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イングランド・プレミアリーグ最終節のトッテナム・ホットスパー対レスター・シティの試合は5対4(でトッテナムの勝利)というすさまじい点の取り合いとなった。 僕は、この試合を見ていて、半世紀も前のことを思い出していた。 ちょうど50年ほど前の1960年代後半。日本代表がメキシコ・オリンピック(1968年)で銅メダルを取った頃のころだ。その2年前の1966年には母国でのワールドカップでイングランドが優勝を遂げている。
その頃、海外のサッカーに目覚めた僕はイングランドで発行されていた(今でも発行されている)『ワールドサッカー』という雑誌を講読していた。英和辞典を首っ引きにして読んだエリック・バッティやブライアン・グランヴィルといった有名記者の書いた記事が僕にとっては英語の教科書だった。バッティの英語はとても優しくて読みやすい英語だったが、グランヴィルの英語はとても難解だったので、何度も読み返してようやく意味が分かった(「分詞構文」の使い方などはグランヴィルで覚えた)。
当時、バッティがよく書いていたのが「昔のサッカーは面白かった。今はハードワークばかりで、守備的で面白くない」という話題だった。 1960年代の話である。たとえばマンチェスター・ユナイテッドのアイドル、ウィンガーのジョージ・ベストにボールが渡ると、ベストは徐に前を向いてからゆっくりとドリブルに移って相手サイドバックと勝負を始める。DFも、相手FWが前を向くまではむやみには仕掛けない。
そんな時代だったのに、バッティ記者は「昔は攻撃的でよかった」と言っていたのである。今のサッカーを見たら、エリック・バッティはきっと気を失ってしまうことだろう。 で、トッテナムとレスターの試合を見ながら、「ああ、バッティ記者が見たかったのはこんな試合なのだろうか」と思ったのである。どちらのチームも守備は緩かった。そうでなければ、超チーム合わせて9ゴールなど生まれるわけはない。 なんで、この試合はそんなに守備意識が薄かったのか……。
トッテナムのヤン・ヴェルトンゲンが試合前のアップのときに故障して、急遽ラインを組み替えざるをえなかったといった現実的な原因もあったのだろうが、何と言っても試合に対するモチベーションの問題だった。 トッテナムは、リヴァプールと3位、4位の座を争っていた。得失点差などを考えると、この試合に勝っておかないと3位の座は危うくなる……。しかし、選手たちにとっては3位でも4位でも、それほど重要な問題ではなかったのだろう(4位でもチャンピオンズリーグ出場権は与えられる)。勝負のためにハードワークする気はなさそうだった。
一方のレスターはエヴァートンとの8位、9位争いだが、こちらは「3、4位争い」以上に意味がなかった。 だから、両チームにとって勝敗は重要なことではなかったのだ。 「勝負」さえ懸かっていないのであれば、守備のハードワークなどは生まれない。誰だって、守備のために走るのは辛い仕事なのだから……。ふだん、一生懸命に走り回るのは、「勝点」という抽象的なもののためだ。目の前の試合、目の前のプレーだけを考えるのでいいならば、守備にはなるべくエネルギーを回さずに、楽しい攻撃に集中したい。サッカーというのは、あくまでもゲームなのだから楽しいことはとても大事なことだ。
しかも、この試合でトッテナムのハリー・ケインはハットトリックを演じることができれば、得点王争いでモハメド・サラー(リヴァプール)に追いつけるチャンスもあったし、レスターのジェイミー・ヴァーディーも20ゴールの大台に手が届く位置にいた。 つまり、両チームとも攻撃のモチベーションは十分にあったといえる。とくに、ケインは点を取りたい気持ちが満々で、味方選手が良い位置でボールを持つと、「ボールがほしい」という気持ちを全面に押し出しながら、半身になってあいてDFラインの裏に抜けて走る構えを見せ続けた。
試合開始からたった4分。リヤド・マフレズのFKにヴァーディーが頭で合わせてレスターが先制ゴールを決めたが、トッテナムの守備陣は一番危険な男であるはずのヴァーディーにフリーで飛び出すのを許してしまっていた。その3分後にはルーカス・モウラが拾ったボールがケインに渡り、ケインが見事なシュート技術を見せてあっという間にトッテナムが同点に追いつく。そして、その後も問題点続出の守備を横目に攻撃陣がゴールの山を築き上げていったのだ。
結局、最終的に5対4で勝ったトッテナムは3位を確保。ケインは2ゴールに終わり、サラーも1ゴールを決めたので得点王は逃してしまった。そして、ヴァーディーも2ゴールを決めて20ゴールの大台に乗せてみせた……。 接触で倒れた選手の顔にも笑顔が浮かび、両チームとも「守備ハードワークするより攻撃を楽しもう」という姿勢がありあり。各選手のテクニックやアイディアが見られて、「守備がおろそかな試合」というのもまんざら捨てたものではなかった。つまり、エリック・バッティの言いたいことが分かったわけである。それとも、やはり「厳しい相手の守備をかいくぐってこそ攻撃の醍醐味が味わえる」と考えるべきなのだろうか……。
今シーズンのチャンピオンズリーグでは準々決勝や準決勝で派手な点の取り合いが続いた。ほんの数年前までは、アウェーゴール・ルールがあるCLではファーストレグでは相手にアウェーゴールを与えたくないという気持ちが強すぎて、ホームチームも守備的に戦ってスコアレスドローになることが多かったが、すっかり様変わりだ(もちろん、激しい守備をスピードでかいくぐるのが、現代版の「攻撃サッカー」であり、バッティ記者は喜ばないだろうけれども)。
ロシアでのワールドカップでも、おそらく現代版攻撃的サッカーが展開されるだろう。 プレミアリーグ最終戦で代表のCFであるケインとヴァーディーが複数点を取ってみせてくれたあたり、イングランド代表にとっても朗報ではあろう。
そういえば、トッテナムのDFのヴェルトンゲンとトビー・アンデルヴェイレルトはベルギー代表であり、両チームはグループリーグの3戦目で対戦することになっている。そして、万が一、日本代表がグループリーグ突破を果たせば、ラウンド16ではイングランド、ベルギーのどちらかと対戦することになるのだ。岡崎慎司が欠場したプレミアリーグ最終戦も、日本にとって決して他人事ではなかった。
後藤 健生
1952年東京生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。64年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、「テレビでCLを見るよりも、大学リーグ生観戦」をモットーに観戦試合数は3700を超えた(もちろん、CL生観戦が第一希望だが!)。74年西ドイツ大会以来、ワールドカップはすべて現地観戦。2007年より関西大学客員教授
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