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僕にとって、ロシアでのワールドカップは12回目の現地観戦となる。 最初に行ったのが1974年の西ドイツ大会。ヨハン・クライフのオランダとフランツ・ベッケンバウアーの西ドイツ(当時)が決勝で激突し、決勝進出まで破竹の勢いだったオランダが開始直後のPKで先制した後、「初優勝」を前に固くなったせいか、あるいは下馬評の良さで気持ちに緩みが生じたせいか、西ドイツに逆転を許してしまった。クライフも、ベルティ・フォクツに厳しいマークをされて何もできなくなってしまった。
その4年前のメキシコ大会当時は、ワールドカップを観戦に行く日本人などほとんどいなかったのだが、そのメキシコ大会の全試合が東京12チャンネル(現在のテレビ東京)で録画放映された影響もあって、74年大会にはかなりの人数の日本の若者たちが観戦にやって来ていた(この大会の決勝戦が初めて生中継された)。だが、なにぶんにもワールドカップを観戦のノウハウなどなく、現地の情報を調べるにもインターネットなどはない時代なので(FAXもなかった)、かなり苦労をした覚えがある。
だが、逆に今のワールドカップのように商業化が進んでいなかったので、入場券は簡単に手に入った。決勝戦などはパリ在住の知人に依頼し、また他の試合は東京の霞が関ビルディングにあったルフトハンザ航空の窓口で申込書に記入すればすぐに購入できた。 当時の僕は一介の大学生。ワールドカップ観戦など一世一代の大事業。今日は南部のシュツットガルトで観戦し、翌日は北部のハンブルクで観戦するといったスケジュールをわざわざ組んで夜行列車で移動し、宿代を浮かせたものだ。
当時の僕は、このワールドカップ観戦旅行は「一生に一度の贅沢」だと思っていた。まさか、44年後の2018年にも、同じように夜行列車に乗って観戦して回ることになろうとは夢にも思わなかった(いや、夢ではあったか……)。ワールドカップ観戦の最大の楽しみとは、もちろん世界最高峰の試合を観ることだ。
日本では1968年のメキシコ五輪で銅メダルを獲得した直後には「次はワールドカップ」という機運もあったが、1970年のメキシコ・ワールドカップ予選はエース・ストライカーの釜本邦茂が病気で倒れたこともあって敗退。ワールドカップ出場などまさに夢物語だった。
しかも、当時のワールドカップ出場国はわずかに16か国。本当のエリートだけの大会だったのだ。しかも、まだ各国リーグには厳しい外国人選手の規制があり、クラブチームより代表の方が間違いなく強いという時代だった。そして、今のように海外のサッカーをテレビやインターネットで簡単に見ることができるわけでもなかった。ワールドカップに行けば、世界最高峰のサッカー、いつも日本国内で見ている日本サッカーリーグ(JSL)とはまったく異なった次元のゲームが眼前で展開されていたのだ。まさに、夢の世界だった。
ワールドカップのもう一つの魅力は、1か月間、その国に滞在し、全国を旅して回ることだ。 そもそも、南アフリカといった国に行く機会は限られているし、もし南アフリカ観光に行ったとしても、ブルームフォンテーンとかポート・エリザベスといった地方都市に足を運ぶことはまずないだろう。ブラジルだって、普通の観光旅行だったら、訪れるのはリオデジャネイロやサンパウロ、せいぜいサルヴァドールくらいだ。ところが、ワールドカップでは北部海岸のナタウとか、内陸のクイアバまで訪れるわけだ(クイアバはカピバラを見に行く人は訪れるだろうが……)。
ロシア大会だってそうだ。モスクワやサンクトペテルブルク、カザンといった観光地だけでなく、ニジニ・ノブゴロド、サマラといったヴォルガ川沿いの工業都市。ウラル地方の中心都市エカテリンブルクといった都市まで行く機会というのは滅多にないはずだ。 1か月、そうやって各地を旅して回れば、現地の人たちとの温かい交流(あるいは醜い諍い)もある。そうやって、「その国」をしっかり体感できるわけだ(今回のロシアも、日本代表の試合会場がサランスクとかエカテリンブルクといった地方都市ばかりになったおかげで、カリーニングラード以外の全11都市を巡る日程となってしまった)。
若いサッカー・ファンは、もしかしたら「チャンピオンズリーグの方がレベルが高いのに……」と思っているかもしれない。あるいは、ワールドカップというのは日本代表が世界に挑戦する大会と認識されているのかもしれない。だが、かつてはワールドカップというのは、本当に世界最高峰の大会であり、また、ある国を1か月旅して回る4年に一度のビッグイベントだったのだ。 商業主義が進んで、ワールドカップは今ではどの試合もチケットが売り切れ、チケットを持っていないファンも「ファンゾーン」に集まって楽しむお祭りとなった。一方で、試合の技術的、戦術的水準から言えば、チャンピオンズリーグの方が明らかに上になってしまった。
2022年のワールドカップはカタールで開催される。ほとんどの試合が首都ドーハで行われるわけだ。「その国に1か月滞在して旅をする」という楽しみはなくなってしまう。いや、無味乾燥な高層ビルが建ち並ぶドーハに1か月間滞在するというのは、かなり窮屈な経験だろう(まして、世界中の数十万のファン、サポーターでごった返しているわけだ)。
さらに、FIFAは2026年大会からは本大会参加国数を48か国に増やす計画でいる(2022年大会から拡大するという噂もある)。明らかに水増しのように思う。しかも、グループリーグは3か国ずつのミニリーグ形式で、あとはノックアウト・トーナメントになるらしい。もう、あらゆる意味でワールドカップは「世界最高峰の争い」ではなくなってしまう。
広大なロシアでのワールドカップ観戦は、やはり移動が多くて大変そうではある(僕のスケジュール表には最高で23時間半の列車移動というのがある)。
だが、フットボールの長い伝統のあるロシアという国で、10都市を巡りながら「革命から101年目のロシア」を体感することができるのだ。そう思えば、長距離の列車移動なども楽しみになってくる。 そう、そういう古典的なワールドカップはこれが最後なのだから。
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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