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「これで本当に選手が伸びるのか」 前年王者の指揮官が育成と結果の狭間で抱える葛藤 高円宮杯プレミアリーグWEST サガン鳥栖U-18×名古屋グランパスU-18マッチレビュー
土屋雅史コラム by 土屋 雅史サポーターと勝利を喜ぶサガン鳥栖U-18の選手たち
「僕は優勝とかそういうことは全然気にしていないんです。ただ、『これで本当に選手が伸びるのか?』とか、『育成年代でこれでいいのか?』ということは凄く考えましたけど、今は結果を意識する部分は自分の中であるかなと思います」。
田中智宗監督は悩んでいた。昨シーズンのプレミアリーグ王者であり、近年の躍進は目覚ましいものがあるサガン鳥栖U-18だが、今季は開幕前からケガ人が相次いだこともあって、満足のいくプレシーズンを送ることができず、チームの調子も上がってこない。
夏の中断前までのリーグ戦は6戦勝ちなし。とりわけ最後の3試合はすべて4失点を喫して敗れており、課題は明確過ぎるほど明確だった。「まずは問題意識として彼らの口からも『失点が多い』『守れていない』ということが一番に出ていたので、『じゃあそこを強化しよう』ということで、ゴール前の守備のトレーニングを増やしましたし、彼らも凄く意識して取り組んでくれました」と指揮官はこの中断期間に取り組んできたことを口にする。
その中でクラブユース選手権からは、システムの変更にも踏み切った。4バックから3バックへ、見ようによっては5バックへのシフトだが、田中監督はここに育成年代の指導者としての大きな葛藤があったという。
「前期はシンプルに同数でやられることが多かったんです。でも、『同数でも守ってほしい』という我々の願いもあって、1人増やすのは簡単ですけど、『この育成年代でそれはどうなんだ?』ということも考えてしまいますよね。3人で68メートルの横幅を守るんだったら、それは凄く奨励すべきだと思うんですけど、もちろん5人になることもあるので、そこで1人の守るスペースを減らしてしまうのは、選手の可能性を縮めてしまうのではないかという、凄い葛藤も僕の中にはあるんです」。
それでも最終的に決断したのは、このステージで戦い続けることで選手たちがより成長していくことを、昨シーズンの経験で実感しているからだ。「彼らの『プレミアに残留したい』とか、『来年もプレミアでやりたい』とか、そういう気持ちを優先して、最終ラインを1枚増やすところに僕らも踏み切って、クラブユースからチャレンジしました」と田中監督。それは短期的なスパンでは測れない、長期的なスパンでの成長のための選択とも言い換えられよう。
だからこそ、ぬるい空気感が我慢できなかったのだろう。プレミアの再開を目前に控えた8月のある日の練習で、温厚な指揮官が珍しくブチ切れた。
「3年生にメチャメチャ怒りました。彼らに聞くとU-15の時は北島(郁哉)が後ろから鼓舞するような声を出しながら、プレーでも勇気を与えながらやっていたらしいんですけど、今は彼がケガでいない中で、代わりに自分たちがという感じでもなかったので、『1人でできないんだったら全員でやろうよ』という話をしたことがあったんです。でも、少ししたら結局元に戻っていて、もうちょっと彼らが危機感を持って何かを自分たちで変えようとしないと何も変わらないので、『もういい。やめよう』と言って、練習を途中でやめて、僕だけ寮に戻ったんです」(田中監督)。
サガン鳥栖U-18・田中智宗監督
キャプテンを任されている先田颯成が、その話を引き取る。「そんなことは普段ないので、結構ビックリしました。練習していた時に、監督が途中で帰ってしまったので、自分たちも寮に戻って、謝りに行きました」。いわば“劇薬”の投与。経験豊富な田中監督にとっても、1つの賭けだったことは間違いない。
「ちゃんとやろうとは思っていたんですけど、3年生の力がなくてああいうことになってしまって……。でも、そこでもう1回自分たちに何が足りないのかとか、ちゃんと全員が全力でやっているのかとか、そういうことを話しました。3年生なのに僕たちが足を引っ張っていたのは、チームのみんなに迷惑を掛けていたなと思いますし、『これからはこういうことはなしにしよう』と確認できて、あそこで立ち直れたというか、それに気付けたことで自分たちも変わることができたのかなって」(先田)。
再開初戦の神村学園高校戦は1-3の敗戦だったが、内容にはチームも一定の手応えを感じていた。そして、名古屋グランパスU-18と対峙したホームゲームでは粘り強く戦って、2-0で勝利を手繰り寄せる。
実に4か月ぶりの、8試合ぶりの白星は、システム変更で新たに生まれた“右ウイングバック”のポジションに抜擢された内丸寛太と、同様にこの新布陣の“中盤アンカー”で出場機会を得ている池末徹平が揃ってプレミア初ゴールを奪った上に、守備陣も奮闘しての見事な無失点での勝利。ようやく彼らは“次の一歩”を力強く踏み出した。
「今まであんなことはしたことがなかったです。でも、逆にもう後半戦に入ってしまう前の、このタイミングしかないかなって思ったんですよね」と“ブチ切れ”を振り返る田中監督は、「どうやら3年生と話をすると、『やっぱりアレで変わりました』というようなことは言ってくれていたので、この1勝がすべてではないですけど、ここからみんなでしっかりとやっていければいいかなと思います」と言葉を続ける。
去年のプレミアリーグを制した鳥栖U-18の指導者だって、チームの結果と個々の成長のバランスで悩み、模索し、もがくのだ。久々の勝利を味わった試合後、田中監督は「もう十分負けてきたので、もう負け慣れているんじゃないかと思うぐらい負けてきたので、あとはもう勝つだけかなと思っています」と笑顔を見せてくれた。育成年代の指導はかくも難しく、奥が深く、ゆえに多くの人が魅了されてしまうのだろう。
文:土屋雅史
土屋 雅史
1979年生まれ。群馬県出身。群馬県立高崎高校3年時には全国総体でベスト8に入り、大会優秀選手に選出。早稲田大学法学部を卒業後、2003年に株式会社ジェイ・スカイ・スポーツ(現ジェイ・スポーツ)へ入社し、「Foot!」ディレクターやJリーグ中継プロデューサーを歴任。2021年からフリーランスとして活動中。
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