人気ランキング

J SPORTS IDを登録すれば、
すべての記事が読み放題

J SPORTS IDの登録(無料)はこちら

メルマガ

お好きなジャンルのコラムや
ニュース、番組情報をお届け!

メルマガ一覧へ

コラム&ブログ一覧

モーター スポーツ コラム 2023年10月13日

「苦しい時こそ、腐らずに前を向く」

モータースポーツコラム by 吉田 知弘
  • Line

No.100 STANLEY NSX-GT

いよいよ終盤戦に入った2023年のSUPER GT。今週末はオートポリスで第7戦が行われる。いつもと変わらずレースウィークが始まるような雰囲気が漂っているが…ひとつ違うことがある。2010年シーズンから毎回欠かさず参戦してきた山本尚貴(No.100 STANLEY NSX-GT)の姿がないということだ。

前回の第6戦SUGO決勝中、ピット入口付近でNo.56 リアライズ日産メカニックチャレンジGT-R(名取鉄平)と接触。コントロールを失い、外側のガードレールにクラッシュし、マシンは原型をとどめないほど大破した。

駆けつけたFROやコースマーシャルによって救助された山本は、首に痛みを訴えておりドクターヘリで近くの病院へ。最初の診断結果では異常なしとのことだったが、別の病院で精密検査を行ったところ、外傷性環軸椎亜脱臼、および中心性脊髄損傷という診断結果が出た。

医師やチーム関係者らと話し合った結果、残る今シーズンのレース全てを欠場し、治療に専念することを決断。彼のレースキャリアで初めて“一定期間の戦線離脱”を余儀なくされることとなった。

これまでスーパーフォーミュラで3回、SUPER GTで2回のチャンピオンに輝いた山本。結果だけでなく、時にはクレバーに、時には粘り強く最後まで諦めない走りで、何度も勝利を掴んできた。

山本尚貴

また、普段からファンのことを大事にし、周囲を気遣うことを忘れない。そんな人柄に惹かれて、サーキットで彼を応援するファンは多い。オリジナルのキャップやTシャツなどグッズを販売しており、それらを身につけてサーキットへ駆けつけるファンをいつも見かける。

終盤戦欠場の発表があってから、ネット上には数多くのファンや関係者から山本を心配するコメントが寄せられ、チームクニミツの公式X(旧Twitter)の発表ポストには、160件を超える返信コメントと400件近い引用ポストが投稿され、復帰を待ち、彼を気遣う声がSNS上で絶えることはなかった。

改めて、山本尚貴というドライバーが多くのファンから愛されてきたということを再確認した瞬間だった。

これまで、レース前の体調管理やトレーニングには人一倍熱心に取り組み、レースで勝利を飾るためにチームとのミーティングに時間を注ぎ込む姿を、シーズン中に何度も見かけてきた。結果を残せば、満面の笑みで喜び、その逆であれば心の底から悔しがる。その喜怒哀楽の姿は、取材中にも垣間見えることは少なくない。特に近年はホンダ陣営を代表するドライバーとして、コメントひとつを取っても、慎重に言葉を選び、責任を持って発信することを重視しているようで、筆者も彼を10年以上取材しているが、今でも話を聞く時は“プロとして取材をする“ことを心がけ、緊張感を持って臨んでいる。

山本尚貴

そんなことを振り返りながらSNSで彼を応援する数多くの投稿を見ていた時、ある言葉を思い出した。

「苦しい時こそ、腐らずに前を向いて頑張る」

これまで山本に幾度となく取材してきたなかで、彼が逆境に立たされた時に必ずと言っていいほどコメントしていた一文だ。

なかでも印象に残っているのは、2014年のスーパーフォーミュラ。前年に初めてシリーズチャンピオンに輝き、周囲からの注目度も一気に上がったのだが、この年は苦戦を強いられてしまう。

