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川崎フロンターレらしい試合を、久しぶりに見ることができた。J1リーグの折り返しとなる第17節、北海道コンサドーレ札幌戦での大逆転劇である。
「2点取られたら、3点とればいいじゃないか」。
札幌に2度リードを許しながら、そのたびにすぐに追いつき、86分に小林悠が自身の2得点目でリードを奪うと、その後、89分に家長昭博が決めて札幌を突き放し、さらに90+6分にはマルシーニョがハーフウェイライン付近からドリブルで独走してダメ押し点を決め、終わってみれば5対2で勝利を手繰り寄せていた。
日本代表の活動に伴う中断期間前の5月後半、川崎はどん底の状態だった。5月18日のヴィッセル神戸戦に勝利して以来、サガン鳥栖とはスコアレスドローに終わり、さらに湘南ベルマーレに0対4、京都サンガFCに0対1と連敗を喫していたのだ。
昨年、一昨年と圧倒的強さで独走状態でリーグ戦2連覇を達成した川崎。2021年シーズンの前半は「1試合3得点」という鬼木達監督が掲げる目標を簡単に実現していた。前から激しくプレッシャーをかけてボールを奪い、相手チームは川崎陣内に入ることすら難しかった。
ところが、その後、三笘薫や田中碧、旗手怜央といった日本代表クラスの選手が次々と海外に流出。さらに、今シーズンに入ると負傷者も多く、昨年までのような攻撃力は消滅してしまっていた。
5月の「3試合連続無得点」など、昨年までの川崎を知る者にとっては考えられないことだった。
川崎の鬼木監督にとっては、代表活動に伴う中断はありがたいものだっただろう。どうやら、この間にチームの意識を変えることができたようだ。
後半のそれぞれのゴールには“川崎らしさ”が溢れていた。
キーワードは「前線からのプレス」と「後方からの攻撃参加」だろうか。
28分に川崎側から見て左サイドでつながれて、最後はこぼれ球を青木亮太に決められて先制を許した川崎。前半は、攻撃もやや湿りがちではあったが、前半終了間際の42分に追いつく。チャナティップが左サイドでプレスをかけて、札幌戦では左サイドバックに入っていた橘田健人がボールを奪ったところから素早くつないで、トップの知念慶に渡り、知念がルーレットで抜け出ようとした瞬間、ボールが札幌のDFに当たって家長の前にこぼれ、家長が落ち着いて決めて同点。
後半に入ると、川崎のスイッチが入ったようで、前線の選手が札幌のDFやGKに対してプレッシャーをかけ始めた。後半開始早々の47分には知念がGKの中野小次郎にプレッシャーをかけたことで、中野のキックが右サイドバックの山根視来にわたったが、その後も川崎のプレッシャーの勢いは落ちることがなかった。
こうしてチャンスを築き始めた川崎だったが、66分にはCKから荒野拓馬がヘディングで決めて札幌が再びリードを奪う。
得点力全開だった昨シーズンの川崎だったら、リードされても慌てることはないだろうが、何しろ中断前に得点力不足に陥っていただけに、試合開始を前に振り始めた雨脚が強くなってきていた等々力陸上競技場には“不安感”が立ち込める。
しかし、この夜の川崎はすぐに反応した。
70分、DF谷口彰悟がの山根に出したパスから始まって、右サイドの家長にボールが入り、脇坂、チャナティップとショートパスの交換があり、いったんは相手DFにあたったものの、そのボールを脇坂が浮かせてゴール前に送り込むと、小林が体を倒しながらジャンピングボレーで豪快に同点ゴールを決めた。
ゴール前での短いパスの交換は、いかにも川崎らしかった。
左から右へと、ゆったりとボールを動かしながら、フィニッシュの段階で一気にスピードアップするあたりも、強い時の川崎らしい得点だった。
86分の勝ち越し点は、強力なプレッシングによるもの。交代で投入されたレアンドロ・ダミアンがGKの中野に対してしつこくプレッシャーをかけ、苦し紛れに出した不用意なパスを同じく途中交代のマルシーニョが奪って、レアンドロ・ダミアンにつなぎ、家長のシュートもDFにブロックされたが、最後は小林が豪快に決めた。
