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このブログについて

プロフィール写真【栗村修】
一般財団法人日本自転車普及協会
1971年神奈川県生まれ
中学生のときにTVで観たツール・ド・フランスに魅せられロードレースの世界へ。17歳で高校を中退し本場フランスへロードレース留学。その後ヨーロッパのプロチームと契約するなど29歳で現役を引退するまで内外で活躍した。引退後は国内プロチームの監督を務める一方でJ SPORTSサイクルロードレース解説者としても精力的に活動。豊富な経験を生かしたユニークな解説で多くの人たちをロードレースの世界に引き込む。現在は国内最大規模のステージレース「ツアー・オブ・ジャパン」の組織委員会委員長としてレース運営の仕事に就いている。 「栗村修の"輪"生相談」では、日頃のライドのお悩みからトレーニング方法、メンタル面の相談など、サイクリストからの様々な相談にお答えしております。栗村修に聞いてみたい、相談してみたいことを募集中。相談の投稿はこちらから。

2023年03月01日

【輪生相談】自転車の安全への試みを先ずは日本から広げる事は出来ないでしょうか?

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最近自転車の安全性についての話題が、上がる機会が増えていると思います。私自身がこの夏に落車して上半身十数か所骨折、外傷性気胸、くも膜下出血、指の挫滅創+腱断裂の重症を負いました。普段から前後ドライブレコーダーと後方レーダーを装着し事故に備え、仲間にも必要性を訴えてますが、追従する人は殆どいません。落車して頭はヘルメットで守られましたが、指は指切りグローブから出ている所を受傷し骨折はジャージでは当然守られませんでした。落車を機にプロテクター付きアンダーウェアとプロテクター付き長指グローブを購入しましたが、鼻で笑われる始末です。以前栗村さんが「UCIから広がれば」と仰っていたと記憶していますが、いつになるか疑問です。先ずは日本から広げる事は出来ないでしょうか?エキシビションレースならば選手の皆さんにも協力が得られるのではないかと思うのですが。

(その他 男性)

■栗村さんからの回答

栗村さん

ご質問を拝見して、とても心が痛みました。一歩間違えれば命を落としてもおかしくない落車だったということですね。上半身十数か所を骨折し、肺に穴が開き(気胸)、くも膜下出血を起こし、指がちぎれかけた......。

ヘルメットとグローブはもちろん、前後ドライブレコーダーと後方レーダーまで装備していたということは、質問者さんは相当、安全に配慮して走っていたのだと想像できます。それでもなお、このような大けがをしてしまった。

読者の中には、もしかすると、ここまで読んだだけで自転車に乗るのが怖くなってしまった方がいらっしゃるかもしれません。あるいは、「ネガティブキャンペーンをしやがって。自転車が売れなくなるだろ」と感じた関係者の方もいらっしゃったかもしれません。そう感じた方々には、先に謝っておきます。申し訳ありません。

しかし、これほど慎重な質問者さんでさえこんな大けがを負ったのです。すべてのサイクリストが「明日は我が身」であることを忘れないで欲しいと思っています。僕がこの業界に入って35年以上が経ちますが、これまで何度も、ライド中の死亡事故のニュースに心を痛めてきました。その中には数名の知人も含まれています。

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「危険と隣り合わせのロードレース」

あちこちで繰り返し、繰り返し書いてきたように、僕は今の自転車界の安全への取り組みには大いに疑問を持っています。多くのメーカーは、空気抵抗を1ワット分削り、少しでもスピードを上げることを優先しています。しかし、同じだけの労力が、人の命を守ることに使われているでしょうか。そのことを気に掛けるサイクリストはどれだけいるでしょうか。

しかし、僕と同様の問題意識を持った方も一定数いるようです。

現役の大学生で、学連やJBCFをはじめとしたレースを走っている石田眞大さんという方がいます。僕は特に面識はなかったのですが、実は以前から、彼には注目していました。というのも、彼はプロテクターを装着してレースを走る試みをしているからです。参考までに、彼のnoteのアドレスを貼っておきましょう。
https://note.com/kotsutan_nikki

私は今回の質問を受け、石田さんにコンタクトをとりました。そして、オンラインでお話をさせていただきました。

というわけで、今回は輪生相談10年の歴史上初となる「対談」という、イレギュラーな形式をとらせていただきました。それほど重要なテーマだからです。

――――――――――――――

栗村修(以下栗村):石田さん、はじめまして。栗村修です。僕は以前から、機材がどんどん進歩して速くなるのに対して、安全対策がおろそかになっていることが気になっていました。

石田眞大(以下石田):はじめまして。僕の試みに興味を持ってくださって嬉しいです。

栗村:安全対策が注目されないのは、根本的には業界の価値観の問題だと思うんですよね。昔の僕も、落車した選手が顔から血を流しながら優勝するシーンを格好いいと思っていましたから。でも、もうそんな時代ではない。

顔見知りレベルまで含めると、落車によって亡くなった知り合いは複数人いるんです。面識がないライダーなら、毎年のように訃報が入ってきます。本来は人生を豊かにしてくれる趣味であるはずなのに異常ですよね。

そしてここ10年ほどは、自分自身の活動がきっかけでスポーツ自転車に乗りはじめた方が、事故で命を落としたケースがあるかもしれないと自責の念にかられています。だから、自転車の楽しさを伝えるのと同じだけ、リスクも伝えなくてはならないと強く感じているんです。

石田:いえ、実は僕も、昔の栗村さんに近い価値観を持っていたんです。でも、ある日をきっかけに変わりました。

栗村:石田さんのような若い人にも、昔の僕みたいな「昭和」な価値観が浸透しているんですか。それは大問題ですが、きっかけとは......?

