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久保建英
久保建英がレアル・マドリード戦で見せた、アントニオ・リュディガーの股下を抜いたシュート場面が話題になっている。
ラ・リーガ2位のレアル・マドリードと3位レアル・ソシエダの一戦は試合前から注目を集めていたが、個人能力の差は大きく、久保の所属するレアル・ソシエダは押し込まれ続け、とくに後半の立ち上がりはレアル・マドリードのシュートの雨を浴びた。
しかし、ソシエダのイマノル・アルグアシル監督が選手交代のカードを使って中盤を厚くしたことによって、ソシエダもようやくボールを保持する時間を増やすことに成功。久保は4-3-1-2のトップ下から4-1-4-1の右サイドにポジションを移す。
その矢先の61分、高い位置でボールを持った久保がパブロ・マリンにボールを預けてスルスルとペナルティーエリア内に進入するのをレアル・マドリードの守備陣がまったく捕まえることができず、久保がリターンを受けた瞬間にリュディガーがシュートコースを切ってきた。その動きを見た久保は、小さな振りでリュディガーの股下を通してシュートを放ったのだ。
鋭いシュートはGKのクルトワの足元に飛んだのだが、クルトワに弾かれてしまった。足でブロックするならともかく、あの低い弾道のシュートにしっかり腕を使って阻止するあたりは、クルトワの驚異的な反応だった。
ダビド・シルバを負傷で欠くソシエダの中で久保はまさに攻撃の中心で、61分のシュート場面以外にも何度も決定機にからんだ。
51分にはロングドリブルからアレクサンダー・スルロートに絶妙のスルーパスを通したが、これはわずかにオフサイド。68分にはゴール正面のDFとDFの間のスペースで久保がパスを受けたが、コントロールが大きくなってクルトワと接触してイエローカードを受けてしまった。
また、69分に右サイドを駆け上がった場面では、パスを受ける瞬間に急停止することで寄せてきたエドゥアルド・カマヴィンガをかわし、フリーの状態でペナルティーエリア内にドリブルで持ち込んだ。パスを受けたロベルト・ナバーロのシュートはクルトワの正面に飛んでしまったが、これもソシエダにとって最大の決定機だった。
何度か訪れたソシエダのチャンスのほとんどは久保が絡んだものであり、マドリードの猛攻を阻止して無失点で切り抜けたGKのアレックス・レミロと並んで、久保は間違いなくサンチャゴ・ベルナベウでの勝点獲得の立役者だった。
印象的だったのは、久保の緩急の使い分けだった。
たとえば、あの61分のシュート場面であれば、パブロ・マリンにボールを預けてからボックス内に進入する計算された動き。
パブロ・マリンに預ける時のパスの強さを計算して、足元でリターンパスを受けるためにゆっくりと動いて相手守備陣の裏に走り込んだのだ。早く入り込んでしまったら相手DFにつかまってしまったことだろう。絶妙のタイミングで入り込んだからこそ、あの深い位置でフリーでボールを受けられ、そのため寄せてくるリュディガーの動きをしっかりと見てシュートを狙えたのだ。
そして、69分のカマヴィンガをかわした場面。スルーパスに余裕をもって追いついた久保は、パスを足元で収める瞬間には斜め後方から寄せてくるカマヴィンガの動きをしっかり把握して、ボールにタッチする瞬間にストップ。ワンタッチで、カマヴィンガの体勢を崩して無力化されてしまった。
あるいは、前線の守備で久保がクルトワに対してプレッシャーをかけてクルトワのミスを誘って味方ボールのスローインを獲得した場面があったが、名手クルトワを慌てさせることができるのは、プレッシャーをかけに動くタイミングが絶妙だからだ。
FCバルセロナで育った久保は、バルセロナが18歳以下の選手の契約問題で制裁を受けたために14歳でいったん帰国。FC東京のU-18に所属しながらU-23のメンバーとしてJ3リーグでもプレーし、僕たちも若き日の久保のプレーを見ることができた。
久保は、当時から相手の嫌がるタイミングでプレッシャーをかけにいったり、緩急の切り替えを武器にしていたが、ソシエダの攻撃の中心として活躍する現在の久保のプレーを見ていても、15歳、16歳当時の久保のプレーぶりを如実に思い出すことができる。
ああした「緩急の使い分け」は、これからヨーロッパのクラブでプレーする日本人選手にとっては大きな武器となるに違いない。
明治時代に西洋式の近代スポーツを取り入れた日本のスポーツ界は、「西洋人に比べて日本人はフィジカル的に劣る」ということを前提に戦ってきた。
だが、多くの日本人フットボーラーが各国リーグの上位チームで活躍し、日本代表がワールドカップでベストエイト以上を目指すように、現在では「フィジカルが弱い」などという言い訳は通用しない。野球界では大谷翔平がメジャー選手に対してフィジカル的に優位に立っているし、パワーが必要なラグビーでも日本代表が世界のトップに肉薄している。
しかし、それでも爆発的な瞬発力とかスプリント能力といった分野では、やはりたとえばアフリカ系の選手たちに勝つことは難しいだろう。
従って、日本人選手はやはりアジリティーや持久力、そして「緩急の使い分け」を武器にして戦うべきなのだ。
久保がレアル・マドリード相手に奮闘する数時間前には、イングランドのFAカップでブライトンの三笘薫がリヴァプール撃破の立役者になった。
アディショナルタイムのスーパーゴールはまさに彼のテクニックの高さを示したものだったし、イングランド代表のサイドバック、トレント・アレクサンダー=アーノルドをドリブルで翻弄する場面は何度もあった。
後半の立ち上がりにアレクサンダー=アーノルドをかわして深い位置まで持ち込んでクロスを入れた場面では、やはり「緩急の変化」が武器になっていた。ほとんど止まった状態からの急加速に、イングランド代表はまったくついていけなかったのだ。
三笘薫は小学校時代から高校卒業まで川崎フロンターレの下部組織で育った選手である(その後、筑波大学を経て川崎に入団)。また、久保もバルセロナに渡る前の小学生時代に川崎のU-10に所属していた。
その川崎のサッカーはパスをつなぐポゼッション・サッカー。全速力で走るだけではなく、立ち止まった状態でもほんの少し位置を変えるだけで相手のマークから逃れられる。走るだけでなく、逆に動かないことも武器になるという考え方で貫かれている。
最近の6年間でJ1優勝が4回というトップチームの試合を見ていても、そのことはよく理解できる。そして、カタール・ワールドカップに出場した日本代表にも川崎育ちの選手が数多く参加し、彼らの間で共有されているそうした「緩急」を使い分ける感覚が代表の武器の一つになった。
間もなく開幕するJリーグで王座奪還を目指す川崎では、今シーズンから24歳の若きMF橘田健人がキャプテンに指名された。俊足と運動量を武器とするこの期待のMFが「緩急」の使い分けや動きを止めることを覚えたら、川崎にとっての新しい武器となるはずだ。
文:後藤健生
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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