89分は谷口のクリアを、札幌のDFがクリアミスしたボールが小林に渡り、内側のレーンからボックス内に走り込んだ家長が決めた。相手のミスによる得点だったが、これも、川崎の再三のハイプレスに札幌の守備陣が対応できなかったことによるものだ。
川崎は、中断前とは先発メンバーを変えてきた。
最も大きかったのは、アンカーのポジションにケガで長期離脱していた大島僚太が戻ってきたこと。
難しい体勢からでも正確なパスを前線の選手の足元に送ってリズムを作り、そして、緩いテンポでパスを回す中で、最適のタイミングでパススピードを一気に上げて攻撃のスイッチを入れる。
中村憲剛さんが引退し、田中がチームを離れ、そして大島が離脱と、攻撃の起点となる選手がいなかったのが、今シー
ズンの苦戦の原因の一つ。大島が戻ってきたのは実に心強いことだ。最近は負傷が多かった大島だけに、今後も離脱することなく、輝くプレーを見せてほしい。
また、ワントップにはレアンドロ・ダミアンではなく知念が先発となった。
これは、コンディション面を考慮した変更だったのだろうが、同時に気分を転換する効果もあったようだ。
そして、もう一つはボランチとして定着していた橘田が左のサイドバックとして起用されたことも大きな注目点だった。
昨シーズンに入団した当初は攻撃的MFとしてプレーしていた橘田だが、シーズン途中からボランチとして起用されるようになり、その間、負傷や代表招集によってDFが不足した試合では山根に代わって右サイドバックを務めたこともあるが、今度は左サイドバックだ。旗手に次ぐマルチ・プレーヤーとなっている。
守備力と走力には定評のあるだけに、橘田は左サイドバックも簡単にこなしてしまったし、攻撃に参加すればもともとがMFだから正確なパスを駆使して、中盤を厚くする効果もあった。
これからも、橘田の左サイドバック起用は川崎にとっての一つのオプションとなっていくのではないだろうか。
そして、ゲームの終盤に勝負を決めた背景には豊富な選手層があった。
なにしろ、58年に知念に代わって小林が投入された後、交代で出場てきた選手がマルシーニョ、レアンドロ・ダミアン、ジョアン・シミッチというのだ。交代するたびに、戦力が上がっていくイメージだ。
後半開始早々から川崎の激しいプレッシングに対応して疲労を溜め込んでいた札幌の守備陣にとって、試合の終盤にこうしたトップクラスの選手がフレッシュな状態で入ってきたのだから、対応が難しかったのは当然のことだ。
「5人交代制は選手層の厚いビッグクラブに有利」と試合後に嘆いた札幌のペトロヴィッチ監督の言葉に嘘はない。
これから暑い夏場の試合が続くので、前線からプレッシャーをかけ続けることは難しいだろうが、選手層の厚い川崎であれば、疲労した選手を交代させても戦力が落ちることはない。鬼木監督は、豊富な選手をうまく回しながら使う采配の手腕に定評があるところ。
大島が入って攻撃のリズムはたしかに上がったが、まだ、フィニッシュの前の段階でのパスがズレて、選手同士が顔を見合わせるような場面も多かったし、札幌に2度も先行を許してしまったのも大きな反省材料。勝ち越し点が生まれたのが86分だったということは、ちょっと運がなければ、同点のまま終わって勝点2を失っていたのかもしれないのだ。
J1リーグは、横浜F・マリノス、カシマアントラーズ、そして川崎フロンターレの「三強」の力が頭一つ抜け出しているが、この札幌戦は川崎にとっての大きなターニングポイントとなるのかもしれない。
文:後藤健生
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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