現在のスーパーフォーミュラやSUPER GTのGT500では定番となっている2リッター直列4気筒ターボエンジンの導入が始まったのが、この2014年だった。しかし、スーパーフォーミュラでは開幕前の公式テストでライバルのトヨタ陣営にラップタイムで2秒の差をつけられたほか、シーズン序盤はトラブルも多発し満足に走れない状態もあった。

カーナンバー1をつけて、ホンダ勢を引っ張る立場でもあった山本。なかなか上位に食い込めず、険しい表情ばかり見せていた。それでも…当時の取材で彼が、このことを口にしていたのだ。

人間誰しも、苦しいことや嫌なことがあると逃げ出したくなるものである。でも、それをしてしまうと次にはつながらない。ここで歯を喰いしばって踏ん張るからこそ、自身の成長につながる。

もしかすると、この言葉を自分から発信することで、逃げ出しそうなる自分を奮い立たせて、踏みとどまろうとしていたのではないか…今振り返ると、そんなようにも感じる。

そんな中でも、数々の困難から目を背けずに向き合い、打開策を探ってきたからこそ、彼の強さあるのかもしれない。実際、2014年当時は苦戦を強いられていたホンダ勢が、着実に力をつけていき、2018年と2020年に国内2大カテゴリー(SF、GT500)二冠達成という偉業を成し遂げた。

2018年はジェンソン・バトンとのコンビで王者に輝いた。

「良かった時や勝った時よりも、負けた時の方が“得られるもの”が多いのかなと思います。この悔しさを晴らすには、ライバルに勝つことでしか打ち消せない。それが自分にとってモチベーションになっているのかなと改めて感じました」(2019年、両カテゴリーでタイトル防衛を逃した後に山本が発したコメント)

2021年のSUPER GT最終戦で、2022年のスーパーフォーミュラ最終戦で、それぞれ参戦100レース目を迎えた山本。両カテゴリーに同時参戦して、ここまで長く戦っているドライバーは国内レースの歴史を振り返っても、そう多くはない。レース中にみせるパフォーマンスの高さはもちろん、まさに“勝っておごらず負けて腐らず”の考えが、彼をここまで活躍できている要因なのだろう。

そして…今回の一件は、彼のレースキャリアを振り返っても、これまでにない大きな困難であることは間違いないだろう。それでも、自身のインスタグラムでは「絶対に戻ります」と締めくくるなど、レース復帰への強い決意が前面に出ていた。

「苦しい時こそ、腐らずに前を向いて頑張る」

おそらく、今も病院のベッドの上で、この言葉を胸に刻んで復帰のために治療に臨んでいるのではないだろうか。

今もファンの中には心配している人も多く、なかには遠くから声援を贈り続けることしかできず、歯がゆい想いをしているファンもいるかもしれないが、山本が諦めずに頑張っているように、我々も諦めずに彼がサーキットに戻ってくる日を待ち続けたいと思う。

何より、こういったことが二度と起きないように、シリーズとしても抜本的な対策が迫られている。今週末のGTA定例記者会見で何らかの方針が示されるはず。それについては、別の機会にお伝えしたい。

文:吉田 知弘

吉田 知弘

吉田 知弘

幼少の頃から父親の影響でF1をはじめ国内外のモータースポーツに興味を持ち始め、その魅力を多くの人に伝えるべく、モータースポーツジャーナリストになることを決断。大学卒業後から執筆活動をスタートし、2011年からレース現場での取材を開始。現在ではスーパーGT、スーパーフォーミュラ、スーパー耐久、全日本F3選手権など国内レースを中心に年間20戦以上を現地取材。webメディアを中心にニュース記事やインタビュー記事、コラム等を掲載している。日本モータースポーツ記者会会員。石川県出身 1984年生まれ

  • Line

関連タグ

あわせて読みたい

J SPORTS IDを登録すれば、
すべての記事が読み放題

J SPORTS IDの登録(無料)はこちら

ジャンル一覧

J SPORTSで
モーター スポーツを応援しよう!

モーター スポーツの放送・配信ページへ