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モーター スポーツ コラム 2022年12月7日

野尻智紀 “王者”にふさわしい底力と驚異の対応力

モータースポーツコラム by 吉田 知弘
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スーパーフォーミュラ連覇を果たした野尻智紀(TEAM MUGEN)

4月に開幕を迎えた2022全日本スーパーフォーミュラ選手権も、10月末の鈴鹿大会で最終大会を迎えた。年間チャンピオンが決まる週末で、改めて我々は“王者の真の強さ”を目の当たりにした。

第8戦を終了した時点のポイントでライバルを大きくリードする野尻智紀(TEAM MUGEN)と、それを追いかけるサッシャ・フェネストラズ(KONDO RACING)と、平川亮(carenex TEAM IMPUL)が、今年のチャンピオン候補となっているのだが、30ポイント以上リードしている野尻が、早ければ土曜日の第9戦で王座を決定する可能性が高いと思われていた。

もし、そうなれば2007年・2008年に松田次生が成し遂げて以来、14年ぶりに「国内トップフォーミュラ連覇」の偉業達成となる。そこに我々メディアをはじめ、多くのファンも注目していたのだが、それが野尻自身にとってはプレッシャーとなっていた。

今まで、チャンピオンらしい堂々とした感じで、メディアの取材に答えていた印象があった野尻。最終大会で恒例となっているチャンピオン候補ドライバーが出席しての記者会見「フライデーミーティング」で、今シーズンの中では……おそらく初めて、この重要な場面で「連覇へのプレッシャー」を口にした。

「今思うと、昨年のこの(チャンピオン候補)会見は楽しかったなという印象があります。やっぱり、心境はだいぶ違いますね。今年の方がだいぶピリピリした自分がいるなという印象です。最終大会はダブルヘッダーで、流れを掴めなかったら、逆転される可能性もけっこうあるのではないかと思っています。そこを乗り切るというのがどれだけ大変か……それを自分たちが一番分かっていると思うので、このダブルヘッダーというのが、僕たちを余計苦しめているなという感じです」

現在のスーパーフォーミュラはチーム・ドライバーともに非常にレベルが高く、ほんの少しのズレでグリッド後方に沈んでしまうことも珍しくない。もちろん、“王者”野尻も例外ではなく、一歩間違えば奈落の底に落ちてしまい、ポイント圏外に追いやられる可能性も十分に秘めていた。

それでも野尻とTEAM MUGENは、その“ギリギリのライン”をくぐり抜け、最後の鈴鹿大会まで1位~4位以内でフィニッシュするという、かつて稀にも見ないほどの好成績を残していた。

しかし、こうして結果を残せば残すほど、レースを闘っている当人たちにとっては、プレッシャーとして、その背中に大きくのしかかっていたのだ。

そんな中で迎えた最終大会の金曜日のフリー走行。ここまで、安定していたTEAM MUGENが、シーズンの中で最も重要な場面で、今季最大のピンチを迎えた。

もてぎ大会からの約2ヶ月間、チームが考えに考え抜いて鈴鹿大会用の持ち込みセッティングを考えていたのだが、それが思うように機能せず苦戦。笹原右京が11番手、野尻に至っては、まさかの16番手タイムに終わった。週末の走り出しで、マシンバランスが合っていないことは、今季も何度かあったが、今回のTEAM MUGENピットの雰囲気は、それらとは全く違っていた。

いつもは、セッション後に時間を見つけて取材に応じてくれる両ドライバーなのだが、今回は金曜日夕方に開催されるドライバーズブリーフィングまでの時間、エンジニアとのミーティングを優先し、ピット裏に全く出てこなかった。

ブリーフィング前に野尻が囲み取材に応じてくれるも「けっこうヤバいです」と開口一番。取材時は笑顔を見せてくれたものの、その目を見ると、決して余裕がある感じではなく……どちらかというと「今季ワーストの走り出し」という雰囲気が伺えた。チームメイトの笹原も、ドライバーブリーフィングの時間ギリギリまでチームとミーティング。こんなにバタバタしているTEAM MUGENを見るのは、今季初めてのことだった。

一方、逆転チャンピオンを狙うフェネストラズは3番手、平川も6番手につけ、調子は上々の様子。

“もしかすると、ここにきて流れが変わるのか?”

