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国立競技場
Jリーグの開幕から30年を迎えた2023年5月。その記念試合として5月14日には東京・国立競技場で鹿島アントラーズ対名古屋グランパスの試合が行われ、5万6020人の大観衆が詰めかけた。
本来なら30年前の開幕戦と同じヴェルディ川崎(現、東京ヴェルディ)対横浜マリノス(現、横浜F・マリノス)の試合こそが記念試合に相応しいのだろうが、残念ながら東京Vは現在はJ2に所属しているので再現は不可能だ。
5月12日には、やはり記念試合としてFC東京とヴェルディに代わって等々力陸上競技場を本拠としている川崎フロンターレの試合が行われたが、この両チームは30年前のJリーグ開幕当時はまだ未加盟だった。
30年間で、多くのことが変わったのである。舞台となった国立競技場も2020年の東京オリンピックを前に全面改築されていた。
そんな中で、リーグ発足当時に加盟していた「オリジナル10」同士の戦いとなった鹿島対名古屋は非常に緊迫した濃い内容の戦いとなった。
5月14日の午前中、NHKのBSで30年前の「開幕戦」ヴェルディ川崎対横浜マリノスの試合を放映していた。まことに懐かしい映像だった。チアホーンの甲高い音が鳴り響く旧・国立競技場のピッチ上では三浦知良(カズ)やラモス瑠偉(ともにV川崎)、木村和司やラモン・ディアス(横浜)などが華麗なプレーを見せていた。
しかし、そうした名手たちが中盤でボールを持っても、相手は一向にプレスをかけてこない。中盤には大きなスペースが存在し、名手たちはゆっくりとボールを持って前を向いてからそのテクニックを存分に発揮していた。
30年前のJリーグは、そういう試合をしていたのだ。
もちろん、それが往年の名手たちの評価を下げるものではまったくない。それが、30年のサッカーだったというでけのことだ。
ヨーロッパのサッカー界でも30年前と現在ではそのプレーには大きな違いが存在する。
30年前どころの話ではない。わずか10年ほど前には「ティキタカ」と称するFCバルセロナのポゼッション・サッカーが一世を風靡していたが、今ではハイプレスをかけ合って互いにスペースも時間も与えないようなゲームが主流となっている。
Jリーグでも、ここ数年川崎フロンターレのポゼッション・サッカーが圧倒的な存在感を放っていたが、今シーズンはハイプレスをかけてショートカウンターで勝負するチームが上位を占めるようになっている。
サッカーのスタイルやコンセプトは、日々刻々と変化しているのである。
5月14日の鹿島対名古屋もそんな世界のサッカーの、あるいはJリーグのサッカーの進化(変化)を印象付けるような試合だった。
前節(第12節)までヴィッセル神戸、横浜F・マリノスに次いで3位に付けていた名古屋は前線のマテウス・カストロや永井謙佑、キャスパー・ユンカーといったスピードスターたちを生かすカウンター・サッカーが売り物のチームだ。
一方、鹿島の方も前線からの組織的な守備を構築することによってリーグ序盤戦の不振から脱出し、前節まで4連勝して順位を上げてきていた。
そして、J1リーグ第13節の戦いも、お互いのしっかりした組織的な守備でがっちりと組み合った、非常に重厚感のある試合となった。
先手を取ったのが鹿島だった。
12分に右CKから鈴木優磨がヘディングを決めて早くも先制かと思われたが、VARが介入して、CKを蹴る前に攻撃側にファウルがあったとしてCKのやり直しとなってしまう。
だが、29分にはやはり右からのCKをまたも鈴木がヘディングで決めて、ようやく先制に成功した。ペナルティーエリア内に鈴木やDFの関川郁万、植田直通といった3人の長身選手を置き、関川と植田がニアサイドに走ることによって鈴木へのマークをはがすデザインされたセットプレーだった(名古屋としては、ゴールが取り消された12分と同じような形で失点してしまったところが不用意だった)。
先制したことによって鹿島は攻め急ぐ必要がなくなり、しっかりと構えて守備をすることができるようになった。
こうなると、名古屋の最大の武器であるカウンターの形は作れない。パスをつないでビルドアップする必要が生じたのだ。
だが、名古屋はなかなか攻撃の形を作ることができない。
たとえばウィングバックが中のポジションをとるとか、3人のセンターバックのうちの1人が攻め上がるなどの変化を付けたいところなのだが、鹿島の前線の4人(中央の鈴木と垣田裕暉と両サイドハーフの仲間隼斗と名古新太郎)が相手のCBの攻撃参加を規制した。
後半になると、リードされた名古屋はより積極的にCBの攻撃参加を狙い始めるが、選手交代を含めて鹿島は最後まで警戒を緩めなかった。
たとえ相手に対応されていても、名古屋のCBは強引にでも攻撃に出るげきだったろう。相手の守備のバランスを崩すためには、自分たちのバランスを崩すリスクを躊躇ってはいけない。
いずれにしても、ピッチ上では90分間にわたって激しい、しかも緻密な攻防が繰り広げられた。30年前のJリーグとは大きな違いである。
かつて「日本のサッカーは勝負弱い」と言われていた。
Jリーグ初期の名将の一人、スチュアート・バクスター監督(サンフレッチェ広島など)には「日本人選手はリードすると普通にプレーできなくなってしまう」と言われ、日本代表監督だったフィリップ・トルシエ(現、ベトナム代表監督)には「日本には守備の文化がない」と言われた。
実際、1993年秋のアメリカ・ワールドカップ最終予選最終戦ではせっかくの1点のリードを守りきることができずにイラクと引き分けて、つかみかけていたワールドカップ出場権を手放してしまった。
それから30年。Jリーグでは「相手のストロングポイントをいかにして封じるか」を考えた戦術的に緻密なサッカーが展開されるようになった。
2022年のカタール・ワールドカップでは優勝経験もある強豪ドイツやスペインを相手にしっかりとした守備で最少失点に抑え、カウンターから得点して勝利をもぎ取った。あるいは、AFCチャンピオンズリーグ(ACL)決勝では、浦和レッズがアル・ヒラルを相手に粘り強い守備で対抗して2試合を通じて1失点に抑え、カウンターとセットプレーから得点してタイトルを獲得した(アル・ヒラルは個人能力の高い選手がそろっていたから、そうした守備のコンセプトなしで戦ったら、準決勝のアル・ドゥハイルのように大量失点を喫していたことだろう)。
いまや、日本のサッカーは守備の文化を持ち、ゲームプランに沿って粘り強く戦うことができるようになったのだ。
30年前の「ドーハの悲劇」の頃、ヨーロッパの日本のサッカーを比較して「プロ・サッカーの歴史の違い」が取り沙汰されたものだが、30年の年月のを経て、日本のサッカーもしたたかな勝負強さを身につけたのである。
文:後藤健生
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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