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幸先よく先制ゴールを決めた植中朝日
サッカーというスポーツの恐ろしさと面白さを思い知らされたゲームだった。
4月24日に行われたAFCチャンピオンズリーグ(ACL)準決勝第2戦。横浜F・マリノスと韓国の蔚山現代(ウルサン・ヒョンデ)FCの試合は、まさに“死闘”だった。
一応、おさらいをしておこう。アジア・ナンバーワンクラブを決めるACLは東地区と西地区でそれぞれ準決勝までを行い、勝者同士が5月の決勝で対戦する。西地区ではすでに前日(日本時間24日早朝)にUAEのアル・アインがサウジアラビアのアル・ヒラルを破って決勝進出を決めていた。
一方、東地区の準決勝では韓国・蔚山で行われた第1戦ではホームの蔚山が1対0で勝利しており、横浜FMが決勝に進むには第2戦では2点差以上で勝利する必要があった。
そのため、横浜FMは非常にアグレッシブに試合に入った。
長くて速いパスを通して何度かチャンスをつかんだ後、右サイドで植中朝日からのパスを受けた右サイドハーフのヤン・マテウスが中央へパス。このボールがアンデルソン・ロペスに触れてゴール正面にいた南泰熙(ナム・テヒ)に渡る。南泰熙はこのボールを完全にコントロールできなかったが、ボールがこぼれたところに植中が走り込んで決めて、13分で横浜FMが先制した。
植中朝日のゴールで横浜FM が先制
そして、21分には中央でエウベルとのパス交換の後、抜け出したアンデルソン・ロペスが一瞬の隙を衝いてシュートを決め、さらに30分には南泰熙のパスを受けて大きく持ち出した植中が思い切ってドライブをかけたミドルシュートを決めて、横浜FMが3対0とリードする。
アンデルソン・ロペスが追加点を決め横浜FM がリード(2戦合計2-1)
パスの正確さとスピード。パスを出した後、足を止めることなく前線の選手を追い越していくアグレッシブな動き。右サイドバックの松原健、左サイドバックの永戸勝也も躊躇いなく最前線まで飛び出していく……。
横浜FMにとっては、今シーズン最高、いや、アンジェ・ポステコグルー監督(現・トッテナム・ホットスパー監督)退任以来最高の出来だったのではないか。
こうして、横浜FMが30分までに3ゴールを奪ったことで、スタジアムはお祭りムードに包まれた。「さらに追加点を奪って圧勝」と誰もが思った。
しかし、そこには大きな落とし穴があった。
たしかに試合は3点差だった。普通に考えれば、勝利の確率は相当に高い。だが、この時点で第1戦との合計スコアは3対1なのである。つまり、まだ「2点差」だったのだ。
しかし、「3点差」という錯覚が生じていた。
3ゴールを連取した横浜FMに若干の緩みが見られ、守備の強度がほんの少し落ちた(キックオフ直後から強度の高いプレーを続けてきた疲労の影響もあった)。
そして、蔚山の洪明甫(ホン・ミョンボ)監督は34分にカードを切った。
「後半から投入するつもりだった」(同監督)ダリヤン・ボヤニッチを投入したのだ。
前半39分、一発レッドの判定で横浜FMは1人少なくなる
ボヤニッチはセントラルMFだが、自由にポジションを変える、いわゆるフリーマン。左右に大きく動いて、パスを駆使してスペースに走り込む味方を使う。しかも、非常にスピードがある選手だった。そのため、横浜FMの守備陣はこのボヤニッチを捕まえられずに、受け身になってしまった。
35分にはCKからニアで合わせたマテウス・サレスがヘディングで決める。そして、横浜FMの選手たちは、ここで実質的には「1点差」となったことに気づく。
それまでは第1戦での敗戦を引っくり返すためにアグレッシブな姿勢を持っていた横浜FMの選手たちは、“1点差”とされてすっかり浮足立ってしまったのだ。
さらに、試合は息つく間もなく動いていく。
39分にはボヤニッチが正面やや左からドリブルで持ち込み、ボヤニッチからパスを受けた右サイドの厳原上(オム・ウォンサン)がシュートの体勢に入ったところでDFの上島拓巳がスライディングを仕掛けると、雨に濡れたピッチで上島の体が厳原上の前で大きく滑って後ろに残した手にボールが当たって、ハンドの反則を取られてしまった。PKだ。
さらに、このプレーを決定的得点機会の阻止と判断したファガニ・アルレザ主審(イラン)は上島にレッドカードを提示する(上島は腕を動かしていたわけではないのだから、これはかなり厳しい判定と言わざるを得ない)。
ボヤニッチがPKを決めて、2試合合計で3対3の同点。そして、横浜FMは1人少ないままで残り時間を戦わなければならなくなってしまったのだ。
しかし、横浜FMのハリー・キューウェル監督は慌てて選手交代はせずに、MFの榊原恵悟を最終ライン(右サイドバック)に下げて前半を終えさせ、ハーフタイムで本職のセンターバック、エドゥアルドを入れて最終ラインを立て直した。
この判断は、欧州のトップクラブで経験を積んだキューウェル監督らしい勝負勘だった。
こうして、数的劣勢に陥った横浜FMは専守防衛。蔚山が横浜FMのゴールに対してシュートの雨を降り注ぐが、横浜FMはGKのポープ・ウィリアムの好守やDFのシュートブロックで耐え忍ぶ。蔚山のシュートミスやゴールポストに助けられた場面もあったが、それも横浜FMの選手がシュートコースに体を入れて粘り強く守備をしたことの結果だ。
前半30分までは思い描いた通りの理想的な展開で3ゴールを奪った横浜FMだったが、その後は延長戦まで含めた120分間は本来やりたいはずの攻撃サッカーを放棄して割り切って守備に徹した。
横浜FMが3点を連取した後にプレー強度を落とし、そのタイミングで蔚山はボヤニッチを投入。2試合合計で同点となって、上島が一発退場となった……。そうした様々な要素が絡み合って試合の流れはすっかり変わったのだ。
上島の退場によって横浜FMは守りに徹するしかなくなったのだが、実は蔚山にとってもあの退場の判定は不運だったのかもしれない。
もし、一発退場の判定がなく、横浜FMが11人でそのまま戦っていたら、さらに失点していた可能性が高い。横浜FMはかなり浮足立っており、蔚山はボヤニッチ投入以来、良い形で得点機会をつかんでいたからだ(もちろん、横浜FMもさらに得点することができただろうから、点の取り合いになっていたのではないか)。
だが、実際には退場者を出したおかげで横浜FCの選手たちの守備意識が急激に高まり、PK戦に持ち込むことに成功し、決勝進出の権利を手にすることになった。
両チーム選手たちの激しくもフェアな戦い(120分間戦って、両チームとも反則は1桁)。そして、偶然が織りなしたスペクタクルだった。
雨の中での120分+PK戦の死闘の末、横浜FMがホームで勝利し決勝進出を決めた
文:後藤健生
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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