そんな違和感を感じながら、金曜日のサーキットを後にした。

【一晩で見事に挽回したTEAM MUGENの底力】

野尻智紀(左)と笹原右京(右)

迎えた土曜日の第9戦。今回は2レース制ということで、朝9時過ぎから公式予選が始まる。気になるTEAM MUGENの挽回はあるのか? 関係者やファンが固唾を飲んで見守る中、Q1が始まると……昨日までの流れとは全く逆の展開が起こった。

A組の笹原右京が1分37秒302でQ2進出を果たすと、B組の野尻智紀も1分36秒931をマークし、共にトップタイムではなかったものの、しっかりとQ2にコマを進めた。

そして、圧巻だったのはQ2のアタックだ。Q1の時点では、ライバルに先行されている状態だったが、短いインターバルの間に、マシンセッティングの微調整を行い、さらにタイムを更新してみせた。特に2連覇をかける野尻&1号車メンバーは大幅なタイム更新を実現。実にQ1から0.9秒もタイムアップし、1分36秒020をマーク。2番手以下に0.242秒もの大差をつけ、ポールポジションを手にした。さらに相方の笹原も1分36秒452で4番手につけ、TEAM MUGENは前日の不調を一気に取り返す活躍ぶりを見せた。

これに対し、逆転チャンピオンを狙うライバルたちは一転して苦しい展開に追い込まれる。フェネストラズは、ここにきてパフォーマンス不足に悩まされ、16番手に沈み、Q1B組で2番手通過を果たし、一時は上位グリッドも期待された平川もQ2では伸び悩み、11番手に終わった。

今のスーパーフォーミュラは、全体が僅差な上に予選までに走行できる時間も限られている。ゆえに、フリー走行の走り出しが悪いと、その流れを最後まで引きずってしまう可能性も十分にあるのだ。なのに、TEAM MUGENの2台は、たった一晩で課題を克服し“いつも通り”トップに上り詰めた。

「最終戦に向けてふたりのドライバーともがポール・トゥ・ウィンを狙ってクルマを作ってきましたけど、それがなかなか狙いどおりに行かないってのがスーパーフォーミュラの難しいところで……。さらに、あのフリー走行の時間内で修正できずに終わってしまって、本当に不安でしかなかったです。金曜日の夜は9時、10時ぐらいまでドライバー、エンジニアが残って、解析等を行なっていました。そこまでドライバーが残ることはないんですけども、遅くまで悩んでやった結果、うまくいきました」

「ただ、野尻も右京も(第9戦)予選が始まる前までは本当も不安な顔でしかなく『どうなるのか?』といういうプレッシャーもありましたが……予選が始まってふたりともQ1を突破したっていう部分でちょっとひと息つけたというか、安心したところはありました」(田中監督)

これで勢いを取り戻したTEAM MUGEN。午後の決勝レースでもレースを支配していく。

【最終大会の鈴鹿で魅せた!笹原右京、渾身の31ラップ】

笹原右京(TEAM MUGEN)

野尻の2連覇決定の瞬間が見られる可能性が高まった第9戦決勝。スタート前のグリッドでは、多くのメディアが野尻を取り囲み、その一挙手一投足に注目した。しかし、レースが始まると、彼以上にキレのある走りをみせたのはチームメイトの笹原だった。

5番グリッドから好スタートを決めてポジションを2つ上げると、2番手の大湯都史樹(TCS NAKAJIMA RACING)に対して積極的に仕掛けていき、4周目の1コーナーで攻略。丸1日前は苦戦を強いられていたのが幻だったかのように、TEAM MUGENの2台がレースを支配した。

10周目を完了するところでピットウインドウが開くのだが、ここでもTEAM MUGENが先に動きを見せる。2番手の笹原が真っ先にピットインしタイヤ交換をすませると、翌11周目には野尻もピットイン。通常だと、先に仕掛けるのは後方集団で、先頭集団は中盤あたりまで引っ張って様子を見るというイメージが強いのだが、セーフティカーが入るリスクやライバルの動向を見て早めに動いた。

それが功を奏し、同じ前半のタイミングでピットストップを終えたライバルに逆転されることなく、野尻と笹原は実質的なワンツーをキープしたのが、ここで笹原が野尻を抜いてポジションをあげる。

ピットストップ直後で十分にタイヤが温まっていないなか、無理にバトルをすると、後半にタイヤが苦しくなることを予想した野尻は無理に抑え込むことをしなかった。

“一番の目標はチャンピオンになること”

改めて、この第9戦の戦いぶりをみて、それが徹底されていることが感じ取れた。

一方の笹原は、1分41秒台前半のペースをキープし、野尻を引き離す勢いで周回を重ねていった。宮田莉朋(Kuo VANTELIN TEAM TOM’S)や平川亮(carenex TEAM IMPUL)がレース終盤までピットストップを引っ張る戦略でいたため、少しでも気を緩めれば彼らに逆転される恐れがあった。だが、この日の笹原はそんな心配を感じさせないくらいの力走をみせた。

全車がピットを済ませると、再びトップに浮上。2番手には野尻がつけたのだが、その差は7.6秒に広がっていた。何事もなければ、トップは安泰という状況だったが、笹原は最終ラップまで1分41秒台を刻み、最終的に12.5秒もの大量リードを築いて、今季2勝目を挙げた。

彼にとっての初優勝だった第6戦富士では、セーフティカー導入のタイミングなどが味方し、大幅に順位を上げることができた。ある意味で“運の要素”が大きかった1戦ではあった。だからこそ、“純粋な速さ”をみせつけて優勝を飾りたいという思いは強かったようだ。

