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サッカー フットサル コラム 2022年11月26日

政治に翻弄されるワールドカップ カタールの人権問題とは何なのか?

後藤健生コラム by 後藤 健生
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ハリーファ国際スタジアム

ハリファ・インターナショナル・スタジアム

大会2日目にハリファ・インターナショナル・スタジアムでイングランド対イランの試合を観戦した。イングランドは完成度の高いチームで、今大会でやや出遅れた感のある欧州勢の中では最高の出来だったように思った。

試合の前の国歌演奏の場面で、イラン代表の選手たちは固く口をつぐんだままだったし、スタンドを埋めたイランのサポーター(イランはペルシャ湾をはさんでカタールの対岸に位置する隣国だ)は国歌の歌詞を歌わずに「アーアー」メロディーだけを歌っていた。

僕は、その時は事情が分からなかったので不思議に思ったのだが、これはスカーフ問題を巡っての政府批判のための行為だったという。

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宗教指導者による独裁的支配が続いているイランでは成人女性は「ヒジャブ」と呼ばれるスカーフで髪を覆わなければならないのだが、2022年9月に22歳の女性がヒジャブの着け方が不適切だとして警察に拘束されて死亡。その後、反政府運動が高まっているのだ。

この問題で集中を欠いたのか、いつの大会でも強豪相手に激しい抵抗を示すイランはイングランドに6ゴールを許してあっさりと敗れてしまった。

2022年FIFAワールドカップはさまざまな意味で政治に翻弄される大会となった。

まず、2022年2月にはロシアがウクライナ侵略を開始した。当初の予想を裏切ってウクライナ軍がロシア軍に徹底抗戦を続け、今では反転攻勢に出ている模様でロシア軍の消耗が伝えられている。

ワールドカップ欧州予選でプレーオフに残っていたウクライナ代表はホームゲームの開催ができなくなり、それでもスコットランドには勝利したものの、最終予選でウェールズに敗れてしまった。もし、ロシアによる侵略がなく、ホームで戦えていればウクライナの本大会進出もあったかもしれない。

一方、侵略を開始したロシアもプレーオフに進出していたものの出場権を取り消されて失格となった。「選手たちに非はない」としてこの決定に異を唱える向きもあるようだが、もしロシアの出場を許したら欧州勢のほとんどはボイコットしていたに違いない。

もっとも、イランのスカーフ問題やロシアのウクライナ侵略はサッカーとは関わりのない問題がたまたま2022年に発生したため、ワールドカップに影響を及ぼしただけだ。

だが、もう一つの問題、つまりカタールにおける「人権問題」は、まさにワールドカップの意義、あるいはFIFAという組織の倫理性が問われる問題と言っていい。

人口約300万人の中東の小国カタールは形式的には立憲君主制だが、実際には19世紀半ば以降「首長」であるサーニー家の世襲による君主制独裁国家である。20世紀半ば以降は豊富な石油と天然ガスの産出を背景に、いわゆるオイルマネーで急激に発展・近代化したが、政治的には独裁が続いている。

産油国はどこでもそうだが、将来、石油や天然ガスの資源が枯渇した後にどのように生き残っていくかという課題がある。そのため、たとえばヨーロッパ、アジア、アフリカのちょうど中間にある地理的な優位を生かして巨大なハブ空港を作って航空産業の育成に力を入れたりしているのだ。UAEのアブダビに本拠を置くエティハド航空やドバイのエミレーツ。そして、カタール航空などは欧州サッカー界のメガクラブのスポンサーとなっている。また、ツール・ド・フランスなどサイクルロードレースにも「UAE」や「バーレーン」といったプロチームが出場しているのでスポーツ・ファンにはお馴染みだろう。

そして、とくにスポーツに力を入れているのがカタールである。それによって、自国の存在感を世界にアピールしようとしているのだ。

カタールは2019年には世界陸上、そして2022年にはFIFAワールドカップと世界的なスポーツイベントを開催。2021年にはF1のグランプリも開催している。また、2016年のオリンピック招致も狙っていたのだが、オリンピックはアメリカのテレビ局の意向で「8月開催」を動かせなかったので断念した経緯もある。スポーツ施設の開発にも力を入れており、今回のワールドカップでも9万人近くを収容するルサイル・スタジアムなど8つの大規模スタジアムを用意した。

2022年ワールドカップのカタール開催は2010年のFIFA理事会で決まったのが、視察チームによる事前評価では最下位だったカタールが選ばれたことで、当時から「裏金(=理事たちへの働きかけ)が動いたに違いない」の疑惑が取りざたされていた。

そして、小国にとっては不必要なスタジアムを8つも建設するのは環境への負荷だとした批判も強かった。

そして、カタール開催に関連して最も強く批判されたのがこの独裁国家での人権問題だった。

豊富な資金を持つカタールは、アフリカ大陸やインド亜大陸出身の大量の労働者を使ってインフラ整備を行ってきた。人口300万人というカタールだが、実はその80〜90%が外国人出稼ぎ労働者なのだ。気温が50度に迫るような夏のカタールで過酷な労働を強いられ、多くの労働者が生命を落としていると言われている。

もちろん、彼らは自ら希望してカタールにやって来たのであり、彼らが本国に送金することで家族を養えているのは事実だが、これが“搾取”に当たることは間違いない。

そして、ワールドカップのスタジアムを建設したのもこうした出稼ぎ労働者たちであり、そこでも多くの労働者が命を落としたと国際人権団体は批判している。カタール政府はそれを否定し、FIFAもワールドカップ開催によって労働者の地位や待遇が改善されたとしてきたが、大会開幕後の11月24日にはEU(欧州連合)議会が「数千人の労働者が死亡した」として、性的少数者の差別問題も含めてカタール批判決議を採択するに至った。

僕は現在カタールに滞在中なのだが、大会前に1泊1万円で宿泊できる部屋を確保することができた。ドーハの南、アルワクラ市にある施設で南北2キロ、東西1キロ程度の広大な敷地に3階建てのほとんど同じデザインの宿舎がびっしりと立ち並んでいる。

この宿舎群は、ワールドカップ終了後には出稼ぎ労働者の宿舎となり、今、僕が1人で泊っている部屋には2段ベッドが3つくらい並べられるのだろう。計算してみると、この施設だけで数万人規模の労働者を収容できるはず。敷地の周囲には高い壁が張り巡らされており、脱出することが不可能になっている(もっとも、パスポートを取り上げられた労働者たちとしては、脱出できたとしても行くところがないのだが……)。

ヨーロッパではこうした問題点についての批判が高まり、各国代表チームは「One Love」と書かれた差別反対を意味する腕章を付けることを決めたが、FIFAによって禁止されてしまった。ドイツ代表は日本戦の前に手で口を塞ぐ行為で抗議の意を示し、イングランド代表はイラン戦キックオフ前に片膝を地面につけるポーズで女性差別反対の意思を示した。

試合前には映像装置で「差別反対」を訴え、各国主将によるメッセージの読み上げをさせているFIFAだが、自らの行動はこうしたアピールとまったく矛盾したものとなっている。

2018年のロシアに続いて、今回のカタールと強権的な政治が問題になっている新興国での開催が続くワールドカップ。こんなことを続けていたらワールドカップもFIFA自身も持続不可能になってしまうことに早く気づいてほしい。

文:後藤健生

後藤 健生

後藤 健生

1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授

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