(ちなみに、このシーズンでホンダ勢がスーパーフォーミュラで獲得した表彰台は、この野尻の1回のみだった)
ウイニングランの間は、コックピットのなかで涙が止まらなかったという野尻。気持ちを落ち着かせて、パルクフェルメでは満面の笑みでガッツポーズをみせた。
この勢いで、野尻は2014年のルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得。当時のスーパーフォーミュラ界は「期待の若手が、また1人出てきた!」と話題になり、注目度も一気に上がっていく。
その後は2015年、2016年、2017年と、キャリアを積み重ねていくなかでポールポジションをはじめ上位グリッドに顔を出す機会も増え、表彰台に乗る回数も増えていくのだが……周囲が期待する“2勝目”をなかなか手にできない。そうこうしている間に、ホンダエンジンを搭載して戦うドライバーが次々と活躍していった。
2016年には、ダンディライアンにストフェル・バンドーンが加入。開幕戦でいきなり表彰台を獲得したほか、初走行となった富士スピードウェイではウエットコンディションでポールポジションを獲得したのをはじめ、シーズン2勝を記録する活躍をみせた。
一方の野尻は、第6戦SUGOでの3位表彰台が最上位。やはり同じチームということで、どうしても比較対象となり、苦しい思いをするシーズンだった。このシーズンを経て、バンドーンは翌年F1へステップアップを果たした。
さらに2017年には、現在もF1で活躍中のピエール・ガスリーが来日。初参戦ながら2勝を記録し、ランキング2位&ルーキー・オブ・ザ・イヤーを獲得した。2018年は、山本が3勝をマークしてシリーズチャンピオンに輝いた。SF14が導入されてからトヨタ陣営に獲られ続けてきたドライバーズチャンピオンの座を、ホンダ勢に初めてもたらした。
その一方で、なかなか結果が出ない野尻。2017年にはランキング17位に終わり、彼のスーパーフォーミュラキャリアの中では“どん底”に近い状態だったことは、言うまでもない。
そんな野尻に、大きな転機が訪れる。SF19に車両が入れ替わる2019年はホンダ陣営がドライバー体制を大幅に変更。前年王者の山本と入れ替わる形でTEAM MUGENに加入した。そう、昨シーズンは無敵に近いほどの強さを誇った“野尻智紀 × TEAM MUGEN”のパッケージは、ここが出発点だった。
そして、野尻にとって“ターニングポイント”となったのが、スポーツランドSUGOで行われた2019年第3戦。ポールポジションに山本、2番手には野尻がつけた。決勝レースはスタートから安定したペースでリードしていく山本に対し、野尻は早めにピットストップを済ませる戦略で逆転を試みるも、山本とのタイム差は離れていく一方。スタート時は後ろにいたルーカス・アウアーに逆転されてしまう。
何としてもポジションを上げたかった野尻は、レース終盤の1コーナーでオーバーテイクを試みるも、止まりきれずにスピンを喫しリタイア。焦りが募ったのか、限界を超えるドライビングが招いた結果だった。
レース後の取材に応じてくれた野尻は、戦略面がスピンしたときの状況を説明してくれるが、その途中で「自分の判断が間違っていたのかもしれない」と話すと、急に黙り込んでしまい、目からは涙が溢れていた。“悔しさ”なのか、“不甲斐なさ”なのか……。彼の胸に何か大きなものが刻み込まれた1戦だったと言えるだろう。そこから野尻は強くなっていった。
悔しいSUGO戦から約1年後の、2020年第4戦オートポリス大会。相手はまたしても山本だった。予選では1年前とは逆に野尻がポールポジションを獲得し、山本は3番手からスタートした。彼らがとったレース戦略は奇しくもSUGOの時と似ており、野尻が先にタイヤ交換を済ませ、山本は終盤までコース上に留まり、自身のピットストップに必要な時間を稼ごうとした。
直接2台が前後に位置してのバトルではなかったが、まるで目の前にライバルがいるかのようにラップタイムを削り合っていった2人。最終ラップもお互いが残っているオーバーテイクシステムを全て使い切っての攻防戦を繰り広げた末、先にチェッカーフラッグを受けたのが、野尻だった。