「とにかく勝つことしか考えていませんでした。トップに立ってから、ペースをコントロールするという選択肢もありましたけど、僕自身としては全てを出し切りたかった。自分の速さとチームの強さを存分に見せつけたかったです。その結果、こういう形で締め括れたので、非常に良かったです」

結果的に、王者野尻を凌駕する勢いをみせ、TEAM MUGEN初のチームタイトル獲得にも大きく貢献する勝利となり、リザルト以上に得たもののあった最終戦となった。

そして、終始堅実な走りをみせて2位に入ったのが野尻。2年連続でのドライバーズチャンピオンが決定。パルクフェルメでは、珍しく雄叫びをあげながらガッツポーズをみせた野尻。これまでチャンピオン獲得のために、相手の戦略に合わせたレース運びをするなど“優勝を目指す”のではなく“確実にポイントを稼ぎに行く”ことを徹底していた。

記事冒頭でも触れた通り、国内トップフォーミュラで2年連続ドライバーズチャンピオンに輝くのは2007年・2008年の松田次生以来の14年ぶり。しかも、野尻に関しては2シーズンとも最終戦を待たずに王座を決めるという、圧倒的な強さをみせた。

結果を残せば残すほど、周囲の期待が高まり、自身に重圧としてのしかかっていった。特に最終大会では、いつもと違う表情を見せており、かなりプレッシャーを感じている様子だったが……そこから解放され、彼の表情には再び笑顔が戻っていた。

【“連覇”という任務から解き放たれた王者、最終戦で魅せた真の強さ】

野尻智紀(TEAM MUGEN)

歓喜の瞬間から一夜明けた鈴鹿サーキットでは、今シーズンの最終戦となる第10戦の予選・決勝が行われた。すでにドライバーズタイトルとチームタイトルが決定したものの、来季につなげるために少しでも良い結果を残したいライバルたちが、予選Q1から積極的な走りをみせていった。

だが、それ以上に速さをみせたのが……2連覇王者となった野尻智紀だった。

前日に自身が記録したタイムをさらに上回る1分36秒003をマーク。宮田に0.040差まで迫られたが、見事シーズン6回目となるポールポジションを獲得した。

予選後の公式映像のインタビューでも「勝つことだけを考えてレースに臨みます」と、力強く語っていた野尻。決勝になると、“ぶっちぎりの強さ”を披露する。

前日の第9戦では、一度もイエローフラッグが出ないクリーンなレース展開となったが、第10戦は最終戦で少しでも上を目指したいドライバーも多かったこともあってか、序盤からセーフティカーが出るなど、波乱のレース展開となった。

そんな中で、ポールポジションスターとなった野尻は、要所要所で強さを見せる。1度目のセーフティカーが解除された3周目には、逃げるためのオーバーテイクシステムを使い、前日の決勝ペースより速い1分39秒798をマーク。2番手を走る大津弘樹(DOCOMO TEAM DANDELION RACING)に対し、この1周だけで1.9秒ものリードを築いた。

その後も、積極的にタイムを刻んでいき、序盤の数周は1分40秒台をキープ。それまでの“チャンピオン獲得のために”走っていたレースとは打って変わり、自ら展開を仕掛けていく“勝ちにいくための”走りに変わっていた。

13周目に2度目のセーフティカーが導入されたことで、それに合わせてピットストップを行ったが、トップで迎えた2度目のレース再開時には、加速するポイントをわざと変えるなど、後方への牽制も忘れない野尻。そこからは、前半同様に後続を圧倒するレースを披露。4月の第2戦富士以来となる今季2勝目を飾った。

「ずっとポールから勝てないというようなレースが続いていて、個人的にはどうしても勝ちたいなという思いがどんどん強くなったときもありました。でも、『今はチャンピオンを見据えて走るときだ』と自分に言い聞かせていたところがシーズンずっと続いていました。今回はもう何もないんで、かなりリスクをとって最初から常にプッシュし続けて、“自分へ挑戦するレース”にしたいと僕自身思っていました。個人的には、今まででベストなレースができたんじゃないかなと思います」(野尻)

改めて、王者野尻の速さと強さ、その下支えとなっているTEAM MUGENの底力を見せつけられた最終大会。大混戦と言われる今のスーパーフォーミュラで、ここまで頭ひとつ抜けるパフォーマンスを見せるのは、非常に珍しい例だ。それだけ、今の彼らには“最強”という言葉がふさわしいのだろう。

文:吉田 知弘

吉田 知弘

吉田 知弘

幼少の頃から父親の影響でF1をはじめ国内外のモータースポーツに興味を持ち始め、その魅力を多くの人に伝えるべく、モータースポーツジャーナリストになることを決断。大学卒業後から執筆活動をスタートし、2011年からレース現場での取材を開始。現在ではスーパーGT、スーパーフォーミュラ、スーパー耐久、全日本F3選手権など国内レースを中心に年間20戦以上を現地取材。webメディアを中心にニュース記事やインタビュー記事、コラム等を掲載している。日本モータースポーツ記者会会員。石川県出身 1984年生まれ

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