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女子ワールドカップでのなでしこジャパンの戦いは、スウェーデンに1-2で敗れ、ベスト8で幕を閉じた。セットプレーとPKで2点をリードされ、87分にMF林穂之香のゴールで1点差に迫ったが、最後まで1点が遠かった。
日本のフリーキックとPKのチャンスはいずれも、クロスバーに弾かれた。1センチが明暗を分けるギリギリの勝負だからこそ、負ければ「たら・れば」は尽きない。そして、ゴールネットを揺らすのにあと1センチ何が足りなかったのかは、攻撃側の視点で語られがちだ。だが、ゴールキーパーの駆け引きやポジショニングが、そのわずかな差を左右していることもある。
この試合は両者の多彩な戦略や激しい主導権争いが見られたが、両GKの好パフォーマンスも会場を沸かせていた。
180cmのGKゼチラ・ムショビッチが守るゴールは、いつもよりも小さく見えた。一方、スウェーデンにも紙一重で入らなかったシュートがあった。いくつかの決定機をGK山下杏也加が抜群の反射神経で防いだからだ。
前半24分。左サイドの裏を取られ、FWブラックステニウスが背後に抜け出す。山下が体でコースを消し、シュートは枠の右に外れた。さらに、1点をリードされた後の前半42分。中央を鮮やかに崩され、MFコソバレ・アスラニのシュートがゴール右下の完璧なコースに飛んだ。枠を捉えていたが、山下が左手の指先で弾き、ポストに当てて失点を防いだ。47分には、カウンターからMFヨハンナ・カネリッドが放った強烈なシュートを、横飛びで弾き出している。
「お互い、攻守ともにチャンスは平等にあったので、自分が止めるか、自分たちが決めれば(勝てた)、という試合でした」
試合後、山下の表情はスッキリしていた。その表情は、ベスト16で敗れた2019年のフランスワールドカップや、ベスト8で大会を去った東京五輪の時とは明らかに違っていた。
東京五輪でスウェーデンに1-3で準々決勝の後、取材エリアに現れた山下は、自分に対する怒りを溜めているように見えた。
「どんなチームにも勝てると思える最高の準備をして臨みたかったのですが、(東京五輪では)その準備がしきれずに大会が終わってしまったことを後悔しています」
当時のことをそう振り返っている。もっと、練習から味方に自分の思いを伝えれば良かった――。山下の中で、そのことが一つの後悔として燻(くすぶ)っていたのだ。
【4年越しの変化】
2017年以来、代表の正守護神を務めてきた中で、山下は悔しい思いを吐露することの方が圧倒的に多かった。それは、常に失点と向き合うポジションの宿命とも言えるが、妥協できない性格もあるだろう。
以前は、感情を抑えきれずチームメートにぶつけてしまうことも多かったと、明かしたことがある。だが4年間で様々な経験をし、変わった。2021年に東京NBからINAC神戸に移籍し、新たな環境に飛び込んだことも大きい。伝える前に考え、ピッチで起きていることや、自分の考えを冷静に伝えるようになった。
「4年前(のワールドカップでは)自分がこうしたい、と思うことを追求していたのですが、今は、起きた結果を受け入れています。選手によって得意・不得意がありますが、信頼して任せています」
プレー面のではコーチングに磨きをかけ、自信をつけた。INAC神戸では3(5)バックで堅守速攻スタイルに慣れ、国内リーグがプロ化されて初年度の2021-2022シーズンには、GKとして初の国内リーグMVPに輝いている。
代表でも昨年から同じ3バックになり、チームでの経験を還元できるようになった。今年に入ってから、山下はこんなふうに自分の成長を口にしている。
「前の大会だったら身体能力で選ばれているイメージだったのですが、今はコーチングで選ばれているのかなと思います」
積み上げてきた自信や仲間への信頼感は、今大会中に山下が見せた行動や、発した言葉の端々にも現れていた。ベスト16を突破したノルウェー戦後には飛び跳ねて喜び、普段は見せない感情を爆発させた。「いつ負けても後悔がないように出し切ろうとしているので、(ノルウェーに)負けていたとしても、十分やり切った、と言えると思います」と、確信に満ちた口調で語っていた。
今大会は5試合すべてに出場。「お互いを高められる、いいライバル」と信頼を寄せるGK平尾知佳とGK田中桃子の分まで、力を尽くした。
スウェーデン戦で見せた2つのファインセーブについて聞かれた山下は、「自分はそう(ファインセーブだと)思っていません」と切り出し、こう続けた。「2本とも(南)萌華の対応がすごく良かったからです。その1つ前のプレーで、なぜそこ(のスペース)にボールが入ってしまったのか(を見直す)の方が大事だと思います」
「どんなチームにも勝てる」と信じることができる最高の準備をし、味方を信頼してベストを尽くすーー。そして、4年前とは違う景色を見ることができた。後半は、会場に詰めかけた4万人超の観客がなでしこジャパンへ大声援を送り続けた。
「今までのサッカー人生で聞いたことがないぐらいのコールで、すごく良かったです。もう一度、あの舞台に戻りたいと思わせてくれました。メンタル的に負けそうな中でも『絶対にいけるな』と感じさせてくれました」
結果的には最後までスウェーデンに追いつくことはできず、試合後はピッチに残酷なコントラストが描かれた。山下に後悔なくやりきれたかどうかを聞くと、少し考え、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「後悔があるとすれば、失点ですね。(2点目の)PKを逆に飛んでいれば(止められたのに)、と思います。4年前のワールドカップでも、PKで逆を取られてしまいましたから。1点目も、自分のパンチングでもっと遠くまでボールを飛ばせていたら(結果は違った)と思います。相手のキーパーは片手であんなに飛ばしていた。それは身長だったりパワーだったり、技術の差だと思うので、空中戦の判断をもっと良くできるように取り組みたいと思います」
次の戦いは、パリ五輪予選。今大会で得た自信と課題を胸に、山下はすでに、新たなチャレンジに目を向けていた。
松原渓
女子サッカーの最前線で取材し、国内のなでしこリーグはもちろん、なでしこジャパンが出場するワールドカップやオリンピック、海外遠征などにも精力的に足を運ぶ。自身も小学校からサッカー選手としてプレーした経験を活かして執筆活動を行い、様々な媒体に寄稿している。
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