パルクフェルメではガッツポーズをみせていたが、優勝した嬉しさを爆発させているというよりは、自身がコツコツと積み重ねてきた努力が結果につながったに対して、自信を深めていた表情をしていた。
翌2021年はコロナ禍で奮闘する医療従事者への感謝のメッセージが大きく描かれたカラーリングで参戦した。開幕戦から絶好調で、シーズン3勝をマーク。7戦全てを6位以内でフィニッシュする活躍を披露し、最終戦を待たずに初のシリーズチャンピオンに輝いた。
コロナ禍でチームと会える時間も限られるなど、スーパーフォーミュラを戦う上でも制限があったシーズンだが、野尻は徹底的にマシンのセッティングや過去のレース展開を徹底的に分析。疑問があれば、すぐに一瀬俊浩エンジニアに連絡して、速さと強さを見出すための方法を探り続けた。その努力が実ったシーズンだったと言える。
カーナンバー1をつけて臨んだ2022シーズンは、それがさらに進化を遂げていく。全10戦のうち6戦でポールポジションを獲得。決勝レースでも表彰台を逃したのは第4戦オートポリスと第8戦もてぎ(いずれも4位)だけという、超安定的な結果を残し、こちらもシーズン最終戦を待たずにチャンピオンを決めた。
ここまで1人のドライバーがライバルを圧倒するシーズンは、スーパーフォーミュラの歴史を見ても珍しい。その分、「どうぜ、また野尻がトップなんでしょ……」という声があったのも事実。2連覇を目標に地道にやるべきことをこなしていた野尻とっては、そういった声がストレスに感じることもあったという。
それでも“自分の任務を遂行する”ことを徹底。国内トップフォーミュラでは松田次生(2007年&2008年)以来となる2年連続チャンピオンという快挙を成し遂げた。
迎えた2023年、野尻は次なる偉業達成への挑戦が始まっている。スーパーフォーミュラでは初、国内トップフォーミュラ史では中嶋悟(1984年、1985年、1986年)以来2人目となる“3年連続シリーズチャンピオン”だ。
車両が『SF2』3に変わったこともあり、開幕前のテストから苦戦気味で、第3戦鈴鹿では大湯都史樹と接触しリタイア(ちなみに、野尻がアクシデントで決勝リタイアをしたのは先述の2019年SUGO以来)。第4戦オートポリスでは大会前日に肺気胸の診断を受け、欠場を余儀なくされた。
後半戦に入ると、雰囲気は「宮田莉朋vsリアム・ローソン」という雰囲気になっていたが、この状況を見て一番奮起していたのが野尻。第7戦もてぎでポール・トゥ・ウィンを飾り、10ポイント差のランキング3番手につけた。今までの2年は序盤からランキングをリードしてチャンピオンを獲得したが、今年はライバルを追いかける立場で最終戦を迎える。
第7戦もてぎでPP WINを飾った。
話が少し変わるが……今年3月に、野尻は日本プロスポーツ大賞の敢闘賞を受賞。各スポーツ競技で活躍した選手らと同じステージに立った。
表彰式終了後、ロビーで談笑していた時に「僕も“日本一速い男”と呼ばれたいなぁ……」と呟いた野尻。その時の表情と言葉が、今でも筆者の記憶には鮮明に残っている。
絶対王者という印象が定着しているが、そのさらに上を目指し日々努力している野尻。3連覇という偉業をかけた大一番……いよいよ今週末、その幕が上がる。
文:吉田 知弘
吉田 知弘
幼少の頃から父親の影響でF1をはじめ国内外のモータースポーツに興味を持ち始め、その魅力を多くの人に伝えるべく、モータースポーツジャーナリストになることを決断。大学卒業後から執筆活動をスタートし、2011年からレース現場での取材を開始。現在ではスーパーGT、スーパーフォーミュラ、スーパー耐久、全日本F3選手権など国内レースを中心に年間20戦以上を現地取材。webメディアを中心にニュース記事やインタビュー記事、コラム等を掲載している。日本モータースポーツ記者会会員。石川県出身 1984年生まれ
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