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後半に投入されると堂安律が一気に攻撃の流れを変えた
前半、タイ代表の分厚い守備を攻めあぐねていた日本代表は、後半に入って堂安律を投入することで大きく流れを変え、5連続得点で圧勝した。
堂安の貢献は間違いないが、流れが変わったのには他にもいくつかの要因があった。
直接的には、後半に入ってタイの戦い方が変化したことだ。選手交代によってチームのコンセプトが揺らいでしまったようなのだ。
前半のタイはウィーラテップ・ポンパンをアンカーの位置に置く4-1-4-1の布陣で、攻撃に入るとパトンポン・チャルンラッタナピロムがトップに上がってくる変則的なシステムで日本の攻撃を受け止めていた。
ところが、タイではまだリーグ戦が進行中で、12月28日に試合をした選手もおり、また帰国後に試合を控えている選手もいるという。そこで、石井正忠監督は数人の選手の交代を余儀なくされる。前半、守備に貢献していたウィーラテップが退き、後半はアンカーを置かない4-4-2の形に変わったのだ。
しかし、石井監督は「前半と同じ形で戦うつもりだった」らしい。十分にトレーニングができていないので、指示がうまく伝わらなかったようなのだ。
こうして、疲労の蓄積とも相まって守備の厚みを失ってしまったのだ。そして、そこに堂安が入って攻撃の圧を増した日本の攻撃陣が襲い掛かったのだ。
つまり、アジアカップ直前だというのに、石井監督はトレーニング時間の不足に悩まされているようなのだ。
もっとも、世界中の代表チーム監督は同じ悩みを抱えているはず。日本代表の森保一監督にとっても状況は同じだ。いや、代表選手のほとんどが国内のクラブでプレーしているタイ代表と比べて、日本代表の場合は大半がヨーロッパなど国外のクラブに所属しているので状況はさらに難しいはずだ。
ワールドカップ予選は木曜日と火曜日に設定されているが、代表選手たちが週末のリーグ戦を終えてから長距離移動を経て日本に帰国すると、全員が揃うのは火曜日になってしまう。そして、水曜日には時差を含むコンディション調整と最低限の約束事を確認してすぐに試合を戦って移動。火曜日の試合を終えるとすぐに解散……。
つまり、全員が揃ってトレーニングを行う時間はほとんどないのだ。それでも、きちんとした戦いができているのは、森保監督就任以来の5年にわたる蓄積と、選手たちの意識の高さがあるからでしかない。
その点、アジアカップがある2024年1月は大きく違う。
1月4日にカタールに入って5日からトレーニングが始まる。そして、決勝戦は2月10日。つまり、決勝まで勝ち残れば、1か月以上にわたって合同トレーニングができるのだ。
今後、長期間のトレーニングができるのは、2026年のワールドカップ本大会直前の合宿までない。
つまり、日本代表にとってはアジアカップというのは優勝を争うトーナメントであると当時に、実に貴重な「カタール合宿」なのである。戦術的トレーニングを繰り返し、これまで手薄だったセットプレーのパターンも構築し、それをアジアカップという公式戦でテストすることができるのだ。少なくとも、グループリーグで対戦する相手は格下ばかりなので、思い切ったテストをすることも可能だろう。
この1か月間に作り上げた戦術が、今後の日本代表を支えることになるのだ。
そして、日本代表のスタッフはタイ戦に向けたトレーニングから、早くも戦術の徹底という作業を始めていたようだ。
前半の日本はタイを攻めあぐねて無得点に終わった。しかし、右サイドハーフの伊東純也、同サイドバックの毎熊晟矢、それにワントップの細谷真大、トップ下の伊藤涼太郎やボランチの佐野海舟などが絡んで、相手のペナルティエリア内の深い位置(いわゆるポケット)に入り込む形にさかんにトライしていた。
川崎フロンターレの右サイドには家長昭博と山根視来、脇阪泰斗などが絡んで、パスを回して相手陣内深くまで入り込むパターンがあったが、それを代表でも再現しようというわけだ。
伊東純也が多彩なプレーで攻撃にスイッチを入れる
スイッチを入れる役が伊東だった。かつては自らのスピードを生かしてドリブルで突破する選手だった伊東だが、今では多彩なプレーができるようになっている。ボールを持った伊東が自ら突破するのか、サイドバックの毎熊を使うのか、あるいはサイドに寄ってきた細谷や伊藤を使うのかを判断して、それに合わせて2人目、3人目が絡んでポケットに入り込む……。
ただ、代表デビュー戦の伊藤や代表2試合目の佐野にとっては仕方のないことかもしれないが、そうした約束事に縛られ過ぎてしまったようだ。状況によっては、約束事を崩してでも自ら強引に突破すべきような場面でも形通りのパスを選択してしまい、攻撃の迫力が失われてしまった。
その点、経験豊富な堂安は約束事も生かしながら、同時にエゴを発揮して伊東とポジションチェンジしながらゴール前に進入して何度も得点のきっかけを作った。
ただ、無得点に終わったからと言って前半の45分が無駄だったわけではない。新しいパターンを、初代表の伊藤も含めてしっかりと実践できていたし、そういうパス回しをするにはボールが収まるワントップが必要だが、細谷はその役割を十分に果たしていた。伊東からの難しいパスを収めて起点を作った場面は何度もあった。
身体を張ってボールを収める細谷真大
細谷が得点に絡んだのが相手DFのオウンゴールを誘発したヘディングだけだったのは物足りなかったが、細谷というFWには将来に向けて大いなる可能性を見ることができた。
フレッシュな選手を起用。タイ戦先発メンバー
この日の日本代表は、各選手のコンディションによって出場時間を調整しながらの戦いだった。リーグ戦の最終戦を終えてから1か月近く経過したJリーグ勢は試合勘を取り戻す必要があったため長時間プレーさせ、ヨーロッパから帰国した選手たちには逆にプレー時間を制限する……。先発メンバーの選考や交代の手順からは、そうした苦心の跡が見て取れた。
日本代表が5-0で勝利
しかし、代表経験の少ない選手が多数起用された前半も、選手交代を繰り返した後半も、日本代表はチームのコンセプトを踏まえての戦いを続けることができた。選手交代によってチームがバラバラになってしまったタイ代表との大きな違いである。日本をストップできるチームがアジアにあるとはとうてい思えない。
6万人を超えるファン・サポーターに送り出されアジアカップが行われるカタールへ
文:後藤健生
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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