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ワールドカップ開幕を前に、多くの人は「コスタリカには勝利できてもドイツとスペインに敗れてグループリーグ敗退」と考えていたのではないだろうか? だが、結果はまさにその「逆」だった。
僕は、4月にワールドカップ本大会の組み合わせが決まって以来、ドイツとスペインの試合をなるべく見るようにしていた。すると、どうやら両チームともけっして万全の状態でないことが見えてきた。とくに、9月に行われたUEFAネーションズリーグでドイツがハンガリーに、スペインがスイスに、それぞれホームで敗れた試合を見てそれが確信に変わった。
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ドイツは攻撃力があるが、最終ラインの守備と最終ラインから中盤へのパスのつなぎに問題があった(ドイツのメディアでも守備の不安が再三指摘されていた)。だから、そこにプレッシャーをかけていけば、必ずミスを誘発することができる。つまり、9月にアメリカに完勝した時のように戦えば、勝機が開けるような気がした。
そして、森保一監督もそういう戦い方を選択。前線でボールを収める役割の大迫勇也のコンディションが上がっていたにも関わらず、大迫は招集せず、FWとしては前田大然や浅野琢磨のような走力のある選手を選出した。
しかし、実際にドイツ戦が始まってみると前半は日本のプレッシングがまったく機能しなかった。というより、日本はあまり前から仕掛けていかなかった。そして、30分過ぎにはPKで先制点を与えてしまう。
だが、その後、ドイツは2点目を奪えなかった。すると、森保監督は4-2-3-1から3-4-3に変更。さらに時間の経過とともに攻撃的な選手を次々と投入して75分に堂安律のゴールで追いつき、さらに83分には板倉滉が蹴ったFKを追った浅野が決めて逆転勝ちに成功した。
日本が攻撃に移ると、ドイツは(予想通り)守備の弱点をさらけ出したのだ。従って、ドイツ戦の勝利はけっして“奇跡”などではなく、日本の周到な準備と選手たちの献身的なハードワークによる“必然の勝利”だった。
ドイツ戦については、僕はある程度勝利の可能性を感じていた。だが、スペイン戦についてはあまり楽観的になれなかった。
スペインもかなり深刻な決定力不足に陥っていた。スペインのパスの技術は世界最高のレベルにある。従って、どの試合でもスペインがボールを支配する。だが、それが決定機に結びつかないのだ。
だが、日本が前線からプレッシャーをかけてもボールを奪うことは難しいだろう。守備の時間が長くなることは間違いない。
だが、コスタリカ戦の後にドイツ対スペインの試合を観戦したのだが、その試合を見ているとスペインの守備にも明らかに不安があることが分かった。
ドイツがさして強いプレスをかけるわけではないのに、最終ラインやボランチのセルヒオ・ブスケツに小さな「アンフォースドエラー」が何度かあったのだ。
パスをつなぐのがうまいチームは、パスにこだわりすぎる。難しい体勢でも無理につなごうとしてミスを起こすのだ(コスタリカ戦で、吉田麻也がパスをつなごうとしてボールを奪われて失点した場面のように)。だから、日本にも付け入る隙はあるのではないか……。
スペイン戦も前半はスペインのパスのうまさばかりが目立った。中盤の守備の要である遠藤航が膝を痛めて90分出場できる状態ではなく、負傷明けの守田英正も万全ではないので中盤でボールを奪うことは難しい。そこで、日本は5バックを選択して5-4-1で守りに徹したのだ。11分という早い時間に先制されたものの、やはりスペインは得点力不足。2点目を奪えなかった。0対1のままで後半に入ることができたのは日本にとってプラン通りだった。
また、前半30分過ぎに日本が前線からプレスをかけ始めると、案の定、スペインの守備に混乱の予兆があった。34分には前田のプレッシャーでGKのウナイ・シモンがミスを起こしかける場面もあった。
そして、後半に入って堂安と三笘薫を投入した日本が一気に攻撃に出る。前田のプレッシャーでウナイ・シモンがキックをミス。このボールを伊東純也が奪って堂安につなぎ、堂安が強烈なシュートを決めて同点。攻勢を強めた日本はわずか3分後に同点ゴールを決めた。右の堂安からのクロスに合わせて逆サイドからは前田と三笘の2人がつめており、そして、ゴール前にはボランチの田中碧が顔を出していたのだ。全員の攻撃へのベクトルが一つにまとまった結果だ。
チーム力としてはスペインは日本よりも明らかに上だ。しかし、しっかりとしてゲームプランを準備して、守る時間帯は割り切って守り、攻めに出る時間にエネルギーを集中して投入した日本。スペイン戦もやはり“必然の勝利”だったと言っていい。
チームの状況と相手との実力差を考えてゲームプランを決めて、それを実行させる……。戦術的にも森保監督は見事な仕事をした。
最近まで、僕は森保監督はチーム作りはうまいが、ゲームプランや試合中の采配には不満を抱いていた。「大変、申し訳ない」としか言いようがない。1986年のワールドカップでアルゼンチンが優勝した後、カルロス・ビラルド監督を批判し続けていたメディアが監督に送った言葉にひっかけて「ペルドン・モリヤス・グラシアス」と言わなければならない。「森保さん、ごめんなさい。そしてありがとう」である。
ただ、一言だけ付け加えておかなければならない。
コスタリカ戦でターンオーバーを使って消極的な試合をして敗れたことはやはり批判すべきだろう。結果としてスペインに勝てたから良かったものの、スペインとは10回戦って2、3回勝てる程度の力関係だ。
それなら、やはりコスタリカ戦に勝負を懸けるべきだった。
目標のベストエイト実現のために重要なのは4試合目(ラウンド16)をどれだけ良い状態で迎えられるかである。
理想は2試合目までに突破を決めて、3戦目(スペイン戦)では必要な選手に休みを与え、使っておきたい選手を使うことだ。こうして、コンディションを合わせて大事な4戦目に臨むというのが理想のシナリオだ。
ただ、グループリーグでドイツとスペインが一緒になったことで、それは難しそうに思えた。従って、少しずつ選手を回しながら使いながら3試合を乗り切るのが現実的であり、森保監督もそのために思考を巡らせていたはずだ。
だが、ドイツ戦に勝利したことによって「2試合目で突破を決める」という最高のシナリオが可能になったのだ。この僥倖とも言える状況を生かして、プランを変更。2戦目のコスタリカ戦では、初戦で活躍した選手をそのまま使って一気に勝に行くべきだった。初戦で7失点したコスタリカの心理状態を考えても、早めに勝負を決めるべきだった。
疲労をためるリスクはあるが、スペイン戦で勝利が必要な状況を作るより、コスタリカ戦に懸けた方がリスクは小さかったはずだ。
戦術的には見事な手腕を見せた森保監督だが、さらに戦略的な思考を深めていってほしい。4年後の大会のためにも……。
文:後藤健生
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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