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昨シーズン、J1リーグと天皇杯のダブルチャンピオンとなり、今シーズンもJ1で独走状態を続けている川崎フロンターレ。AFCチャンピオンズリーグ(ACL)のグループリーグも全勝突破しており、天皇杯、YBCルヴァンカップも合わせて「四冠」すら狙える位置にいる。
その川崎が延期となっていた天皇杯3回戦で大苦戦。PK戦の末に辛うじて4回戦進出を決めた。
相手はJ2リーグ10位という位置にいるジェフ・ユナイテッド千葉。かつての名門(前身は実業団時代の王者、古河電工)も、今ではすっかりJ2に定着してしまっているが、川崎を相手に千葉は120分間の素晴らしい戦いを繰り広げた。
ボールを支配するのはもちろん川崎だ。ゲーム開始から5、6分経つと完全にボールを保持し、いつものようにパスをつないで小気味よい攻撃を展開した。シュート数では川崎の19本に対して千葉が5本。CKは川崎の13に対して千葉が3と内容的には川崎が圧倒。だが、千葉にも勝機は十分あった。なにしろ、川崎唯一のゴールはPKによるものだったのだ。
スリーバックの千葉はゴール前で絶対にスペースを作らせなかった。川崎がつなぐパスに対してDFが深追いすれば、後ろに当然スペースが生まれる。川崎としてはそこにサイドや2列目の選手、さらにはサイドバックなどが進入して決定的場面を作りたいのだ。
だが、千葉は川崎のパス回しに対してボランチ2人(田口泰士、小林祐介)がフィルターをかけることで対応。岡野洵とチャン・ミンギュ(張敏圭)、新井一耀の3人のセンターバックはけっして吊り出されることがなく、さらに両ウィングバック(右に安田理大、左に末吉塁)も守備に参加して5バックの形で千葉は守りを固めた。
もっとも、引いて守っていているだけでは川崎の攻撃力をもってすれば90分の間にはいつかはゴールが生まれる可能性が高い。
守備を安定させた千葉は前半の30分が過ぎるころには攻撃の形も見せ始めた。両ウィングバックが高い位置を取って3−4−3に変化するのはもちろん、時にはボランチの1人が最終ラインに落ちて、岡野や新井が攻撃に参加する形も用意されていた。
こうして、前半をスコアレスで折り返した千葉は、53分には先制することにも成功した。
左サイドの深い位置でボールを受けたワントップのサウダーニャが粘って見木友哉に繋ぎ、見木はボックス内の船山貴之にパス。混戦になったところに潜り込んだ見木のシュートが川崎DFに当たってゴールに吸い込まれた。
川崎はすぐに反撃に移り、59分にはペナルティーエリア内に走り込んだ橘田健人が倒されてPKを獲得。家長昭博がこれを決めて同点とする。しかし、千葉はその後も守備に穴をあけずに守りながら、攻める川崎の裏にできる大きなスペースを利用してカウンターを狙い続ける、延長後半にはむしろ千葉に連続してチャンスが訪れた。PK戦で力尽きたとはいえ、川崎相手に千葉は理想的な試合運びをした。
さて、川崎にとってはACLから帰国してから初めての公式戦だった。
MFとして今シーズン一挙に開花した田中碧はドイツ・ブンデスリーガ2部のフォルトゥナ・デュッセルドルフに移籍が決まり、FWの三笘薫も海外移籍が決まっている。川崎にとって戦力ダウンは否めない。この千葉との試合は、J1リーグの後半戦に向けての川崎の戦力を見るのに絶好の機会だった。
川崎の攻撃を支えていた田中と三笘不在によって中盤の構成はどうなるのか……。ACLで復活をアピールした大島僚太のパフォーマンスは……。見どころは多かった。
川崎の中盤はアンカーポジションにジョアン・シミッチが入り、インサイドハーフは右に脇坂泰斗、左が橘田という布陣だった。そして、橘田が素晴らしいプレーを見せた。
桐蔭横浜大学を出て今シーズン、川崎に加わった橘田。何より目だつのは、そのスピード感だ。一瞬でターンして加速して相手を振り切るプレーはこれまでの川崎にはないもので、59分にPKを獲得したプレーも登里享平が入れたパスに反応した橘田のスピードに相手DFが遅れて足を出したことによるものだ。
だた、単純なスピードだけで川崎のレギュラーの地位は手に入らない。その点で、橘田はすでに川崎らしいプレーが見に付いてきているようだ。
川崎らしいプレーとは何か……。
たとえば「プレーのキャンセル」。パスを出そうとした瞬間、相手のDFが反応してパスコースを切られたり、パスの受け手がマークを受けた時には、すぐにパスという選択を切り替えて次の選択に移る。この判断力が川崎のあの正確なパスワークを支えている。
だが、まさにキックするその瞬間にパスという選択をキャンセルして、次のプレーに移ることはそれほど易しいことではない。橘田のようなスピードの中でプレーする選手にとってはさらに難しいだろう。だが、橘田は千葉戦でも「キャンセル」を簡単に行っていた。
あるいは、体の向きとは逆の角度でのパス出し。たとえば、前半の10分頃、バイタルエリアに進入した橘田が左の家長からのパスを受けた瞬間、橘田の体は開いており、右サイドのスペースにパスを送るのが“順”の選択だった。だが、橘田は体の向きはそのままで左斜め方向の脇坂に意表を突いたワンタッチパスを出したのだ(脇坂がさらにレナンドロ・ダミアンはたいたが、ダミアンのシュートはゴールポスト左に外れた)。さらに、中盤で相手のミスでこぼれてきたボールを拾った瞬間に前線のフリーになっていた選手に鋭いパスを送る(田中碧が得意だった)プレーも橘田はこなしていた。
川崎というチームの素晴らしいところは、非常に技巧的で難しいプレーをしているのに、新しく加入してきた選手が容易にチームに溶け込んでいくことだ。
かつて、守田英正が最初に川崎の選手として登場してきた時、「守備力はありそうだが、川崎のパスサッカーをこなしていけるのだろうか?」と疑問に思ったものだが、守田はたちまち川崎の主力となり、日本代表に招集され、そして海外に飛び立っていった。山根視来も昨シーズンに加入して早々に右サイドバックとして定着し、サイドハーフの家長とのコンビネーションを確立。まさに「なくてはならない」選手として活躍している。
千葉戦を見ると、橘田も完全に川崎のサッカーにはまっていた。
だが、この日の橘田の出来を見ても、あるいはこのところボランチとして活躍している谷口彰悟やどこのポジションでもこなせる山村和也も出場機会を増やしており、川崎の強さは盤石のように見える。途中出場して、延長前半に筋肉系のトラブルを起こして担架に乗せられてピッチを後にした大島の状態が心配ではあるが……。
文:後藤健生
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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