石田:2022年のインカレのロードレースで発生した死亡事故です。僕はあのとき、亡くなった選手の数十メートル後ろを走っていました。

彼は知り合いではなかったんですが、高校時代から何度か同じレースを走ったことがある選手ではありました。そんな選手が、僕のすぐ先で亡くなったんです。亡くなったのは僕でもおかしくなかったということです。

栗村:悲しい事故でしたね。もちろん僕もサイクルロードレース関係者として、重く受け止めています。

石田:僕はあの事故以来、安全装置やプロテクターがない状況をおかしいと思うようになったんです。特に大きな違和感を覚えたのは、ネット上で「どうして自転車レースではプロテクターをつけないんだろう」という疑問を発した人に、否定的な反応がすごく多かったことです。「オマエはロードレースを知らない。あんなものは暑くて重くてつけていられないんだ」という感じで。

栗村:ああ、ありがちですね。

石田:でも、思ったんですよ。「本当にプロテクターを試したのかな?」って。いくらネットを探してもプロテクターをつけてレースに出ている人の情報はありませんでした。つまり、みんな思い込みで語っているんじゃないかと。

栗村:おっしゃる通りですね。怠慢と批判されてもしょうがないけれど、僕も試したことはないです。ただ、仮にルール化されれば軽くて快適なプロテクターがもっと開発されるだろうし......。

石田:栗村さんがおっしゃる通りだと思うんですが、ルール化の前に、浸透するのが必要な段階だと思うんですよ。誰もプロテクターを知らない今の段階で強引にルール化しても反発されるだけですから。

栗村:たしかに!

石田:だから、「プロテクターをつけてもちゃんとレースを走れる」という検証を、誰かがしないといけないと思ったんです。とくに、サンデーサイクリストではなく、本格的にレースを走っている僕のようなシリアスサイクリストがやることが重要だと思って、オートバイ用のプロテクターを買って試してみました。

栗村:本当に立派ですよね。先の石田さんのnoteを見ると、実際にいくつかのプロテクターを試した記事が載っていて非常に参考になるので、輪生相談の読者はぜひ読んでみてください。いや、これはもう、ポガチャルから休日の多摩川を走るおじさんまで、全世界のサイクリスト必見だと思います。

石田:ありがとうございます(笑)

栗村:石田さんの書かれたnoteを見ると、結論だけ言うと、プロテクターの悪影響はほぼなかったように見えます。だって、 最高気温35℃の南魚沼ロードレースのE1で、石田さんにとっては該当シーズン最高順位である18位に入ったわけですからね!

石田:詳しくはnoteに書いてありますが、正直、レースの厳しい場面ではプロテクターの存在を忘れるくらいでした。後からパワーや心拍数も振り返ってみましたが、有意な悪影響はありませんでした。

栗村:ものすごく有益な検証だと思います。

ごく一部にはプロテクターを毛嫌いする人々もいるかもしれませんが、多くの人たちは中立的だと思うんですよね。つまり、プロテクターをつけることが「普通」になったら、特に疑問を持たずにプロテクターをつけるんじゃないかと思います。かつてのヘルメットみたいに。

石田:あの事故以降、学連では安全講習が義務付けられたんですよ。もちろんその必要性はわかりますし、非常に重要なことだとも思います。しかしその一方で疑問も感じました。だって、たとえばF1レースで死亡事故が起こったら、最優先で行われるのは果たしてドライバーのテクニック向上のための講習会なのでしょうか。それよりも先に安全装置の追加が検討されると思うのですが......。

栗村:本当にそうですね。もちろん走行テクニックの向上も必須ですが、ハード面での安全性向上こそ絶対に必要ですよね。僕にも責任の一端はあると思うんですが、本当に不思議な世界です。自転車界って。だからこそ、石田さんのように若い方の意見を積極的に聞きたいですね。

石田:それに、ある人が自転車競技を始めたい人の立場になると、機材が高いですから経済的ハードルが高くて、しかも命の危険がある。そんなスポーツは家族をはじめとした周囲の人の理解を得づらいと思うんです。

栗村:まったくおっしゃる通りだと思います。石田さんの感覚はまっとうです。自転車界ではそうでもないのかもしれないけど......。

石田:安全に関心を持ってほしい、というのが僕の願いです。あと、自分の命をもう少し大切にしてほしいですね。僕も家族に助けてもらいながらレース活動を続けていますが、レース後にいつも父に言われるのが、「眞大が無事に帰ってきてくれてよかった」ということなんです。

でも、僕以外のすべてのサイクリストも同じですよね。周囲の人は、無事に帰ってきてくれるように祈っているはずなんです。

僕が魚沼のレースで着用したバイク用プロテクターは、重さが530gで価格は1万円前後です。それで万が一の際の死亡、重傷化リスクを下げられて、しかも周囲の人々の思いにも応えることができるならば、つける価値はとても大きいと思います。

栗村:本当にその通りですよね。安全の意識は、結局は、サイクリストが自分自身をどれだけ大切に思っているかの表れなのかもしれません。

――――――――――――――

対談は以上です。石田さん、本当にありがとうございました。

さて、質問者さんからのご質問は、安全への試みを日本から広げることはできないでしょうか?というものでした。

答えは、「それはもう、勇気ある若い人たちがはじめてくれています」というものです。日本と世界の自転車界を、少しずつ変えていきましょう。

文:栗村 修・佐藤 喬

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