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7月に入ってから最初の週末。J1リーグで首位に立つ横浜F・マリノスは、日曜日の夜に最下位に沈む湘南ベルマーレとの対戦を迎えた。
開始6分で右SBの松原健がミドルシュートを突き刺して幸先よく先制した横浜。10分には湘南のGK宋範根(ソン・ボングン)のパスをヤン・マテウスがカット。中央でパスを受けたアンデルソン・ロペスが難なく決めて、あっと言う間に2点差としてしまった。
「10分で2ゴール……。これは、いったい何点入るんだろうか」と、スタジアム中の誰もが思ったに違いない。
湘南の山口智監督は「相手のボランチや両サイドなどパスの出所を抑えて守るつもりだったが、その距離感が開いてしまった」とボヤくが後の祭り。
その後も、横浜が何度も決定機をつかんだ。だが、最後のシュートが遅れたり、枠を捉えきれなかったりしたおかげで、湘南はそれ以上の失点をせずにハーフタイムを迎えることができた。
後半に2人の選手を交代させ、キックオフから反撃に移った湘南。
47分には中野嘉大がシュート(GKが弾いてCK)。49分にも左サイドから中野がシュートを放ったがGKの正面を衝いてしまった。
そして、51分。横浜は藤田譲瑠チマが持ち上がったボールを右に展開し、ヤン・マテウスのクロスをアンデルソン・ロペスが体を捻るようにしてGKの逆を衝くヘディングシュートを決めて3点差として、勝負を決めてしまった。
得点王争いでトップに立っていたアンデルソン・ロペスは、この試合でさらに2ゴールを加えて、2位の大迫勇也(ヴィッセル神戸)との差を広げた。
後半は、湘南にも攻撃の機会はあったものの3点差とした横浜は余裕の交代。
ゲーム終盤にはボランチに山根陸、トップ下に植中朝日、左サイドハーフに井上健太といった出場経験の少ない選手も投入。77分には植中がJ1リーグ初ゴールを決めて見せた。
横浜のケヴィン・マスカット監督は、「もっときちんと試合をコントロールしないと……」と不満も漏らしたが、MFでキャプテンの喜田拓也など何人かの主力級を欠く中で4点を奪って横浜にとっては「快勝」だった。
こうして、若手選手も活躍した横浜の試合。僕が注目していたのは、3点目の起点を作った藤田譲瑠チマだった。
今年21歳になった藤田は、東京ヴェルディ時代の2019年に17歳でJ2リーグデビューを飾った当時から注目していた逸材だ。
デビュー当時は、守備力の高いMFだった。
特長は、その身体能力だった。身長は175センチというから、それほどパワーのある選手ではない。優れているのはバランスを取る能力。バランスを崩したかと思っても、倒れずにプレーを続けることができる。あるいは、倒れてもすぐに起き上がることができるのだ。
そうしたアジリティーを生かしての対人能力が非常に高い。相手に体を寄せて、倒れたりバランスを崩さずにボールを奪うことができるから、奪ったボールを保持してすぐに展開することができるからだ。
そして、J2リーグでの試合に慣れてくると、藤田はその攻撃能力も発揮していった。
奪ったボールを持って、そのまま強引に突破を試みたり、スペースを見て的確なタイミングでボールを展開する。
そんな、好守両面で優れた才能を持つ藤田を見て、僕はいずれ日本を代表するようなMFになるのではないかという期待を抱いていた。フランスのエンゴロ・カンテのようなプレーヤーになってもらいたいと思ったものだ。
ある人が藤田のことを「梶山陽平のようだ」と評したのを聞いたことがある。
梶山は、FC東京のアカデミーで育った同クラブ生え抜きの選手。テクニシャンでボールを持ったら奪われることがなく、スルーパスを駆使して攻撃を展開する能力が非常に高い選手だった。
ただ、ケガに泣かされたことと、守備の意識が低かったことで、年代別代表の常連だった梶山はフル代表で活躍することはなかった。
その人は藤田の攻撃面、広い視野を持って展開する能力を見て「梶山のようだ」と表現したのだ。そう、藤田譲瑠チマは“守備能力の高い梶山”なのである。
藤田にはコンスタントにではないが年代別日本代表からも声がかかり、2021年の東京オリンピックの際に、「トレーニングパートナー」として招集され、また、2022年にはE-1選手権に出場する国内組だけで構成された日本代表に招集された(この時の日本代表には横浜F・マリノスから多数の選手が招集された)。
J2リーグで経験を積んだ藤田は、2022年にJ1で優勝争いを演じる横浜F・マリノスに移籍する。
J1リーグに移籍してからも、出場機会は与えられた。だが、横浜ではなかなかレギュラーの座をつかめないでいるのが現状だ。
今シーズンも、横浜のセントラルMF(ボランチ)は喜田と渡辺皓太の2人で固定されている。首位に立つチームの中心として非常に良いパフォーマンスを続けていると言っていい。そのため、藤田の出場機会は限られており、ゲーム終盤に投入されて試合を落ち着かせる役割を与えられている。
ルヴァンカップではフル出場もあるが、J1で先発フル出場することは珍しい。それが、現在の藤田の立ち位置のだ。だから、湘南戦では喜田の不在によって先発の機会を与えられた藤田に僕は注目したのだ。
だが、出場機会が少ないためだろうか、藤田はどこか自信なさげだった。自分のプレーをしてアピールすることよりも、チーム内での決まり事をミスなくこなそうとして、プレーが小さくなってしまっているようにも見えた。
中盤でボールを奪ってそのままドリブルで持ち上がって展開する。51分のチーム3点目を生み出した時のようなプレーをもっと見たかったのだが、その回数は期待ほど多くはなかった。
つまり、「その能力の片鱗を見せた」に過ぎなかった。
うまく育てれば、将来の日本サッカーを背負って立つ存在にもなりうる選手だ。たとえば、遠藤航の後継者候補の1人になりうるはずだ。
横浜で出場機会を与えられないまま時間が過ぎていくのがもったいない。今のような起用の仕方を続けるのであれば、J2リーグなどにレンタル移籍させる方法もあるだろう。この逸材を大きく育てることは、クラブ自身にとっても大きな利益になるはずだ。
それとも、マスカット監督は、近い将来に自分のチームでこの若者を使い切る気持ちがあるのだろうか? これからも、僕は藤田譲瑠チマの成長に注目していきたい。
文:後藤健生
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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